刀を使えない無能として追放された僕ですが、最強の刀を納める鞘を持っています。

桜枕

第一章 響刀『美蘭』

第1話

「人も殺せなければ、物も奪えない。その上、刀も使えないだと!? 貴様のような無能に用はない! 追放だ!」


 帝国の東北部にある小さな村から更に離れた森の中。


 僕たちのリーダーである丸々と太った男が唾を飛ばしながら怒鳴り散らしていた。


「今更、なにを言ってんだよ。こいつが無能なのは最初から分かってただろ」


「薄汚いおすのくせに何の役にも立たないなんて、生きている価値ありませんわ」


 賛同する男女がゴミを見るような目で尻餅をついた僕を見下ろしている。

 彼らの手には一本ずつ刀が握られていた。


 女が持つのは朽ちたほこらまつられていた刀。名を爛刀らんとう珀亜はくあ』という。


 男が持つのはついさっきまで岩に刺さっていた刀。名を閃刀せんとう雷覇らいは』という……らしい。

 

「俺たちがいれば問題ないだろ。なぁ、ゼィニクのおっさんよぉ」


「そのようだ。ナガリ殿とセンス殿がいれば最低でも四本の刀は扱えるわけだからな。帝国に三人しかいない貴重な勇者だからと思って見くびっておったわ」


 ゼィニクから追放を言い渡されるまで僕は勇者の称号を持つ者だけで構成された傭兵部隊【ブレイブセメタリー】の一員だった。

 ゼィニクは僕たち三人を言葉巧みに丸め込み、各地に散らばった十本の刀を集める旅を始めたのだ。


爛刀らんとう珀亜はくあ』は一振りしただけですっぽ抜けていましたわね。閃刀せんとう雷覇らいは』は握っただけで降参ですか?」


 胸元が大きく開いた着物姿のセンスは長い黒髪をお団子にしている、一見するとクールな美女だ。そんな彼女は口元を和扇子で隠しながら笑い、人をあおる。


 僕は数分前にじっとりと汗のにじんだ手で岩に刺さる刀の柄を握り締めた。


 途端、晴天の空から雷鳴が鳴り響き、稲妻がはしる。「ひゃあ」と情けない声を上げながら尻餅をついた僕を三人が小馬鹿にしたような目で見下ろしていた。


 手汗で滑っているわけではない。そんな簡単な話ではなく強い抵抗感が指先から伝わってきた。


 舌打ちをしたゼィニクが僕を睨みつけたまま、「ナガリ殿はどうだ?」と勧める。


 腕を組むナガリはうつむく僕を鼻で笑ってから通り過ぎて、片手をポケットにつっこんだまま刀の柄を持った。そして彼は興味なさげに刀を引き抜いてしまった。


 とても岩に刺さっていたとは思えないほどの輝かしさを放つ刀身は見る者を魅了する。僕も息を呑んでその光景を眺めていた。


 その刀は両刃の直刀で、刀というよりも西洋のけんのようだった。


「これまで誰も引き抜けなかったという刀を抜くとは流石だ! これで二本目の危険刀きけんとうを手に入れたぞ」


 はしゃいで飛び跳ねる度に腹の贅肉ぜいにくが目の前で揺れて不愉快だ。

 立ち上がり、お尻についた砂埃を払う。


「ナガリ殿、センス殿、このまま残り八本の刀も集めて、世界最強の傭兵集団を目指そうではないか」


「そんなものに興味はねぇ。女と金だ」


「うちも要りません。大勢の人を斬れればそれで構いませんわ」


 欲望に忠実なナガリと性格が歪んでいるセンスがなぜゼィニクと一緒にいるのか。


 ナガリの言う通り、大金を得るならこの仕事を続けた方がいいだろう。女に関してはなんとも言えない。


 センスはただの戦闘狂だ。

 命令を無視してでも気に入らない奴に斬りかかる。機嫌が悪い日の彼女には近づかない方がいい。


「そんな……。争いの種となる危険な刀を回収して封印するって話は嘘だったのか!?」


「なんだ、まだそんな世迷い言を信じていたのか。争いがあるから傭兵が儲かるのだ。貴様のような甘ちゃんには厳しい世界だったようだな」


 たった今、僕はゼィニクに騙されていたのだと知った。


 僕たち三人は根本的に分かり合えない人種だ。それでも僕がゼィニクと一緒にいたのは危険刀きけんとうと呼ばれる刀を巡る争いを無くす為なのだ。

 その目的が果たせないのなら、一緒にいる理由はない。

 

 今、ここで彼らを止めないと世界が大変なことになってしまう。


「やめろ! 勇者の称号も持つ者が争いを起こすなんて絶対にダメだ!」


 体当たりする僕に蹴りを入れたナガリが下品な笑い声と共に剥き出しの閃刀せんとう雷覇らいは』を構える。


「試し切りにはちょうどいい。スキルも使ってみたかったんだ。『従属じゅうぞく』発動!」


「やっと斬れますのね。スキル『隷属れいぞく』発動」


 二人が同時に勇者のスキルを発動させると快晴だった空がかげり始め、やがて黒雲に覆われた。


『くっ、なにこれ。体が言うことを聞かない』


 空を見上げる僕の耳届いた掠れた声。

 周囲を見渡しても僕たち四人のほかには誰もいない。


「……なんだ、今の声」


「はぁ? 恐怖で幻聴でも聞こえるようになったか?」


「黒こげにして差し上げますわ」


 ナガリの持つ閃刀せんとう雷覇らいは』に雷が落ちて、ビリビリと帯電している。ナガリが刀を振り払うと雷撃が僕を目がけて放たれた。


「うわっ!」


 足元の地面に小さな穴が空き、僕は必死に逃げまどう。

 雷ばかり気にしているとふとももから鋭い痛みが伝わってきた。


「もっと可愛い声で鳴いて欲しいです、わ!」


 センスが爛刀らんとう珀亜はくあ』の柄をきつく握り締めて、歪んだ笑みを浮かべていた。


 一振りするだけで各所から小規模な爆発が起こり、僕のふとももが爆発に巻き込まれた。

 辺り一面には砂が舞い上がっているのか、鼻がムズムズする。


『んんっ、苦しいのじゃ』


 さっきとは違う声だが、はっきりと女の子の声が聞こえた。

 

「まさか……その刀なのか?」


「ほらほら、どうした!? 鞘の勇者様よぉ!」


 落雷が僕の背中を追ってくる。逃げる先では砂ではない、なにか白い粉を起点に爆発が起こり、体の至る所に火傷が増えていった。


「もうその辺りでいいだろ。そんな無能に構っていないで先を急ぐぞ。次の仕事ではもっと稼げるし、もっと斬れる」


「ふんっ。この刀、つまらないですわ。もっとスパッといきたいのに」


 悪態をつくセンスが爛刀らんとう珀亜はくあ』を見せつけるように空に掲げると、刀身の根元に小さな隙間が見えた。

 そこから粉をまき散らしていたのだと気づく。しかし、気づいただけで対処はできない。


 彼女の隣ではナガリが閃刀せんとう雷覇らいは』がまとっていた雷を振り払っていた。


 ゼィニクが高笑いしながら歩き出し、鞘のない刀を持ったナガリとセンスが彼に続く。


「ハハハハハッ! さっさと消えろ、無能め」


 着ていた服は土に汚れ、手足からは皮膚が焼ける異臭と痛みと共に出血が続いていた。


「そんな……」


 絶望に打ちひしがれても手を差し伸べてくれる人はいない。


「助けられなかった。そこに居たのに」


 地面に打ちつけた拳からも小さく血がにじむ。

 このままだと熱傷と出血で死んでしまう。まずは治療を優先するためにふらふらと歩き出した僕は昨日まで泊まっていた村を目指した。



◇ ◇ ◇



「あなたはさやの勇者様!? ひどい怪我だ。おい、救急キットを持ってきなさい!」


 やっとの思いで村の入り口に辿り着くと村人たちが見つけてくれて簡単な手当をしてくれた。

 全身を包帯で巻かれ、ベッドに寝かされた僕は呼吸するのも苦痛だった。

 薄れゆく意識の中、さっきの女の子たちの声が脳内に反芻はんすうする。


 僕が刀を扱えれば、彼女たちを救えたのに。

 

 後悔しても仕方ない。

 少しでも早く傷を治して、ゼィニクたちを追わないと。


 『契約』と『作成』というたった二つのスキルしか持たない僕が本当に彼女たちを救えるのか分からない。

 そんな不安を抱きつつ、意識を手放した。

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