約束の地

 Side 楠木 達也


―達也君……お願いだから……無事でいて……―

 

―アイツ、まさかここに来てるんじゃ……―

 

―もし私達を助けに来ているのだとしたら私は達也を誤解していたのかも知れない……―  


―本当に……本当にあの達也が来ているの?― 

 

 何故だろう。


 囚われの身である筈の彼女達の声が鮮明に聞こえる。


 自分はどうなったのだろう?


『大丈夫か達也!? 返事しろ!!』


『しっかりするんだ達也君!!』


『え――』


 気が付くと眼前にデンジダーがいた。

 身体の節々が痛い。まるで何かに思いっきり叩きつけられたような痛みだ。

 耳もキーンとなっているが遠くから激しい戦闘音が聞こえる。丁度紛争地帯とかの中継とかを見ていると聞こえるあの音だ。

 段々と意識がハッキリして行くに連れて自分の身に何が起きたか分かってきた。

 

 確かキラーエッジが予想外の大爆発を引き起こした所までは覚えている。

 それで――恐らく茂が爆発から庇ってくれたのだ。その証拠に身体の彼方此方が黒焦げになっており、対してバイザーに表示されるダメージチェックは予想以上に少ない。

 

(また助けてくれたんだ……)


 達也は中学の時――自分を助けてくれた事を思い出した。

 

『ありがとう……』


 掠れ気味の声でだが達也はシッカリとお礼の言葉を贈った。


『無事で良かった――』


『心配かけんなよ』


『? その声は――浩君?』


『ああ、主立った面々は皆いる。代表して俺が通信を送ってるんだ。さっきはヒヤヒヤしたぜ』


『ははは……』


 そっか。屋上であの時言ったように本当に応援してくれてるんだ。サイバックパークの施設を通して――工藤司令へ事前に話を通しておいたがまさか本当にやるとは。学校での戦いの時といい凄まじい行動力だ。

 戦場にいるのに浩の声を聞くと何だか急に気持ちが楽になった。

 

『状況は?』


『それ程時間は経ってない。寺門さん達がサイバータンク、トレーラーと共に先行しているよ』


『そっか――』  

  

 多少よろめきながら立ち上がる。

 そして自分のバイクを脳波コントロールで近くまで誘導する。


『ッ!?』


 と、突然前方で大爆発が起きた。丁度寺門さん達が向った方向から――

 それも一度や二度ではない。何度も繰り返し、轟音と衝撃波が離れた所から達也の身体を叩いてくる。

 

『ど、どうした!?』


『まさか――ついにヤツが来たのか!!』


『ヤツって……まさか!?』


『ああ――』


 寺門達の安否よりも達也は奴の出現に驚愕した。

 何時か来るのは分かっていた。

 薫達を助ける上で最大の障害である事は理解していた。

 なのに震えが沸き上がる。

 これから遭遇するであろう相手はそれ程の敵なのだ。


『寺門さん達は!?』


『……こちら……プロトサイバー……寺門 幸男……念の為戦力を分散していて正解でした』


『だ、大丈夫ですか!?』

 

『私は何とか――サイバージェットは不時着、サイバータンクはトレーラーを庇って損壊――任務は続行可能です』 

 

 平静な口調だが合間合間に荒い呼吸が無線越しに伝わる。

 相当のダメージを負ったのだろう。

 

『今私がどうにかジェノサイザーを押えていますが……長くは……』


『黄山さん!!』


『ああ!!』


 それぞれのマシンに乗り込み、急行する。

 幸いそれ程距離は離れていないので直ぐに駆け付ける事は出来るだろう。




『成る程――あの四人が一方的に負けるのも無理はありませんね……』


 と、寺門 幸男は理解した。

 

 分かってはいたがジェノサイザーは凄まじい強さだった。

 このままでは一方的に嬲り殺しにされてしまう事を確信させられてしまうぐらいに。


 アーマーはボロボロで搭載武装も破損しもう時間稼ぎぐらいしか出来ない。 

 今にして思えば戦力を分散させたのは不幸中の幸いだった。 


 何せジェノサイザーの殲滅能力は戦力兵器レベルだ。もしこの場にあの二人がいたら重装備で機動力が低い自分や生身の隊員達は足手纏いも同然だ。どうにか生身の隊員を下がらせ、サイバータンクやジェットの乗員を脱出させ、どうにか無事だったトレーラーは発信の合図を待っている状態だった。


『新たな脅威発見、サイバーレッド、デンジダーを確認』


 事務的な機械音声と共にジェノサイザーは視線を移した。

 そこにはそれぞれのマシンに跨がる達也と茂の姿がある。


『来てくれましたか……』


 離れていたのはほんの僅かな時間だった、体感的にはとても長く感じられた。

 口元から血を流し、ホッと一息つく。


『段取り通りジェノサイザーは僕が押える!! 達也君はトレーラーと共に先へ!!』


『わ、分かりました!!』


 茂はサイドカーで躊躇無く体当たりした。

 しかし見えない壁――バリアに阻まれ相手を一ミリたりとも動かせない。

 その脇を悠々と達也が、そして二人を来るのを待っていたトレーラーが動き出す。


『デンジダー電光波!!』


 バリアに両手を当て、電撃の波をぶつける。

 シールドと電力のぶつかり合いは熾烈を極めた。その余波は電撃が地面や崖に直撃し、火花が同時多発的に彼方此方で巻き起こる程だった。

 

(死なないで下さい――黄山さん)


 心の仲で祈りながらトレーラーと共に疾走する。

 背後から激しい轟音が連鎖的に巻き起こるがそれでも振り返らなかった。

 知らず知らずの内に目端から雫を溢しながらとにかく前へ、前へと進んだ。


『なぁ――達也……』


『浩君……黄山さんは大丈夫だよ。きっと勝つよ。何故なら僕を救ってくれたヒーローなんだから』


『……そっか、そうだよな』


 まるで自分に言い聞かせるようにしてサイバーマシンを走らせ――やがて目的地が見えて来た。

 

 ―達也君? 来てくれたの?―


 ―嘘……信じられない―


 ―まだ希望が残っていたのね―

 

 ―あのトレーラーは一体? それにあのアンテナは……―


 今迄以上にハッキリと四人の声が頭の中で響く。

 とうとう辿り着いた。

 貼り付けにされたその無惨な姿が見える位置まで。

 自分を見下ろすあのシュタールの姿を視界に捉える場所まで。

 そして待ち受ける戦闘員達の姿。同じシルエットの怪人達――最終決戦の舞台に辿り着けたようだ。


 Side of 桃井 薫



 最初夢だと思った。

 

 だが間違い無い。

 

 達也だった。


 会いたくて会いたくてしかたのなかった、こうして極限状態に置かれて初めて愛している事が分かった最愛の人。


 助けに来てくれた。


 本当は来て欲しくなかった。


 なのにどうしても涙を堪える事ができなかった。


 この光景は身に覚えがある。初めてゴーサイバーとして変身し、シュタールに殺され掛けた時に達也が助けてくれたあの時の事だ。


 心の奥底から歓喜が溢れ出してくる。


 もう死んだっていいぐらいに幸せなのに、助けて欲しいと矛盾した気持ちになる。


 そして自分の気持ちを伝えたい。


 愛してるって。


 抱きしめたいって。


 この身を捧げたいって。


 だけど今は、


 今だけはこの幸せな感覚に浸っていたかった――     


 Side of 楠木 達也


「久しぶりだな小僧」


『シュタール……』


全身を包み込む程に迸る熱い炎の中――達也はシュタールを睨み付ける。 十字架へ貼り付けにされた薫達を見て何かがキレた今ならもうシュタールだって、ジェノサイザーだって恐いとは思わなかった。


「助け出せるのなら助け出して見るがいい!! もっとも助け出せたとしても生き残れるかどうかは別問題だがな」


 確かにシュタールの言う通りだ。だがそれは既に想定済みだ。そのためにサイバートレーラーをここまで守って来たのだから。


『楠木君!! 作戦開始だ!! 困難なミッションだが……サイバートレーラーを守りながら敵を倒してくれ!!』


『はい!!』


 司令の一言を合図に達也は背部のウイングアーマーのブースターをONにし、サイバーマシンから飛び上がって空中へ飛翔。サイバーライフルを右手に呼び出し、もう片方の手でエレクトロガンを保持、そのまま空中で回転しながらフルオートで乱射する。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 目を瞑って撃っても、どんなに射撃が下手でも当たるぐらい敵の密度が濃かった。

 一瞬にして戦闘員の骸が大量に生産され、怪人達やシュタールにも火花が巻き起こる。

 だがこんな荒っぽい使い方をしたせいなのかサイバーライフル、エレクトロガンともども遂にエネルギー切れになった。まぁこれは無理も無い。ここまでの連戦を考えるが持った方だと考えるべきだろう。

 予備のカートリッジを持っているが達也はサイバーライフルを戻し、エレクトロガンをホルスターに戻すと今度は右手にプロテクターを装着し、怪人の一体に飛び込む。


『まだまだぁ!!』


 当然、敵怪人も反撃してくる。

 以前データーで見た、薫が撃破したらしいスカイシャッターと呼ばれる怪人がキャノン砲を発射して迎撃してくる。どうやら量産が可能な怪人だったようで同一固体が何体か周辺に確認できる。


 だがそんな事は今の達也にとっては些細な事。フライトユニットによる加速とプロテクターのパワーを乗せた一撃は容易に怪人の胴体を打ち砕き――爆散した。爆発が起きる前に達也は右腕のプロテクターを解除し、今度はサイバーセイバーⅡとエレクトロガンをソードモードにして二刀流にし、次々と怪人に斬り掛かる。剣を振った後は炎の道筋が出来上がり怪人の頑丈なボディを容易く両断していった――


「つっ……やはりあの時に殺しておくべきだったか!!」


 シュタールはただただ達也の戦いに魅入っていた。

 

 明らかに強くなっている。それもこの短期間の間で急激にだ。

 元々天賦の才があったのかどうかは定かでは無いが、達也は荒削りで力任せの部分があるにしろ驚異的な戦士に成長していた。

 そんな達也に見取れているせいで気付かなかった。

 サイバートレ―ラーの上部に取りつけられたパラボナアンテナが稼働している事に――

 

「こっちは囮か!?」


 気付くのが遅かった。そして驚愕した。パラボナアンテナから放たれた緑色の閃光は何と薫達に照射されたのだから。


「味方を撃った!?」


 シュタールは混乱して頭も身体も停止する。

 わざわざ苦労してまで何故こんな真似をする?

 一体どう言う目的で?


 だがその答えはスグ目の前で映し出される事となる。

 何と貼り付けにされた面々のスーツが見る見る内に、修復されて行きマスクも元通りに装着された――


「この光線はッ!?」

 

 キッとサイバートレラーへ鋭い視線をぶつける。

 サイバートレーラーは確かに光線を撃てる。だが最大の特徴は照射したゴーサイバーの隊員達の怪我やスーツの破損を修復させる能力が備わっており、これはセイバーVの治癒能力を持つカードを機械に転用した物だ。 


 スーツの修復は武器の粒子化、実体化の応用でパーツ交換して取り替え、そして怪我はあらかじめ隊員達のバイタルデーターと人間の人体構造をコンピューター入力して置き照射する仕組みを取っている。


 なるべく既存の科学技術と言う目的で制作されたゴーサイバーのマシン達。

 その中でもこのサイバートレーラーだけは異世界の技術が例外的に取り入れられていたのだ。


「だがっ!!」


 しかしシュタールは万が一奪還される事を考えて爆弾をセットしていた。ジェノサイザーの反応弾クラスの破壊力を持つ奴をだ。 


 それを直ぐさま起爆しようと――

 

『これお返しするわ』


「なっ!?」


 突如として仕掛けて置いた筈の爆弾だ。ご丁寧に信管が取り外されている。

 こうなった爆弾はただの危険物質が詰まった置物でしかない。


「き、貴様は!?」


『はぁ~い♪ 貴方の御陰で楽に仕事が出来たわ、ボウヤ♪』  


『ナオミさん!? 来てくれたんですね!?』


 紫色の刺々しいコンバットスーツを身に纏ったダイナマイトボディを誇る女性。フルフェイス仕様の仮面で顔は隠れているが間違い無くナオミ・ブレーデルだった。


『いや~予定よりも早くここに辿り着けたんだけどね~だけどボウヤが派手に惹き付けてくれたから仕事が楽だったわ』


 と、何時もの調子で語る。色々と聞きたい事はあるがそれは全てが終わってからだ――彼女の性格を考えると適当にはぐらかせるかも知れないが。


『達也君!!』


『助けに来るのが遅いわよ!!』


『ありがとう……』


『ちょっと見ない間に逞しくなったわね……達也君……』


 そして――薫達が力任せに十字架の拘束から逃れる。

 ずっと貼り付けにされていたとは思えない程の元気な声だった。

 その事に安堵したのか達也の身体から吹き出していた炎がふっと収まっていく。


 仲間達を解放し、周辺の敵を粗方片付け、勝敗は決したも同然。達也はそう思った。


 しかし――

   


「調子に乗るなよ……」



 ここで、今迄の快進撃を嘲笑うかのようにサイバートレラーが吹き飛んだ。同時にデンジダー木山 茂が吹き飛ばされてくる。彼方此方が黒焦げになっており、血が吹き出している箇所もありとても無事とは言えない状態だった。


『あ、アレは――』


 恐怖を含んだ声色で芳香が言う。


 そこにいたのは確かにジェノサイザーだった。

 だが先程までとは違い、血の様に紅く輝いている翼を背中から生やしている。

 そう……まるでエンジェリック・ブーストのように!!


「ふふふ、驚いたかね? 万が一の保険としてサイバーピンクに搭載されていたあの機能を搭載したのだよ――さしずめデモニック・ブーストと言ったところか」


 デモニック・ブースト――確かに赤い光の羽根を生やしたジェノサイザーはこの世の終わりを告げる悪魔に見える。

 その激しい出力を物語るように複眼の両目からは光が漏れていた。

 

『気を付けろ達也君!! 奴は最早ジェノサイザーとは比べ物にならない程の化け物だ!!』


『そんな……四人掛かりでも敵わなかったっていうのに更にパワーアップしたって言うの!?』


『だけどやるしかない――』


『麗子さんの言う通りよ……ここで倒さないと更に犠牲者が増える事になるわ』


『ヤレヤレ……どうするボウヤ?』


『達也君……』


『決まってる――』 


 この場で奴を――ジェノサイザーを倒す。


 今迄の戦いはホンの前奏曲に過ぎない。いや、始まってすらいなかったのかも知れない。今からが本当の、長く苦しい戦いの始まりなのだ。

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