デジャブ

「乙羽ちゃん!」


 勢いよく部屋に入ってきたのは華さんだった。

 華さんは私の顔を見ると、辛そうに顔を歪ませた。


「ごめんね。乙羽ちゃんに怖い思いをさせちゃったわね」


 首を横に振った。


「私なんか……」


 倭斗くんに比べればたいしたことない、そう言いかけた私をよそに、突然華さんは倭斗くんの胸ぐらをつかむと勢いよく頬を叩いた。


 突然叩かれたのにも関わらず、倭斗くんは何の不満も漏らさなかった。

むしろ、さらに罪悪感に捕らわれたように項垂れる。


「何やってんのよッ! 女の子ひとり守れないなんてほんと情けない! 明日からみっちり稽古するから覚悟しときな」


 いやいや、彼は頑張りましたよ。何十人もの大男を相手に武器ひとつ持たず、たった一人で戦いましたよ。


そんなこと、私が言わなくても知っているだろうに、仁王立ちになって倭斗くんを叱る華さん。


 いつもと雰囲気の違う華さんに、戸惑いながらも恐る恐る声をかける。


「華さん?」


 華さんは倭斗くんを一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。


「乙羽ちゃんを傷つけるヤツは、誰であろうと許さない」


 華さんの口調は厳しい。


「俺だって……」


 そう言いかけた倭斗くんと目が合った。

けれど、倭斗くんはスッと視線をそらし口をつぐんでしまった。


言いかけた言葉を飲み込んだ倭斗くんは、代わりに華さんをギロッと睨みつけた。


「こんなことになったのは、華のせいでもあるんだぞ」


「あんたね~、自分の事は棚上げしてよくそんなこと言えるわね。けど、倭斗の言う通りだわ。そうよ、私が悪いの。だから余計に腹が立つんじゃない! 乙羽ちゃんにはきちんと説明するべきだったわ。ホントにごめんなさい」


 華さんが私に頭を下げた。

 でも、何故華さんが頭を下げるのかは分からない。華さんが謝る必要はない。


「なんで華さんが謝るんですか? 悪いのは全部根本です。それより、華さんは大丈夫ですか? 颯太くんは?」


 すると、華さんが私のことをギュッと抱きしめてきた。


「は、華さん?」


「なんて優しい子なの。自分がこんな目に合っているのに私や颯太くんのことまで心配して……。私と颯太くんは全然平気よ。心配なんか必要ないわ」


 その言葉に、ようやくホッとできたような気がした。

 私を解放してくれた華さんが、申し訳なさそうに顔を歪める。


「私なんか乙羽ちゃんに心配される価値もないわ。ごめんね」


 華さんは悔しそうにギュッと下唇をかんだ。


「乙羽ちゃんを傷つける奴はだれであろうと許さない。それが自分自身でも」


 何かを決心したように華さんは手を握りしめていた。


「華さん?」


 きつく握りしめたこぶしにそっと触れると、華さんは深々と頭を下げた。


「乙羽ちゃん、本当にごめんなさい。謝っても許されることじゃないってわかってる。だから、どんなになじられても殴られてもかまわない。でも……私……乙羽ちゃんのことが大好きなの。嫌われたくない……わがままよね」


 あまりにもストレートな言葉に、私はどう返していいかわからなかった。

 いったん言葉を切ると、華さんは意を決したように口を開く。


「乙羽ちゃんを巻き込んだのは私。倭斗からイベントの話を聞いて、川上華子の名をかたってイベントをでっち上げたヤツを、この手で捕まえようと思ったの。実はね……私が川上華子なの」


 突然のカミングアウト。

 これはデジャヴ?


 そんなやりとりを根本と倭斗くんが繰り広げていたばかりだ。


「へ? え? なんで? 川上華子さんは倭斗くんじゃないんですか?」


 こんがらがる私に、倭斗くんが驚いた顔をした。


「お前、俺の話信じたの? あれは、あの場を切り抜けるためのウソだよ。まさかホントに信じるとは思わなかったけど、お前まで信じたとは思わなかった」


 しれっと言い切る倭斗くん。


「全部ウソ?」


尋ねる私に、倭斗くんはコクンと頷いた。


「え? でもあの時、さも自分が見てきたって感じで話してたけど……」


「ああ、あれ? あれは全部、華が言っていた事をそのまま話しただけ」


「なになに? どういう事?」


その場にいなかった華さんだけが話についていけない。

倭斗くんが事の次第をひと通り説明すると、華さんは声を立てて笑った。


「ペンネームって言うのは間違っていないけど、川上は母親の旧姓なの。職業は歴史研究家。正体を明かさないのは、色々面倒が多くてさ。テレビに出てくれとか、取材とかうるさくて研究どころじゃなくなっちゃうの」


 確かに、有能かつ、容姿端麗ならば周りが放っておかないだろう。


「だから、素性を隠してたんだけど、こんなことになるなら、乙羽ちゃんにはちゃんと言っておけばよかった。ホント……嫌われても仕方ないわよね」


 今にも泣き出してしまいそうな華さんの表情に、私もどうしていいかわからなかった。


 でも一つだけはっきりしていることがある。それだけは華さんにちゃんと伝えなきゃいけないって思った。


「華さんのこと、嫌いになんてなるわけないじゃないですか。悪いのはぜ~んぶ根本です。だから、もう謝るのはやめてください」


 私の言葉に、華さんの表情が緩む。


「ホント? 許してくれるの?」


「許すも何も、華さんのこと怒ってもないです。けど……」


「けど?」


「ひとつだけお願いがあります」


「何? 乙羽ちゃんのお願いならなんだって聞くわ。根本のことぶん殴りに行くんなら任せて、元の顔がわからないくらいぶん殴ってやるわよ」


 何気に恐ろしいことを言う華さん。


「いやいや、そうじゃなくて……。これからたくさん私と歴史の話をしてくれますか?」


 こんなこと言うの少し恥ずかしかったけど、恥ずかしさが吹っ飛ぶくらい、華さんは満面の笑顔を見せてくれた。


「もちろん! 本能寺の変の話や卑弥呼の謎、坂本龍馬の暗殺や諏訪湖に眠る棺桶の話、萌える話は尽きないわ。これからいっぱい話しましょ!」


 思わずガッツポーズ。

 そんな私を見て、倭斗くんがクスッと笑った。


「尊敬する川上華子さんとこんな風に話ができるなんて、うれしいです」


「私もうれしい!」


 そう言うと、華さんがまた私に抱きついてきた。

 この際だから、気になっていたことを聞いてみる。


「あの……聞いていいですか?」


「乙羽ちゃんの質問なら何でも答えちゃう。じゃんじゃん聞いて!」


 さっきまでの泣きそうな顔がウソのように、華さんの表情に笑顔が戻った。


「結城晴朝の三首の和歌の謎を解いたって本当ですか?」


 お宝にはたいして興味はないけど、尊敬してやまない川上華子さんが、あの和歌をどう訳したのが気になった。


「金光寺の山門を見に行って和歌を解読したのはホント。でもお宝の在処を示した和歌じゃないっていうのが私の見解。あれは、自分の代で終わってしまったことを悔やんだ詠歌としか思えない。しかも、結城晴朝が遺したってのもちょっと疑問がある。人形は私の旦那のお義母さんが、趣味で人形を作っているの。私の職業が歴史研究家だから、いろんな武将の人形を作ってくれるんだけど、なんでこんな話になっちゃったのか不思議よねぇ~」


 噂とは本当に恐ろしいものだ。


「あ、そうだ。警察の人が話を聞きたいって言うんだけど、大丈夫? 無理なら明日でも全然かまわないわよ」


華さんが聞いてきたので、笑顔で頷いた。


「私は大丈夫ですよ。警察の方もすぐに話を聞きたいんじゃないですか?」


「ありがとう。助かるわ。じゃ、ちょっと待ってて、今呼んでくるから」


 そう言うと、華さんはそそくさと病室を出て行った。

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