第28話

【ゼィニク陣営】


 貴族しか住むことが許されない王都の最深部に皇帝の住む王宮がある。

 皇帝陛下に呼び出されたゼィニクはセンスを連れて謁見えっけんの間でひざまずいていた。


「よくぞ参った。つるぎの勇者は残念だったが、まだ使い道はある」


「はっ」


 玉座に座り足を組んでいるのは、白髪混じりの壮年の男性で彫りが深い顔立ちをしている。

 いかにも王族といった服装で尊大な態度だった。


 ひざまずくことでゼィニクのわがままな腹の脂肪が横に押し出されている。

 彼に侮蔑ぶべつの視線を向けているセンスは欠伸あくびを堪えていた。


 仮にも部隊のリーダーであるゼィニクが呼び出されるのは分かるが、なぜ自分まで連れてこられたのか分からない。


 センスが皇帝の許可を得ずに顔を上げると、目の前に敷かれたレッドカーペットの上に棺が置かれていた。


「すでに死人だが、幸いなことに脳への損傷はなかったようだ。大義であった」


「もったいなきお言葉でございます」


「なにか褒美をやらねばな。なにが良いか……そうだ、刀をやろう。それも二本だ」


 最初から答えが決まっているくせに、わざとらしく考える素振りを見せる皇帝が気に食わなかったセンスがいつもの癖で和扇子を広げようとしたとき、ゼィニクが顔面を真っ青にしながら必死に制止した。


「ありがたき幸せにございます」


「刀の名は絢刀けんとう詩向しむか』という。まだ余の手元にはないが、きっと気に入るだろう。貴様の手に渡るかどうかは貴様たちの働き次第だ」


「はっ。必ずや手に入れてみせましょう」


 ゼィニクの声は震えていた。

 刀の名前は知っていたが、どこにあるのか、どのような見た目をしているのか、全く手がかりのない刀だ。どこを探せばよいのか皆目見当もつかない。

 それでも返答せざるを得なかった。


「もう一本は蛮刀ばんとう長利ながり』という名に決めた。それは今から貴様に授ける」


 ゼィニクは目に見えて動揺していた。

 それもそのはず、先日まで共に旅をした勇者の一人と同じ名前なのだ。


 センスも少なからず、動揺していたがゼィニクほどは表情に出さない。


かたなの勇者よ、貴様のスキル『作成』でその亡骸を刀に創り替えよ」


 この発言にはさすがのセンスも目を見開いて、棺と皇帝陛下を見比べしまった。


 センスは二つのスキルを有している。

 一つは『隷属れいぞく』、爛刀らんとう珀亜はくあ』を縛りつけているものだ。

 もう一つが『作成』だが、これまでに何度試しても発動できなかった。


「何をしている。早くせよ」


 漆黒の棺を呆然と見つめるセンスの隣でゼィニクが小声で怒鳴りつけてくる。

 その時ばかりは、センスもいつものように悪態をつけなかった。


 着物の音を立てずに立ち上がり、棺を見下ろす。

 中に入っていたのは、まさしくつるぎの勇者、ナガリ=カタだった。


「……綺麗な顔」


 自分の耳にも届かないほどの小声で呟く。

 閃刀せんとう雷覇らいは』の雷に打たれて即死だったと聞いて、もっと焦げ臭いかと思っていたがそんなことはなかった。

 切長の目も、すっと通った鼻筋も、いつもやかましくわめいていた口もそのままで今すぐにでも起きてきそう見た目である。


「どうした?」


「いいえ。なんでもありませんわ」


 仮にむごい死体だったとしても驚かなかったはずだが、センスは自分のスキルの使い方に驚いていた。


 棺に手を突っ込み、スキルを発動するとナガリの死体は一本の刀に姿を替えた。


 正確には刀ではなく、両刃のつるぎだ。

 少しでも触れれば容赦なく指を切り落とされそうな、そんな雰囲気をまとうつるぎだった。


 役目を終えたと言わんばかりにセンスは元の位置に戻り、先程とは打って変わって、着物の音を立てながらひざまずいた。


「それでよい。ゼィニク、これを待て」


「はっ!」


 顔をこわばらせるゼィニクがぎこちない足取りで棺の前まで移動して刀の柄を握る。

 鞘の勇者が閃刀せんとう雷覇らいは』に触れたときのような反応もなく、静かにゼィニクの手に収まった。


 棺の中から慎重に取り出される新しい危険刀きけんとう閃刀せんとう雷覇らいは』とも爛刀らんとう珀亜はくあ』とも異なる鈍い輝きを放っている。


「これでかたなの勇者と同格になれたな」


 ゼィニクは蛮刀ばんとう長利ながり』を掲げながら平伏して後ずさる。


かたなの勇者は行って構わん。鞘の勇者が動いた際にいつでも出撃できるように備えておけ。ゼィニクはこの場に残れ」


 無言で立ち上がり、きびすを返したセンスを見送った皇帝は汗だくのゼィニクに微笑む。


「試し切りをしたいとは思わんか?」


「こ、皇帝陛下のご命令とあらば!」


 皇帝が目配せすると二人の兵士が布袋を被せられた赤紫色のドレスの人物を引きずってきた。


 ゼィニクはごくりと音を鳴らして唾を飲み込む。


 乱暴に布袋が取られ、舞い上がった金髪が緩やかに落ちてくる。

 青色の瞳は怒りと憎しみに満ちており、口に詰め込まれた布越しに「んーっ、んーっ」と唸っていた。


「余の宝物庫に忍び込み、漁っておった不届き者だ。何をやっても死なない。斬ってみろ」


「し、しかしっ! い、一体どうやって、警備は完璧なはずでは」


「姿を偽って武器倉庫に搬入させたのだろう」


「……姿を? 何者でしょうか」


危険刀きけんとう、いや十刀姫じゅっとうきの一人、アリサだ」


危険刀きけんとう!? その娘がっ!?」


 ゼィニクは皇帝直轄の暗殺部隊筆頭であるデュアルのかたわらにいた少女が刀に姿を変える光景を思い出して身構えた。


「お、恐れながら、なぜ少女が刀になれるのでしょう!? なぜナガリは刀になってしまったのでしょうか!?」


 気が狂いそうになるゼィニクが頭を下げながら必死に叫ぶ。


「このアリサはやいばの勇者によって擬刀化ぎとうかの呪いをかけられている。閃刀せんとう雷覇らいは』も爛刀らんとう珀亜はくあ』も同様だ。ただし、つるぎの勇者は違うぞ。贋作がんさくのようなものだ。本物には到底及ばないだろうな。気にせずに斬って構わん」


 手汗で滑らないように蛮刀ばんとう長利ながり』を握る手に力を込める。

 言われるがままに少女に歩み寄ったが、刀は構えられなかった。


「余に逆らうのか? 貴様の一族を帝都から追い出してやってもよいのだぞ」


「そ、そのようなことはございません」


 再び唾を飲み込み、鋭い目つきとなって蛮刀ばんとう長利ながり』を握り直す。

 大きく振りかぶり、少女の胸を刺した。


「ひぐぅっ!?」


 呼吸が荒くなり、脳が正常に働かない。

 必死に空気を吸っても一向に楽にはならなかった。

 ゼィニクは皇帝の視線に耐えきれず、少女を斬りつけ続ける。


 閃刀せんとう雷覇らいは』や爛刀らんとう珀亜はくあ』のように派手な落雷や爆発はできない。

 ただ刺して、斬ることだけに特化した刀は野蛮な性格だったナガリらしいといえばその通りだった。


「口を自由にしてやれ」


 皇帝の指示で口に詰められた布が取り出されると、少女は血を吐き出しながら絶叫した。


「絶対に許さないッ!! どいつもこいつも殺してやる! まともに死ねると思うなよ! 地獄を味わわせてやるからな!」


 ジタバタと暴れる少女と、豪快に笑う皇帝に怯えつつもゼィニクは刀を刺し続けた。


 どれだけ体を切り刻まれようとも決して死ぬことはないが、人間と同じように痛みを感じる今の体が恨めしい。

 【解呪かいじゅ砥石といし】を探して危険を冒したアリサは歯を食いしばりながら痛みに耐え、皇帝とゼィニクへの復讐を誓った。

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