第2話 わたしと……しましょ?

「やばい、やばいぞ!」


 考えるのは後にして、俺はとにかく屋上へと駆け上がる。

 たとえ姫野さんに見つかっていたとしても、なんとか取り返さないと!


 バタンッ!


 俺は屋上の扉を勢いよく開いた。

 だが、


「あれ?」


 人の姿は全然見当たらない。


「こっちよ」


「へ?」


 今、上の方から声がしたような……。


「うわっ!」


「ふふっ」


 視界に入って来たのは、肌色の生足と小さめの靴。

 声の正体は、屋上の扉が付けられた四角い建物の上に登っているみたいだ。


 パンツは……ギリ見えない。

 けどこの声は正真正銘、


「姫野さん……!」


 クラスの天使であり、俺が小説に書いているヒロインの子、姫野さんだ。

 

 その清楚なセミロングの黒髪をなびかせて、普段履いているストッキングは何故か脱いでいる姫野さん。

 いつもは隠れているその生足があらわになっていて……なんというか、エロい。


 裏(と妄想小説内)では天音ちゃんと呼ぶけれど、俺は特に仲良くもないから対面では姫野さんと呼ぶ。


「これ、君のでしょ?」


「そ、それは……」


 そんな姫野さんは俺のノートをひらひらさせ、ニヤッとした顔で尋ねてくる。


 ていうか、なんだその表情は……!

 教室では一度も見た事のない、いたずらっぽい表情だ。


 本当に姫野さんなのか……?


「あら、違うの?」


「いえっ! 俺のです! できれば返してほしいです」


「ふーん」


 返答に対して、上からじと目で見つめてくる姫野さん。

 本人に読まれているとしたら、俺の高校生活は終わりだ。


「やだって言ったら?」


「えっ?」


 教室では、清楚で常に皆に笑顔の姫野さん。

 そんな姫野さんが……


「うふふっ」


 こんなミステリアスな表情をするなんて。

 俺が知らないだけで、もしかしたらこっちが姫野さんの本性なのか?


 いや、それはない。

 自分でもキモいとは思うが、俺は陰ながら姫野さんを観察してきたんだ、も、もちろん小説のために!

 

 だからこそ言える。

 今の姫野さんの態度は、学校では現したことがない。


「……」

 

 ドクン、ドクン。

 そんな姫野さんに対して、俺は何か見てはいけないようなものを見てしまったような、そんな気がして胸がドキドキする。


「で、どうするの? 返してほしいの? ほしくないの?」


「か、返してほしいですっ! そこには──」


「わたしが書いてあるから?」


「……!」


 よ、読まれてるー!?

 

「田中くん。君、こんな趣味あったんだ」


「え、えと……」


 ダメだ、動揺して何も声が出てこない。


「しかも……ふーん。わたしとしたいんだね」


「あ、その、それはっ!」


 またもや、ニヤリといたずらっぽい顔の姫野さん。


 まずい!

 まさか姫野さんとのお色気シーン、ラッキースケベのところまで読まれてるのか!?


「それは、なに?」


「えっと、ただの思い付きっていうか……」


「ふーん。じゃあ君、なんだ」


「!?」


 繰り返すが、彼女は教室では清楚そのもの。

 そんな姫野さんからは、まさか出て来るとは思わない単語に、俺は目を見開いたまま固まってしまう。


 さらに、


「よっと」


 姫野さんは、スタっと俺の前に飛び降りる。

 パンツは……白かった。


「じゃあ今からわたしの言う事、聞いてくれたら返してあげる」


「え、言う事って……?」


「ふふっ」


 もう何がなんだか分からない俺に、姫野さんの言葉がとどめとなるのはいとも容易たやすかった。

 彼女は手を後ろで組んで、こちらを振り返って言い放つ。


田中たなか奏斗かなとくん。わたしと……しましょ?」


「なっ……」


 なにを!?


「ふふっ。この、小説に書いてある事」


「……!」


 な、なな、なんだってー!?

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