第5話 代打ちバニー

「ちょっと、ちょっと、レジーナってば。かわいそうだよ、ルールの理解どころか、この子、レイズとかコールとか、フォールドとか、ポーカーの一番の要も理解してないんじゃない? そういう子を相手に勝負するのは、どうかと思うなあ」


 不意に、ニハルが卓へと近寄ってきて、レジーナにいちゃもんをつけてきた。イスカとしては、助かった、という思いでいっぱいだが、レジーナは不愉快そうにニハルのことを睨みつけている。


「……ニハルは下がってて。これは、私と、彼の勝負よ」

「うーん。レジーナはああ言ってるけど、君、大丈夫? ちゃんとルールわかってる?」


 横からニハルに覗きこまれて、イスカはドギマギしながらも、首を横に振った。ここのやり取りが、肝心要となってくる。


「よかったら、『代打ち』してあげようか」

「『代打ち』?」


 いま初めてその言葉を聞いたかのように、白々しく、イスカは問うた。


「『代打ち』っていうのはね――」


 すでに聞いたことのある説明を、もう一度、ニハルは全部話した。


 イスカは、わざとらしく「なるほど」と頷くと、


「じゃあ、お姉さんに頼んでもいいかな」


 と席を立った。


 入れ替わりに、ニハルが椅子に座る。


 ますますレジーナは眉をひそめて、ニハルのことを睨んできた。


「……『代打ち』なんてして、もしも負けたりしたら、責任取れるの?」

「そう思うなら、手加減して♪」

「……勝負は勝負、誰が相手でも手は抜かないわ」


 あらためてカードを配り終えると、レジーナは自分の手札を確認した。文字通りのポーカーフェイスで、どんな役になっているのか、感じ取らせない。


 一方で、ニハルの手はというと……


 全て同じマークで、連続した数字になっている。ストレートフラッシュ、と呼ばれる手だ。手札を交換するまでもなく、強力な手役である。


 お互い、ベットするコインを重ねていき、ある程度積み重ねたところで、互いの手役を披露した。


 ニハルのストレートフラッシュに対して、レジーナはスリーカード。


 まさかのニハルの強力な手に対して、レジーナは目を見開いた。


「やったー! ラッキー♪」


 勝った分のコインを受取り、ニハルは満足げに微笑む。


「……次、行くわよ」


 レジーナは努めて落ち着いた声を出しながら、カードを配った


 続けて、二戦目がスタートした。


(え……?)


 イスカは息を呑んだ。


 素人目に見ても、ニハルの手札は強力なものだ。キングが四つ揃っている。フォーカードというやつだ。


「次も私が勝つからね♪」


 ニハルは元気よく宣言すると、コインを積み重ねた。


 レジーナは、ニハルの顔をジッと注視した。相手が何を考えているのか、読もうとしている。そして、ふう、とため息をつき、宣言した。


「フォールド」


 降伏宣言である。


 手役を明かした結果、レジーナはワンペアであった。まともに勝負をしていたところで、勝ち目はなかったので、フォールドは正解である。この判断力は、さすが熟練のディーラーだ。


 ここまでは、まあ、特に違和感のないやり取り。しかし、状況は次第に一変していった。


「な……⁉」


 五回目の勝負がついたところで、ようやくレジーナは、ニハルの顔と、テーブルの上のカードを、交互に見比べ、異変に気が付いた。


 またもやニハルは圧倒的に強力な手役で勝ったのだ。


「ありえない……! まさか、あなた……!」

「イカサマしている、って言いたいの? うふふ♪ 証拠でもあるのかな?」


 証拠なんてあるはずがない。ニハルの手は、全て、スキル『ギャンブル無敗』によって構築されたものである。どうあがいても、勝てる手となるようになっている。それは、ズルと言えばズルだが、看破しようがないズルである。


 そこからさらに一方的な勝負が続いた。


「おかしいわ! こんなに強力な手が、何度も続くなんて!」


 もはやポーカーフェイスを忘れて、つい激昂するレジーナ。


 それに対して、ニハルは相変わらず飄々としている。


「運がいいってことだね♪ それとも、なに? レジーナ、もしかして、自分の思い通りにカードが配られていないことに苛立ってるの?」

「そ、それは……」


 レジーナは口ごもった。


 熟練のディーラーともなれば、カード配りも自由自在に出来る。自分に有利な手役を相手に知られず組み立てることも可能だ。つまり、ディーラー側のイカサマである。


 おそらく、レジーナは、最初からか、途中からか、負けるわけにはいかないとばかりに、互いのカードの中身を操作していたのだろう。ニハルの言葉を受けて、明らかに動揺している。


「ま、いいや♪ 続きをしましょ♪」

「く……!」


 なす術もなく、レジーナは勝負を続行させられた。


 気がつけば、ニハルの目の前に、何百枚ものコインが積み上げられていた。


「ごめんねえ♪ 君の『代打ち』なのに、すっかり私が楽しんじゃってるね♪」


 ニハルは、後ろで呆然と立っているイスカに対して、ニコニコ笑顔で振り向いた。


「どうする? ここらへんでバトンタッチする? もうルールもわかってきたでしょ♪」

「ううん……これだけコインが稼げたら、もう十分だよ」

「そっか♪ じゃあ、レジーナ、ここらへんでゲーム終わりってことで♪」


 何が起きたのかと、すっかりパニック気味のレジーナの前で、ニハルとイスカはコインの山分けを始めた。一枚一枚数えるのは大変なので、大まかに、半分こ。


 初戦はなかなかに上出来な結果に終わったのであった。


「さーて、次の卓へ行きますか♪」

「え、まだ続けるの?」

「当然でしょ♪ 今日の営業が終わるまでに、稼げるだけ稼いでおかないと♪」


 そう朗らかに言って、ニハルが次へ向かったテーブルは――


 四人対戦で行う、東国ファンロンのゲーム、麻雀の卓である。

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