第四章 絢刀『詩向』

第17話

 いつまでもヒワタが空き家にしてしまった家に住み続けるわけにはいかないので、体調の全回復を待たずに出発することにした。


 僕たちが数日を過ごした家の持ち主は近隣の宿泊所に泊まっていた。事前にヒワタが多めに宿泊費を渡すと約束していたらしく、トラブルに発展することなく別れることができた。


「シムカってどんな人?」


 行く宛もなく道を進みながらの何気ない質問に三人は即答する。


「姉命の人」

「突然いなくなる人ですね」

「めっちゃ強い人」


 実に分かりやすい回答だ。

 見た目のヒントは一切なかったけど。


 一問一答を繰り返した結果、どうやらシムカという人物は三人にとってお姉さんのようなポジションらしい。


 閃刀せんとう雷覇らいは』を巨大な岩に突き刺すくらいだから、かなり力は強いのだろう。

 筋骨隆々だったらどうしよう。ひねり潰されちゃうよ。


「シムカはどこにいるのか分からないんだよね?」


「私も知りませんね。クッシーロではシムカちゃんの名前は聞きませんでした」


「同じく。ずっと寝てたから」


「風来坊だから姉を神に祭り上げて隠した後は消息を絶ったわね」


 ヴィオラの発言は聞き捨てならないものだった。


「えぇぇ!? シムカって、あの爛刀らんとう珀亜はくあ』の妹なの!?」


 三人はさも当然といったように同時に頷いた。


「あんな危険の刀の妹さんだって? めちゃくちゃ怖い人だったらどうしよう」


「あー、大丈夫、大丈夫。ハクアの暴走を止める係なだけだから」


 ライハはあっけらかんと言っているが、爛刀らんとう珀亜はくあ』の力を目の当たりにしている僕にとっては、あの爆発を止めることができる時点で脅威なのだ。

 お会いしたあかつきには後学のためにも爛刀らんとう珀亜はくあ』の攻略方法を教えて欲しい。


「怖いと言えば、真理を突いてくる人なので、そういう意味では怖いかもしれません。いきなり殴りかかってくるような人ではありませんから、ご安心ください」


 ヒワタはいつだって女神のような微笑みを絶やさない。

 何があっても隣にいて欲しい人材だ。


 こんな風にライハとも何気ない会話をできるようになったし、可愛いと思っているのは嘘ではない。

 でも、閃刀せんとう雷覇らいは』に対する苦手意識は消えていない。


 響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』よりも殺意が強く反映されて、殺傷能力も高い閃刀せんとう雷覇らいは』は使いどきを見誤らないようにしないといけない。

 いくら契約しているとはいえ、ナガリと同じように無差別に攻撃することも可能なのだから今後も注意は必要だ。


 現時点では余程のことがない限り、閃刀せんとう雷覇らいは』を使う気にはなれなかった。


 獣道から補装された道へと変わり、職人さんたちに感謝していると大きな町へと辿り着いた。


 町の入り口にある看板には『ガッターニシティ』と書かれていた。

 ここが武刀祭ぶとうさいで有名な都市であることは僕も知っている。

 実際に参加したいと思ったことはないが、毎年大盛り上がりの一大行事だ。


武刀祭ぶとうさい開催のお知らせだって。なにそれ?」


 アリサと行動していたヴィオラは知っているようだが、世間から隔離されていたライハは知る由もない。


「国中から腕に自信のある方が参加するお祭りですね。クッシーロ監獄の人たちも毎年参加していましたよ」


「あの典獄てんごくも?」


「まさか。私を使えば二度と開催されなくなってしまいますよ」


 満面の笑顔が逆に恐ろしい。

 でも、その通りだと思う。

 実際に危険刀きけんとうの使用禁止とお触れ書きがあった。


 この時点で僕には参加資格がないことになる。


 一泊だけ可能な宿屋を探していると、掲示板に貼られた手配書が嫌でも目に留まった。

 髪はどうすることもできないけど、服装を変えることは可能だから、僕は手配書に書かれている服と真逆の服に着替えて旅を続けている。

 しかし、ヴィオラとヒワタはこだわりがあるのか似たり寄ったりの服を着ていた。


「これ、あたし? ふざけてるな。書いたやつに雷落としてやろうか」


 なんと、ライハもお尋ね者認定を受けていた。


 黒髪の平凡な顔立ちで多くの鞘を持つ男。

 銀髪でダボダボの服の小柄な女。

 薄い水色の髪で着物姿の長身の女。

 金髪短髪で短パン。性別不詳。


 と、書かれている。

 確かにライハは中性的な顔立ちと体つきだからこう書かざるを得なかったのかもしれない。


 それにしてもそれぞれの特徴をよく捉えられている。

 クッシーロ監獄の件はともかく、ナガリとの交戦は誰かに見られていた可能性が高い。


 危険刀きけんとうを三本も持っているのだから狙われても当然か。


 町の中心に向かうと異様な光景が広がっていた。

 二階建ての建物と同じ高さの太いくいが円形に打たれ、コロシアムになっている。

 その中には屈強な二人の男がそれぞれの刀で鍔迫り合いをしていた。


 杭の外側には彼らに声援を送る人が大勢いて、杭にしがみついて大興奮している。


「これが武刀祭ぶとうさいか」


 エントリー不要、途中参加大歓迎のお祭りは最後に立っていた者が勝者というとんでもない催し物だ。


 町ゆく人たちがコロシアムの周囲で足を止める中、僕は響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を抜刀して、演奏の準備を整えた。


 こんなにも大勢の人がいるなら、いつもより路銀を稼げるかもしれない。


 ヒワタは客引きをしてくれているけど、ライハは小銭を持ってどこかへ行ってしまった。


 早速、演奏する曲は最近流行っているというアイドルグループの新曲だ。

 なんでも、西にある領地出身のアイドルらしく、地元愛が強いのか滅多に領外には出ないらしい。

 だからこそ希少価値が高く、稼げると踏んで密かに練習しておいた。


 僕が響刀きょうとう美蘭ヴィオラ』を奏で始めると一人、また一人と足を止めてくれる人が増えて、武刀祭ぶとうさいを観戦していた人たちも集まってきた。


 一曲目を弾き終えて、広げた袋を覗いて見るとそこそこの金額をいただくことができていた。

 ヒワタに目配せして、この調子でもう一曲と思った矢先、遠くから見ていた一人の女性と視線が合った。


 彼女が歩くと群衆たちが左右に避けて道を開ける。

 そのまま立ち止まることなく僕の前まで来て、肩に乗せている鞘と右手の刀をまじまじと見つめてきた。


「心地よい音に誘われて来てみれば、古き友のヴィオラではないか。久しいのう」


「……えっと、あなたは」


「わしか? わしの名はシムカ。絢刀けんとうのシムカじゃ。おっと、先に名乗ってしまった。お主も名乗らぬと無礼者になってしまうぞ」


 とっさに謝って、彼女をからって名乗る。

 一向に演奏を始めない僕を見かねたヒワタが駆け寄ってきて目を細めた。


「シムカちゃん」


「ヒワタか。これまた珍しい。それにあっちで屋台を漁っているのはライハか。自ら岩に刺して欲しいと言ってきて、もう何百年が経つかのう。再び世に出てきたことを嬉しく思うぞ」


 その雰囲気は間違いなく十刀姫の一人だった。


 高身長で綺麗な白髪を一本に結んでいる彼女は体の線がはっきりと分かる服装で腰に手を当てている。くびれが強調されていて、想像していたような筋骨隆々ではなかった。

 深いスリットから覗くふとももが悩ましい。


「ほれ、はよう次の曲を弾かぬか。みなが楽しみに待っておるぞ」


 急かされても体が自由に動かない。

 蛇に睨まれた蛙といったところか。緊張感と恐怖感に支配されて、とても演奏できる状況ではなかった。


「おい、そこのお前!」


 硬直している僕の耳に届いた突然の大声にびっくりして飛び上がる。

 ヒワタもシムカも杭作りのコロシアムから出てくる大男の方を向いた。


「俺様が勝利したってのに観客が一人もいないとはどういうことだ!? 気に入らねぇな!」


 難癖をつけられても困る。

 でも彼のおかげで体が動くようになった。


「すみませんでした。もうやめるので許してください。シムカさん、少しお話しできますか?」


「構わぬよ。わしもヒワタたちと話したい」


「おぉい!? 俺様を無視するんじゃねー! お前、俺様と戦えよ!」


 突然の宣戦布告に戸惑う。

 そんなことをしている場合ではないのだが、この筋肉だるまに言って理解してもらえるだろうか。


「ふぅむ。貴殿が現時点での武刀祭ぶとうさい優勝候補ということじゃな。よし! お主、この者と戦って見事勝利すれば話を聞いてやろう」


「えぇ!?」


 絶対に無理だ。

 一分も持たない自信がある。

 それに僕は危険刀きけんとうを所持しているから参加資格がない。


「鞘に納めてしまえば、ただの刀よ。抜かなければどうということない」


 僕の渾身の断り文句は看破され、屁理屈を言い始めたシムカの手引きでコロシアムの中に入れられた。

 偉そうなことを言ってごめんなさい、とライハに頭を下げて鞘に納まってもらい、二本の刀を帯刀して立ち尽くす。


 どうして、こんなことになってしまったんだ……。


 やる気満々に首と指の骨を鳴らす大男を目の前にして、僕は今すぐに帰りたくなった。あぁ……ゲロ吐いたら片付けてくれるんだろうね。

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