第5章

待ち合わせ

『結城晴朝の黄金伝説』


 すべては結城家の初代、朝光が奥州藤原の討伐の際に武功を挙げ、源頼朝から莫大な恩賞を受け取ったことから始まった。


 朝光は頼朝のご落胤説もあり、結城家当主が継ぐ「朝」の字は頼朝の「朝」という話もあり、実録三十六万石にも関わらず富裕を謳われ「結城百万石」と呼ばれてきた。


 十七代の晴朝の時に、豊臣秀吉の養子であった徳川家康の次男である秀康を養子に迎えたが、それを良しとしなかった晴朝は、結城再興を願い財宝すべてを埋蔵したとされている。


 秀吉の死後転封となり結城城は破却となり、家名も松平となり鎌倉時代から続く名家であった結城の血脈は事実上断絶となる。


 晴朝の死後、徳川家康が結城城内を、八代将軍吉宗が江戸町奉行大岡越前守忠相に命じ、晴朝の隠居所があった下野国吉田村的場の会之田城の発掘を試みるも失敗に終わる。


 それ以後、幾度となく探索が行われたが、結果は思わしくなく現在に至っている。


 さまざまな根拠を伴い発掘するものは今も後を絶たない。


 結城家初代朝光の守り本尊として建立された金光寺。


 金光寺の山門の梁に三首の和歌や絵が彫り込まれている。この謎を解けば埋蔵金の在処がわかるとまことしやかに囁かれている。

 

『川上華子の謎解きアドベンチャー』と大きく書かれた看板の前で、このイベントのパンフレットを眺めていた。


 歴史に関するイベントに、友人と一緒に来る日がこようとは、夢にも思っていなかった。


 先日、特別招待券を根本からもらい、さっそく華さんに連絡した。


 すると、颯太くんも誘って歴史ミステリー同好会としての最初の活動にしようと言ってくれた。


 私の誘いを快く受けてくれたので、うれしくていてもたってもいられず、待ち合わせ時間の三十分も前に来てしまった。


 でも、時間を持て余すどころか、待っているこの時間さえも楽しくてしかたがない。


 すると、突然背後から声をかけられた。


「よう、奥村。早いな」


 チェックのシャツにジーンズを履いた好青年の姿に、思わず『気安く名前を呼ぶお前は誰だ』と睨みつけてしまったけど、すぐにその人物の名前を口にすることができた。


「あ、颯太くん」


 颯太くんはいつになく嬉しそうに顔をほころばせていた。


「晴れて歴史ミステリー同好会の設立が認められて、これが最初の活動だ。しかも華さんと一緒なんて、マジで最高」


 陶酔したように話す颯太くんに、若干引く。


「華さんには旦那さんがいるでしょ」


 その言葉を発した私を颯太くんがジロリと睨みつけたかと思うと、突然喚きだした。


「あ~、なんで俺はもっと早く華さんに出会えなかったんだぁ~」


 頭を抱え項垂れる颯太くんの肩を、ポンポンと叩いた。


 旦那さんより前に華さんと出会ったところで、君と結ばれるとは限らないけどね……。


 というのはさすがに言えなかった。


 そんな事をしていると、遠くの方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


 華さんだ。


 華さんは手を大きく振りながら私たちの方へと翔けてくる。それに応えるように大きく手を振ろうとした時、颯太くんが私より先に手を上げた。


「華さぁ~ん!」


 私も颯太くんに負けじと大きく手を振ろうとしたとき、華さんの後ろから仏頂面をした人物をみて、ピタリと動きが止まる。


「颯太くんも乙羽ちゃんもずいぶん早く来ていたのね。なんかウキウキしゃちゃって、ジッとしていられないから早く家出てきちゃったんだけど、待った?」


「いいえ! 僕も今来たところです! 全然待ってません。ってか、華さんのためなら何時間でも待ちます!」


 またしても颯太くんに先を越され、少なからず嫉妬心に火が付いた。


 颯太くんの前に割って入る。


「私も華さんと同じで早く来ちゃったんですけど、さっき来たばかりなんで大丈夫ですよ。それより、なんで桐谷倭斗が一緒なんですか?」


「ああ、この子がいると男の人に話しかけられなくていいのよ」


 なるほど。無謀にも華さんをナンパしようとする人もいるという事か。


 確かに倭斗くんが一緒であれば声をかけようなんて思う人はいないだろう。


「じゃあ、俺帰るわ」


 役目は果たしたとばかりに、倭斗くんはすぐに帰ろうとした。けれど、華さんが倭斗くんの腕を掴んで引き止める。


「あんたも一緒に行くわよ。非会員とはいえ倭斗も歴史ミステリー同好会の一員なんだから」


「はぁ~? なんで俺が……っておい、華!」


 華さんは嫌がる倭斗くんの腕を引っ張った。


「颯太くんがいるとは言え、可愛い女の子が二人もいるんだから、何かと物騒でしょ。盾は多いに越したことはない」


「可愛い女の子って、どこにいるんだよ」


 華さんはともかく私自身、自分の容姿の事は十分承知している。だから、倭斗くんがおでこに手をかざして、周りをキョロキョロするその嫌味な態度に、悔しいが言い返すことができなかった。


「どこを探しても、おばさんがひとりとヲタクがひとりしか見当たら――グホッ」


 ドスッと鈍い音がしたかと思うと、倭斗くんが体をくの字にして苦しそうなうめき声をあげた。


 華さんが倭斗くんのお腹に、拳を思いっきりねじ込んでいた。


 颯太くんはそれを蔑むように目を細め、じっと見ているだけだった。


「ゲホッ…………グホッゴホゴホ……何すんだよ」


 咳き込むあまり、若干涙がにじんでいるのは気のせいか……。


 ゴホゴホとせき込む倭斗くんをしり目に、華さんは涼しい顔をしている。


「倭斗、あんたも一緒に行くわよね?」


 ニコニコニッコリ笑顔で聞く華さん。笑っているはずなのに背筋がゾッとするのはなぜだろう。


 前に、お弁当がマズいと言えば殺されると言っていた倭斗くんの言葉を思い出し、あながちウソではなさそうだ。


「お供させていただきます」


 言葉とは裏腹に、倭斗くんの声は暗い。


「さあ、行きましょう」


 何事もなかったかのように、華さんは私の手を取り軽やかに入口へと向かう。


「行ってらっしゃい」


  受付のお姉さんにこやかな笑顔で見送られ、私と華さん、そして倭斗くんと颯太くんの四人で『結城晴朝の黄金伝説』というアーチ形の門をくぐった。

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