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「私のせいですまない」

 改めて、彼女に謝る。

「私のせいでとは?」

「先ほど彼女達に絡まれていたのは、私とあなたがこうやって交流するようになったからだろう」

「え……? そういうことなんですか?」

 ロードリック嬢は首をかしげる。彼女は割と敏い人だと思うので、こうやってしらばっくれられるのは意外だった。

 我がことながら、己が悪い噂を流されているとは説明がしづらい。


「うーん。本当にフィル様のことですかね。ロニーのことかもしれませんよ」

「……ロニー・クインシーの悪い噂などは聞かないが」

 ロニー・クインシーのことを呼び捨てにするあたり、彼とは親しいのだろうか。

「ロニーですか。幼馴染のようなものですね。親同士が親しいのですわ」

 それを問えば、あっさりとした答えが返ってくる。

「それより、フィル様が悪い噂をされているというのはなんでしょうか。私、新聞部の人間としてそういったことにはアンテナを張っているつもりですが、フィル様の悪い噂などは聞きませんわ」

「しかし、彼女達はお噂をご存じなどと言っていただろう。まあ、その噂というのは恐らく私が『沼の貴公子』などとあだ名されているということだろうが」

「んん~~……」

 ロードリック嬢は納得がいかないのか、首をかしげて難しい顔をしている。


「それってただの呼称ですよね。多少からかいは含んでいますでしょうけど、悪い噂とまで言いますか?」

「……」

 ただの呼称と言われてしまった。


「フィル様はご領地の沼地を素晴らしいものと思ってらっしゃるんでしょう。なら、沼の貴公子と呼ばれて気後れなさるものなんですか?」

「……なるほど」

 言われてみれば確かに。と納得した。

「目からうろこが取れた気分だ。ありがとうロードリック嬢」

「いえいえ」

 やはり彼女は公平な物の見方のできる素晴らしい女性だと再認識する。


「それはそれとして、眼鏡のことですよ!」

「ん? 眼鏡?」

「はい! フィル様はこの眼鏡、そんなにおかしいと思いまして?」

 話は切り替わって、ロードリック嬢はキリッとまなじりを決しながら憤然としている。

「シンプルなデザインだし、おかしいものには思えないが」

「ですよね! なのに、見苦しいだなんて失礼だわ!」

 彼女は眼鏡のつるを触って位置を直している。ごく普通な丸いレンズの眼鏡である。少々厚みはあるが、不格好というほどでもない。縁やつるの色は落ち着いた柔らかい色味の銅色に輝く。

 彼女の顔に収まる眼鏡はその丸みで愛嬌を感じさせつつも、品を損なわせない。


「なぜだか、眼鏡が容姿を損なうといった発言をされる方が多いんです。私のことを褒めるときも、その眼鏡がなければまだかわいいだなんて言い方をされたりして!」

「眼鏡のありか無しかで容姿が大きく変わるとは思えないが」

「そうでしょう! そりゃあ度が入ってますから、多少目の大きさは違って見えますけど大した差ではありませんよ!」

 ほら! と彼女は眼鏡を外して見せる。

「確かに印象は違って見えるが、元々の愛らしい顔立ちはそのままだな」


「あ、あ、愛らしい……?」

 ロードリック嬢の声がひっくり返る。

「嫌ですわ。そんなお世辞など急に仰って」

「いや、割と見たままをそのまま言っただけだ」

「も、もう! そういうのはいいですから!」

 本音を言ったのにお世辞と言って流されてしまった。


「えーと、だから、私が言いたいのはですね、私は自分の眼鏡をかけた顔も気に入ってるってことなんです」

 彼女の主張にうなずきを返す。

「そうだな。それに、あなたのきれいな目が反射されて見えないときはもったいないとは思うが、あなたが見たいものをしっかり見れる方がいいと思う」

「……フィル様もしっかりと貴族男性ですわね。そうやって言葉の端に美辞麗句を忍ばせるのですから」

 ロードリック嬢は諦めたような表情を見せた。私は、いつだって自分の言いたいことを言っているつもりである。



「フィル様。私は外野に何かを言われたせいで親しくなった人と不仲になったり距離を置いたりなどはしたくないと思ってますわ」

「ああ。私もそうだ」

「フィル様。私があなたのことをずっとお名前で呼んでいるのを気付いてますか」

「ああ。領地を訪ねた時から、そう呼び出したな」

「それくらい親しみを込めているつもりです。フィル様もお嫌でなければ、私のことは名前で呼んでくださいませんか」

「……セアラ嬢」

「はい」

 にっこり笑った彼女がとてもまぶしく見えた。なんだか照れ臭かったが、悪い気はしなかった。

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