一難去ってまた一難!?

「さぁーて、とんだ邪魔が入ったが、お楽しみの時間といこうかね…坊や」

陸海に抉られた右目から血を滴らせながら、化け物女が鶴木の方に向き直った。鶴木は今度こそ観念したとばかりに、その場にへたり込んだ。そして派手に放屁するとともに失禁した。

「あっ…あったけぇ~。アハ、アハハハ…」

女はその様子を見ながら鼻で笑っていたが、不意に背後に気配を感じ、振り返った。

そこに居たのは、血で染まったワイシャツを身に纏った、2メートル程の体躯を持つ、腕や頭部が黒い体毛に覆われた正体不明の怪物だった。背中には目玉のような、不気味な模様をした巨大な羽が、シャツを突き破って飛び出していた。

眼球が怪しく赤く光っており、頭部には櫛歯状の触覚が2つ生えていた。

一言で説明するなら、蛾人間といったところか。

鶴木も突如現れた謎の怪物の存在に気づいたのか、女の背中越しにその怪物の動向を伺った。彼は果たして、敵か味方か?

「…何だいアンタは?まさかさっきのダサい白髪…」

突然、蛾人間が女の視界から消失した。

「ぬぁっ!?」

間抜けな声を上げながら周囲を見渡すと、知らず知らずのうちに、蛾人間は女の真後ろに背を向けて立っていた。

「いっいつの間に…!びっくりさせんじゃな…」

女の全身が突如としてバラバラになった。どんなパズルの達人だろうと復元不可能なほどに。そのまま地面に散らばり、血溜まりを作った。

鶴木は生まれたての小鹿の如く、ガタガタと震えながら立ち上がると、目の前の蛾のような怪物に恐る恐る声をかけた。

「お、お前…もしかして陸海か?めっちゃイメチェンしてるけど…」

鶴木の呼びかけに呼応するかのように、蛾人間が彼の方に視線を向けた。鶴木は安堵の笑みをこぼした。やはりコイツは陸海なのだ。見た目は少々怖くなったが、中身はアイツのままなのだ。

鶴木は彼に歩み寄った。

「やっぱお前なんだろ?助けてくれたんだよな?ありが…」

蛾人間が右腕を横に振った。その瞬間、鶴木の肉体が粉々になった。真っ二つになった彼の眼鏡が肉塊の上に落下した。




あれ?おかしいな、意識があるぞ。確か俺は化け物女に刺されて殺された筈じゃ…。痛みも無ぇな。もしかしてあの世か?それとも最近流行ってるあの…なんだっけ、『なったろう系』とかそんな感じの…ん?

意識を取り戻した陸海は、自分が血の海に立っている事に気づいた。堪らず彼は悲鳴を上げた。

「ぎぇああああ!何コレェ!?」

驚いて後ずさりすると、肉片を踏みつけた。グチュッという、嫌な感覚。

「げげぇぇぇ。あっ…!」

陸海は青ざめた。血溜まりの中に、半分に割れた眼鏡を発見したからである。

う、嘘だろォ…!これって…!

思わず頭を抱えた時、陸海は第二の異変に気づいた。

おい、どうなってんだ…!俺の腕が…めちゃくちゃ毛深くなってるじゃねーか!いや…それだけじゃねえ、何か体もデカくなってるっぽいし…!

陸海は携帯を取り出すと、インカメラで自分の姿を確認する事にした。そして画面に映し出された自分の変わり果てた姿に、思わず絶句した。

そこには面妖な姿をした、化け物が写っていたのだ。

「冗談だろ…。俺、変異者になっちゃったよ…!しかもかなりキモい…」

ムンクの『叫び』のようなポーズで打ちひしがれていると、背後で物音が聞こえた。振り向くと、路地の向こうから何者かがこちらへ向かって来ていた。

黒髪のおかっぱ頭に、凍てつくような眼差し…。その少女には見覚えがあった。

誰だっけあいつ、マグロ…じゃなくて、鉄仮面…でもなくて、そうだ、薄井幸だ。何でアイツが…?つーかこの状況、どないしよう?

薄井は陸海から15メートル程度の位置で歩みを止め、軽く溜息をついた。

「…おい化け物、お前がそれをやったのか?」

「あっいやっこれはっ…」

「なるほど…」

薄井はブレザーの胸ポケットから一本のペンを取り出した。すると次の瞬間、ペンがまるで西洋の剣を思わせる形状へと姿を変えた。

そして切っ先を陸海へと向け、言った。

「じゃあ死ね」

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