ハッピーバースデイ

日が大分沈んで来た頃、町の一角では二体の人ならざる者…変異者同士による戦いの火蓋が切られようとしていた…。

龍のような姿へと変貌を遂げた店員は、またも陸海に対し、火球を繰り出そうと口をあんぐりと開けた。たちまち口内が発光を始める。

「チキショー、ま~たそれかよ…!あっそうだ」

陸海は側にあったパーキングの標識を根元から強引に引きちぎると、両手でバットのように握りしめた。

「こいつでピッチャー返ししてやるぜ…!」

「やってみろよぉ~…」

変異者の口から三発目の火球が放たれる。陸海は高速で向かって来たそれを、驚異の動体視力により見事、標識の真芯で捉えた。

「ジャストミートぉ!あっ…」

陸海が打ち返した火球は、変異者の頭上と背後のコンビニを飛び越え、その更に奥にあるアパートへと向かって行った。



「ハッピーバースデートゥーユ~♪」

「ハッピーバースデートゥーユ~♪」

ある一室で、3人の若い家族が仲睦まじくテーブルを囲んでいた。卓上には5本のキャンドルが刺さった豪華なバースデーケーキと、ポップコーンやクッキーなどがたくさん置かれている。

絵に書いたような幸福な家庭、見れば誰もがそんな感想を抱くだろう。

「ハッピーバースデー、ディア勇太~♪」

「ハッピーバースデートゥーユ~♪」

母が歌い終わると、このパーティーの主役である息子が、嬉しそうに一息で全てのキャンドルの炎を吹き消した。

「勇太誕生日おめでと~!」

父と母が声を合わせてそう言った瞬間、突如轟音とともに爆炎が3人を一瞬で包んだ。



「し…しまった…!」

ポッカリと穴が開いたアパートの一室から、モクモクと立ち込める黒煙を眺めながら、苦虫を噛み潰した表情で陸海は言った。その様子を鼻で笑いながら変異者は火球の発射体制に入った。

「人の心配してる場合かぁ~?おい」

「クソ…馬鹿の一つ覚えみてーにそればっかやりやがってェ!次こそはテメーのブサイクな面に当ててやらぁ~!」

またも陸海目がけて火球が発射される。陸海は正確無比なバッティングでそれを打ち返した…が、またも同じアパートへと飛んで行った。

「えっまた…?冗談でしょ…」



カーテンを閉め切った薄暗い一室で、二人の男女がベッドの上で汗だくになりながら燃えるようなセックスに興じていた。

男の上で髪を振り乱しながら、腰を振りつつ女が吐息交じりに言った。

「ねェ、さっき隣から凄い音しなかったァ…!?」

「アァ?そうだっけ?知らねー。じゃあ俺達も負けずにデケェ音立ててやろうぜ!オラ行くぞラストスパートォ!」

金髪の男は下から勢いよく突き上げ始めた。ベッドの軋む音が室内に響き渡る。

「アアン♡ダメ、逝く、逝っちゃう~!」

その時、強い衝撃とともに炎が二人を飲み込んだ。



「………………」

2つの大きな穴が開いたアパートを呆然と見上げながら、陸海は突如大声を張り上げた。

「こ、この野郎少しは男らしく殴り合いで勝負しろォ!格ゲーで飛び道具しか使わねえタイプだろテメー!」

「…馬鹿だろ、お前」

変異者は速さも大きさも今までで最大の火球を吐き出した。陸海が打ち返そうとした途端、まるでフォークボールのように火球が真下に落ちた。

「何っ!?変化球…」

火球は地面に落下すると、派手に爆発を起こした。

「ぎゃぴいいい」

陸海は血を噴き出して吹っ飛びながら、コンビニの向かいにある小さなベーカリーにショーウィンドウをぶち破って入店した。

店員達は悲鳴を上げると、一目散に逃げて行った。変異者は陸海の後を追って店内へ入った。しかし彼の姿は無い。

「あいつ…どこ消えた?隠れられる場所なんて…ムッ?」

変異者は頭上から粉のようなものが降っているのに気づいた。即座に上を見上げると、そこには忍者のように天井に張り付いている陸海の姿があった。粉の正体は彼の鱗粉だった。

「ハ…ハロー。これでようやく近づけたな」

「お前…!」

変異者がすかさず火球を発射しようとする。

「もうこりごりだよ、その技」

陸海は変異者目がけて落下すると、その口に右腕を突っ込んだ。

「あがっ」

火球が暴発した。衝撃と風圧により、店内の全てのガラスが割れた。



しばらくしてようやく駆け付けて来た機動隊員達は、店内に頭部が吹っ飛んだ変異者の死体を『一体』、発見した。






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