第25話 

 老婆に教えてもらった御神木はすぐに見つかった。

 樹齢何年なのか想像もつかないが、空高くそびえ立つ立派な木の幹には刀が刺さっていたと思しき跡があった。


「ここに刀が刺さっていたのかな」


「そのようね。足跡も血痕もたくさんあるから、ここでアイシャを巡って戦ったのね」


 愛に取り憑かれた巫女たちって言ってたけど、どこにそんな人がいるのだろうか。


 残された血痕を辿って歩き出したヴィオラに続いて行くと鉄格子のようなものに覆われた町の入り口が見えてきた。


 西を目指していた僕たちは帝都へと続く町を通り過ぎ、巷で話題となっている西のアイドルグループの拠点についてしまった。


 珍しく門番のいない門をくぐっていると町の中から男たちの野太い声が聞こえてきた。


「うおぉおぉぉ。よっしゃいくぞぉぉ!」


 光るライトを持って踊り、跳ね、叫び、歌う集団が目の前にいる。

 僕はぽかんと口を開けてその光景を眺めていた。


「なんだ、これ」


 市街地の中心にあるステージでは抜群のプロポーションを持つ美女たちが体の線のはっきりと見える衣装を着て歌って踊っている。

 その曲は聞き覚えがあり、僕がガッターニシティで演奏したものと全く同じだった。


 集客力は凄まじいようで出店も多く、これまでに見てきたどの町よりも活気に満ちていた。


「サヤ様」


 ヒワタに手を引かれ、彼女が指さす方を見上げるとステージが一番よく見える特等席で観覧している巫女服の女性をいた。

 その隣には黒髪を一本に束ねた厳かな雰囲気の女性が佇んでいる。


「あれがアイシャ?」


「えぇ。間違いなくアイシャです」


 艶のある黒髪と露出の少ない服装のアイシャに対して、巫女服の女性は肌の露出部分が多かった。


「なんとかこの人集だかりを抜けて、アイシャの所へ行こう」


 一番簡単な方法があるのだが、それをすると敵が増えそうだ。

 特にこの熱量を持つ男性集団に目をつけられるなんて考えただけでおぞましい。


 僕たちは横道を通り、ステージの横側へと移動した。

 ちょうど巫女さんのいる特等席から一直線になる場所でシムカに手を振ってもらう。

 身長の小さいヴィオラやクシマでは目立たないだろうが、男性よりも背の高いシムカであれば見つけてもらえるはずだ。

 それに白髪というのも目立つだろう。


 効果は絶大だったようで、すぐにアイシャが反応を示した。

 隣にいる巫女さんに言葉を交わし、観覧席を後にすると僕たちの元へと降りてきてくれた。


「久しいのう、アイシャ。変わりないか?」


「はい。シムカさんもお元気そうで何よりです。それにしても一人旅中のはずであるあなたがなぜヴィオラさんやヒワタさんと一緒なのでしょうか」


 丁寧にお辞儀をするアイシャは一人ずつ見回して、僕の前で視線を止めた。

 そして、下の方へと視線が移動する。


「鞘の勇者よ。私たちの鞘を持っている人で、擬刀化ぎとうかの呪いを解くために協力してくれているの」


「そうですか。ではヴィオラさんはアリサさんではなく、この殿方を選んだということでしょうか」


 ヴィオラは特に何も感じていないようで、アイシャも悪気はないのかもしれないが、その物言いにムッとしてしまった。


「そんなことはありません。アリサは大切なヴィオラを僕に託して、別行動で【解呪かいじゅ砥石といし】を探してくれています。僕は彼女を信じて、各地にいる十刀姫じゅっとうきに会いに行き、旅に同行してもらっているだけです」


「では、あなた様はヴィオラさんをはじめとする女子の中で誰を一番愛しているのでしょうか」


「あ、愛!?」


「当然ではないでしょうか。男一人、女一人でつがいのはずです。五人も女子をはべらせてよいのでしょうか」


 アイシャは真剣だ。

 お前が答えを間違えれば今すぐにでも切り捨てるぞ、と言われているような気がした。


「誰も愛していません。彼女たちは呪いを解くために、僕は勇者としての役目を果たすために一緒にいます。だからつがいがどうとかはありません」


 正直に答えたが、これで良かったのだろうか。

 アイシャは何を言わず、順番に刀姫とうきたちを見回して、それぞれの反応を確かめているようだった。


「嘘ではないようです。ご無礼をお許しください、鞘の勇者様。私は愛こそが世界を救うと信じています。だからこそ、私の呪いは強制的に愛を誓わせるものなのでしょう。この能力で世界平和に貢献できるのなら、いくらでも人を斬ります」


「ここに来る前に僕たちの目の前で一組のカップルが死にました。あれはあなたの仕業ですか?」


「仕業とは人聞きの悪い。私は彼が愛し合うことを望んだから斬ったのです。代償の説明はしましたよ」


「代償……。それが死ぬことですか?」


「その通りです。まず愛し、愛されてこその世界平和です。愛を見失った人間はこの世にとっての悪に成り果てますから死するべきです」


 クシマとは別の意味で純粋なアイシャは自分にかけられた呪いすらも神から与えられた加護だと思うようにしているらしい。

 そして、いつしか自分が恋愛の神と呼ばれるようになり、今では平和のために人殺しをいとわなくなってしまったのだ。


「アイシャ様、そちらの方々は?」


 観覧席から降りてきた巫女さんが並び立つ。

 目元に引かれた朱色の化粧が色っぽく、大人な雰囲気をかもし出していた。


「私の鞘を持つ勇者様だそうです。私たちとは異なる思想をお持ちとのことで、処遇を決めかねております」


 巫女さんは僕を値踏みするように頭の天辺から足の爪先まで じろじろと見てくる。

 そして、アイシャと同じように両腰で視線が止まった。


「愛の神であるアイシャ様は平和の象徴となるお方です。愛を知らぬ者とお話することはございません。お引き取りください」


「アイシャもあなたも間違っています。確かに人を愛することは大切なのかもしれないけれど、それで人が死ぬなんておかしいですよ!」


「では、あなた方の愛の形を証明してみせてください」


 擬刀化ぎとうかしたアイシャを巫女さんが構える。

 その姿勢に敵意や殺意はなく、神事を行うときのような神聖さがあった。


「どうすればいいの?」


「わたしはお断りよ。命を無駄にするつもりはないわ」


「とか言って、サヤちんとの愛を証明できないだけじゃーん?」


「私は構いませんよ」


「あたしも多分、大丈夫だから」


「またにはアイシャの戯れに付き合ってやるのも一興かのう」


 彼女たちの意見を聞く限りでは切羽詰まった様子はない。

 クシマに病気にされた時とは命の危機のレベルが異なるのいうことだろうか。


「愛の試練に耐えられるのならアイシャ様はあなた様をお認めになるでしょう」


 巫女さんの言葉が決め手となり、僕は言われた通りに袖を捲って腕を差し出した。


 ヒワタたちも同様に腕を出し、最後に悪態をつきながらヴィオラも従った。


 巫女さんが僕の腕を五箇所薄く切る。

 同じようにヴィオラたちの腕も薄く切られると、糸のように伸びた血液が空に浮かび上がり、混ざり合っていく。


 僕の血液とヴィオラの血液、僕とヒワタ、僕とライハ、僕とシムカ、僕とクシマ。


 やがて五つの塊となった血液がサラサラの液体となって切り傷から血管の中に入って、体中を循環する血液と同化した。

 切り傷はすぐに塞がり、痛みも違和感も感じなくなった。


「これで勇者様とお嬢様方は強制的に愛を誓い合いました。もしも、誰かが別れたいと感じたならば体内の血液が沸騰して死に至ります」


「え? それって僕はヴィオラたちと違って、死ぬ確率が五倍ってことですよね!?」


「もちろんでございます。女子をはべらせるということはそういうことです。もしも、この試練を超えられるなら、アイシャ様はあなた様を世界平和へと導く者としてお認めになることでしょう」


 僕たちは顔を見合わせる。

 こんな無謀な挑戦をする羽目になってしまったが、不思議と何とかなる気がしていた。

 ただ不安が無いわけではない。


 一番長い時間を過ごしてきたヴィオラとの試練で死ぬかもしれない、そんな風に直感してしまった。

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