第43話

 死の未来を書き綴られたはずのナガリは獄刀ごくとう双刃ふたば』を離して倒れたが、まだ生きていた。


 僕の右腰に装備された鞘に納まっていたヒワタたちが擬刀化ぎとうかを解いて、獄刀ごくとう双刃ふたば』を回収する。

 クシマとセンナが反対方向から引っ張っていたが、獄刀ごくとう双刃ふたば』が絢刀けんとう詩向しむか』と爛刀らんとう珀亜はくあ』に戻ることはない。

 その様子を眺めていた僕は劇刀げきとう蟻彩ありさ』をいつでも抜ける体勢でナガリに近づく。


「俺はまだ死んでねぇぞ、鞘野郎。特別に俺の格式奥義を見せてやるよ」


 仰向けになっていたナガリの姿が消えて、一本のつるぎが宙に浮かび上がる。

 最初は驚いたが、この剣に見覚えがあった。二度目にデュアルと交戦したときに持っていた剣だ。

 あの時、デュアルが投げた剣はどこかに消えて、突如現れたナガリがシムカの手を掴んでいた。


 ナガリが擬刀化ぎとうかできるなんて信じられない、と思ったが僕の脳裏にセンスの姿がよぎった。

 彼女は海刀かいとう櫛灘くしなだ』を作成してヴィオラを溺死させようとしていた。

 かたなの勇者のスキルで一度死亡したナガリを作成したのであれば、彼が擬刀化ぎとうかした理由も説明がつくのではないか。


「そんなの有り!?」


「あの方も擬刀化ぎとうかの呪いを受けていたなんて」


「なんと禍々しい」


 クシマに続き、ヒワタとアイシャも驚きの声を上げる。

 僕たちがたじろいでいる間に剣は飛んでいき、遺体となったゼィニクの手の上に降り立った。


「うそ。そんな能力なんて聞いたことないでござるよ」


「なんとも卑劣な能力なのです」


「どこまでもクズめ」


 センナ、スミワ、ライハが目を背ける。

 視線の先には動かなかったはずのゼィニクを『従属じゅうぞく』する剣の姿があった。


「ゼィニクはもう死んでいるから『美蘭ヴィオラ』の音も『蟻彩ありさ』の毒も効かないか。『澄和すみわ』で未来を書き換えることもできないだろうね」


「そんな悠長なことを言っている場合ではないでしょう!」


「あたしなられるよ。あの女が作った偽物を壊せたんだからさ!」


 悲観的なヴィオラを押し退けてライハが前に出る。

 僕も同意見だ。

 ライハの手を取り、鞘を構えてふらふらと歩くゼィニクの正面に立つ。


閃刀せんとう雷覇らいは』、格式奥義――電煌雷轟でんこうらいごう


 黒雲の中から放たれた稲妻がゼィニクの脳天を貫き、肉片が飛び散る。

 何度も雷を打ち込んだが、ゼィニクの足が止まることはなく、手に持っている剣が壊れる様子もなかった。


「きもっ!」


 両腕をさすりながら悲鳴を上げるクシマ。

 彼女の能力で病気にする手も考えたが、死人に病気という概念が存在しないので却下だ。

 ヒワタの能力で凍らせる手はどうだ。根本的な解決にはならないが、時間稼ぎにはなる。

 アイシャは絶対にダメだ。死んでもあんな奴と血液を混ぜたくない。


 そんなとき、センナがびしっと手を挙げた。


「センナが切り刻んでやるでござるよ。そうすれば二度と起き上がれないでござる!」


 名案だ。

 早速、擬刀化ぎとうかし、柄を地面に刺した『繊那せんな』の刀身がほつれ、ゼィニクの四肢を切り裂いた。

 ゼィニクだったものは動かなくなったが、剣は糸刀しとう繊那せんな』でも破壊できず、次の所有者を求めて彷徨っている。


 すでに町の人たちは避難しているが、ここは帝都に繋がる町だ。

 帝都に乗り込まれれば貴族たちを従属じゅうぞくして、最後の一人になるまで戦い続けるだろう。

 人海戦術を使われては僕たちの体力が持たない。

 ここで仕留めるしかなかった。


 僕はクシマが持っている獄刀ごくとう双刃ふたば』を受け取り、スキル『契約』を発動した。

 獄刀ごくとう双刃ふたば』の作成時とは異なり、暖かい光を放ちながら浮き上がり、噛み合っていた凹凸が離れていく。


「戻ってきてシムカ、ハクア」


 僕の願いが通じたのか一本の剣は二本の刀の姿に戻り、擬刀化ぎとうかを解いて二人の少女になった。


「あれ……? シムカじゃない」


 突然、目を開けて起き上がったハクアは見た目も声もシムカにそっくりだった。

 しかし、髪の色だけは清らかな白髪のシムカと異なり、燃えるような赤髪だ。

 彼女は僕の首筋に鼻先を押しつけ、何度か臭いを嗅いで顔を離した。


「大切にしてくりゃれ」


 小さく呟いたハクアは僕の返事を聞くことなく刀の姿になった。

 僕は胸の中で返事をして、爛刀らんとう珀亜はくあ』を地面に置いた。


 臭いを嗅いだだけで状況を理解したとでも言うのか。

 それに基本形態が人間のはずなのに、誰よりも擬刀化ぎとうかしている時間が長い。


「慣れるとそっちの方が楽なのよ。食事もいらないし、寝ているだけで百年くらい過ぎるから」


 ヴィオラの説明にヒワタとセンナが同意した。

 確かに彼女たちの共通点は僕と出会う前は擬刀化ぎとうかしていたことだ。


「おサヤ、か」


「シムカ!」


 目覚めたシムカを抱き寄せると、しっかりと体温を感じることができた。

 しかし、安心したのは束の間でシムカの容赦ないデコピンが放たれた。


「こんなことを人前でするな」


 視線を逸らしながら気まずそうにしているシムカを座らせていると、ヒワタが目を細めて小さく吐息をはいた。


「こうしてみんなで集まるのは何百年ぶりでしょうか」


 それぞれが顔を見合わせながら頷いている。

 僕もこの場に揃った十刀姫じゅっとうきを見回しながら決意した。


「『珀亜はくあ』を鞘に納めるよ」


「ならんっ!!」


 大袈裟なほど怒った顔のシムカが僕の服を掴む。

 その手を優しく振りほどいて爛刀らんとう珀亜はくあ』の柄を握り締めた。


「これしか方法がないんだ」


「『珀亜はくあ』を使えばこの世が吹っ飛ぶと言ったはずじゃ!」


「そうはならないよ。大切にするって約束したんだ。それに、僕とみんなの縁を絶っておくよ。アイシャ、できるよね?」


 結刀けっとう愛紗あいしゃ』の能力を解除しなければ僕が死んだときにはヴィオラたちも一緒に死んでしまう。


「ダメよ。絶対に解除しないで。いいわね」


 アイシャと僕を睨みつけるヴィオラ。

 僕は無視して左腰の一番下に装備した鞘をベルトから抜き取く。その鞘は漆塗りの上から燃え上がる炎の模様が施されていた。


「一人では行かせない。わたしたちはまだ呪いを解いていないし、あなたも鞘の勇者としての役目を終えていないわ!」


「ヴィオラは僕に『これまでの行いが偽善ではなかったと示せ』って言ってくれたよね。呪いは、トウショウさんが解いてくれるよ。センナ、事情を話してあげて。彼が当代のやいばの勇者だ」


「うぅ、分かったでござるよ」


「これで君の願いを叶えられる。もう傷つかなくていいんだよ。呪いが解けたら好きに生きればいい」


 アリサに向き直ると丁寧なお辞儀が返ってきた。


「ハクアはどうなる!? おサヤの自己満足のために我が妹を犠牲にするのか!!」


 シムカの怒りはごもっともだ。

 でも、僕だってハクアを死なせるつもりはない。


「大丈夫だよ。僕が死んでもハクアは死なない。彼女を見つけ出して呪いを解いてあげて欲しいんだ。これはシムカにしか頼めない」


「……くっ。そんな自信、どこから」


「分からないけど、ハクアが大丈夫だって言ってるから」


 これは嘘ではない。まだ契約していないが、不思議と彼女の声が聞こえるのだ。


「今までありがとう。僕は絶対にナガリを破壊するから、絶対に呪いを解いてね」


 右腰にある結刀けっとう愛紗あいしゃ』の鞘に取り付けられた小さな棘で自分の指を切り、押し出すように出血させてから、血を鞘で拭い取った。


「これでアイシャの能力は解除できた。さよならだ」


「そんなことが!?」


 驚愕するアイシャを押し退け、ヴィオラが叫ぶ。


「ダメよ! あなたには私の呪いを解く責任がある。最後まで一緒にいなさいよ!」


「ごめんね、ヴィオラ。こんな僕のそばに居てくれてありがとう」


 名残惜しくなる前に爛刀らんとう珀亜はくあ』を鞘に納め始める。

 この鞘の中には起爆スイッチが隠されているはずだ。

 このスイッチが押されたとき世界は滅ぶ。多分、十刀姫じゅっとうきを破壊する唯一の方法なのだろう。

 一番最初に『珀亜はくあ』を収集していた場合、僕の旅は自爆で終わってしまっていただろう。


 最後まで納刀できないように鞘とつばの間に指を潜り込ませながら、彷徨っているナガリだった剣を右手に持つ。

 心と体が浸食されていく気持ちの悪い感覚。

 すぐにこの身体はナガリに従属じゅうぞくされると感じた。でも、その前に僕は左指を離す。


爛刀らんとう珀亜はくあ』、格式奥義――狂爛怒刀きょうらんどとう


 カチッ!


 耳をつんざくような音が鳴り響き、爛刀らんとう珀亜はくあ』を中心に光が収束する。

 その後、どうなったのか知る由もない。


 爛刀らんとう珀亜はくあ

 爆発力に主眼を置いて創られ、"爆死"を象徴としている。

 刀身から可燃性の粉塵をまき散らし、連鎖爆発させて周囲にいる者全てを死に至らしめる。

 鞘に納めたとき、世界を崩壊させるほどの大爆発を起こす。十刀姫を破壊できる唯一の手段。


 爛刀らんとう珀亜はくあ』、収集完了。

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