ヒーローになってしまった少年

 Said 楠木 達也


 あの戦いから数日が経過した。

 

 ゴーサイバーのレッドとしてどうあっても戦わなければならなくなり、引き籠もり生活からの脱出を強いられた達也。


 しかし座学は兎も角、トレーニングでは散々な有り様だった。何せ元引き籠もりである。マトモな訓練などこなせる筈もなかった。


 他の面々も体育会系ですらハードだと思える訓練で根を挙げ、段階を落として貰ってやっとついていけている有り様だった。達也がやっているリハビリなど天国同然だろう。

 

 そして日常生活でも変化は訪れた。  


「あの・・・・・・桃井さん?」


「薫って呼んで」


「・・・・・・薫さん」


「呼び捨てでもいいよ」


「薫・・・・・・」


「なに?」


「どうして僕は薫と一緒に登校しているのかな?」 


「いやなの?」


「いや・・・・・・そうじゃないけど・・・・・・」

 

 何故か顔を朱に染めている薫に肩を掴まれながら、麗子と芳香に挟まれて学校に登校する羽目になった。

 麗子と芳香は分かる。あの事件で凄い仲間意識が出来たのだろう。

 だが薫は何か吹っ切れたかのように大胆になってしまっていた。


 どうしてかは分かるがあえてそれは考えないようにした。大人の階段を全力で登る羽目になるのが目に見えている。

 万が一にも子供を作るような事態になれば責任など持てない。それを考えれば一時の快楽などに身を委ねるのは馬鹿のやる事だ。


(それにしても・・・・・・)


 ふと周りに目をやる。

 同じ華徳高校の制服を着た生徒がヒソヒソと遠巻きに視線を向けている。

 この今時深夜アニメでも珍しいハーレム状態が原因ではない。明らかにあの社会科見学の影響だ。 

 家庭内でも親には泣かれたりして大変だったが、どうやら学校でも善し悪し関わらず苦労するのは確定事項だろう。


「はぁ。まるでと言うよりなんか恋人同士みたいね・・・・・・羨ましいな」


「うん。お幸せに」


(否定出来ない・・・・・・てか神宮寺さん羨ましいってなんだ・・・・・・)

  

 二人の率直な意見は今の状況を的確に的を得ている。

 これに自分達がゴーサイバーである事も重なるのだ。

 

 中学時代の経験だがこう言うのは一旦広まるともう隅々まで広がっている。

 顔を知らないクラスメイト達も自分達がスーパー戦隊だととっくにバレている事だろう。

 現に薫達もそれで大変だったらしい。どう大変だったかと言うと達也の予想に反し、まるで芸能人のような扱いだったらしい。


 イジメ体験をした達也からすると、とても意外だった。

 てっきり学校に来ないように仕向ける陰湿な真似をして来るかと思った。


 ここで達也は「しかし」と思考を切り替える。


 何時かはそう言う風になるのを覚悟しなければならないと今の内から覚悟を決める。

 人間の負の部分を見てきた達也はどうしてもポジティブには考えられなかった。 

 絶対そう言う奴は出て来る。それも間違い無く。達也にとって人とはそう言う生物なのだ。


(そう言えばセイバーVはどうなんだろうか?)


 女学生五人組らしいセイバーVも自分達と同じ学生であるらしい。

 学校でどう言う扱いを受けているのか気になってしょうがなくなった。

 今度マリアさんに頼んで調べて貰おうと決意する。

 

 そうこうしながら学校に辿り着き、緊張の時が訪れる。

 教室の前で止まり、深い深呼吸を行う。

 

「だ、大丈夫?」


「桃井さん・・・・・・じゃなくて薫、本当に大丈夫かな? 突然何か投げつけられたり机が荒らされたりとかはしてないよね?」


「だ、大丈夫だよ。仮にそうだとしても私がさせないから!」


「お、大声で言わないで! ただでさえ目だってるんだから」


「夫婦会話してないでさっさと教室に入りなさいよ」


「は、はい! 神宮寺さん!」


 芳香に――何故か視線を逸らされ顔を真っ赤にされながらも早く入るように言われる。


「呼び捨てでいいわよ」


「私も麗子でいい」


 女三人に薦められる形で教室に押し込まれる達也。

 もう頭の中が真っ白で何を考えているのか分からず、「もっと心療内科の薬飲んどけば良かった」とか関係があるのかないのか分からない事を考えていた。

 

――ガラガラガラ。


 引き戸のドアを開いて教室に入る。

 中には数名の生徒がいた。

 室内の学生達のざわめきが止まり、視線が自分に集まる。

 いわゆる集中砲火と言う奴だ。


(・・・・・・)


 達也の脳内が真っ白になった。

 

 どんな罵詈雑言を浴びせられるかと考えただけでも気が変になりそうだった。


(ッ!!)


 そして審判の時が訪れる――  





 達也の心配は意外にも大外れに終わった。

 それ所かまるで芸能人か有名人のように扱われた。

「えっ? えっ? え~?」と戸惑う達也に群がる生徒達。そして巻き起こる質問の嵐。

 

 何だこれは?


 普通は罵声を浴びせるのが筋なんじゃないのか?


 自分のせいで戦いに巻き込まれて死ぬ可能性とか考えていないのか?


 あまりにも想像と掛け離れた持て成しを受けて達也は困惑した。   

 

「一体どうなってるんだ?」


 ゼイゼイと息を切らせながら達也は教室の隅で机を合体させ弁当を広げる。

 やっと昼休みになったがそれでも今尚、周囲の生徒からチラチラと此方への熱い眼差しが降り注いできた。 

 決して女の子三人と行動しているからではない。


 自分達がゴーサイバーだと言うのがバレているからだ。


 普通こう言うのはヒーロー番組後半辺りに発生するイベントだが当事者が多過ぎたあの現状では到底隠しきれる物ではないだろう。

 既にこの状況下になれているのか三人の少女達は平然と弁当の箸を進めている。


「正直居心地悪いけど暗い雰囲気よりかはマシかな・・・・・・」


 思い詰めた表情で薫が瞳を逸らす。

 そこには花瓶と花が供えられていた席があった。

 達也も授業中何度も目を配った。恐らくも何も、あの事件での死者なのだろう。

     

「このクラスだけじゃないわ。他のクラスにもいるわよ・・・・・・」


 と、達也の心を読んだのか付け足すように芳香が補足し、薫も「残酷かもしれないけどあの騒ぎに居合わせた人達が生き残れたのは奇跡に近いよ・・・・・・」と暗い表情で感想を述べる。


「そうね。私も正直死ぬかと思ったけどこうして生きているのが今でも不思議に思うわ」

 

 麗子の意見に芳香が「まぁ私達が生きているのは薫と楠木君の御陰かな?」と無理に笑みを浮かべて達也に言うが「・・・・・・それもまだ信じられないのよね」と麗子が続けて漏らす。


「僕が?」


 正直達也は――あの時は無我夢中で未だに自分のしでかした事が信じられなかった。


「そうだよ? 映像で見たけど達也君凄かったよ?」


 薫はやや興奮気味に語る。


「そうそう。私達が歯が立たなかった相手をあんな簡単にボコボコにして・・・・・・本当に引き籠もりなの?」


 芳香もそれに続くように意見を述べた。


「正直ソレは僕だって分からないんだ・・・・・・」


 シュタールで見せたあの力は何だったのだろうか? 

 今でも達也は疑問に思っていた。

 ただ分かるのは皆が死にそうになっていると分かった時、突然体が燃え盛る炎のようになった・・・・・・と言う抽象的な事ぐらいだ。


(アレもゴーサイバーに搭載されたシステムなんだろうか?)


 ゴーサイバーの説明は一通り受けているが自分達にも極秘にされている何らかのシステムがあるのかも知れない。

 

「あの・・・・・・楠木 達也か?」


「え? あ、はい」


 遠慮がちに男子生徒が寄ってくる。

 何処かで見覚えのある顔だった。

 自分の華奢で女に間違われそうなひ弱そうな顔とは違い、人懐っこい調子が良さそうなニット帽を被った男子生徒だ。

 後ろにも何人か生徒がおり、その中には女の子もいる。

 

「・・・・・・君達は確か!?」


 脳内でフラッシュが眩き、記憶が蘇る。

 確かサイバータンクで一緒に脱出した時にいた生徒達だ。

 そしてこのニット帽を被った男子生徒は確か自分に「薫達を見捨てて来たのか?」と詰めよって来た男だ。


「謝りたい事がある。ここだと恥ずかしいから屋上に場所写させてくれないか?」 

  




「本当に悪かった!! 正直殴られても仕方ないと思ってる!!」


 場所を屋上に移し、口々にあの時の――ナイフの怪人、キラーエッジとの戦いを目撃した皆が頭を下げる。


「いや・・・・・・その・・・・・・」


 状況が頭で理解出来ていても言葉が思うように浮かばなかった。

 

「俺達は楠木さんの命の恩人だ。そんな事を忘れて俺達は臆病者呼ばわりしてしまった・・・・・・その上あんな化け物相手から命懸けで盾になってくれて・・・・・・本当にありがとう・・・・・・」


「私も・・・・・・ありがとう」 

 

「ありがとう」


「ありがとう楠木君」


 口々に感謝の言葉が述べられるがどう答えてよいか分からなかった。「あ~え~と」と、上手く口が回らない。


 それから自己紹介やら何やら沢山聞かれた。


 何を尋ねられてもどう応えたかなど達也は覚えていない。


 ただただ達也は「ああ」、「うん」、としか相槌を打つばかりであった。





 ハァと溜息を吐く。

 薫にしつこく「基地で待ってるからね?」、「絶体ズル休みしちゃ駄目だよ?」、「したらマリアさんに叱って貰うからね?」としつこく釘を刺され、一人帰路についていた。

 

(正直僕戦力になるの?)


 敵の大幹部を退けたのだって、敵怪人を倒したのだって未だに信じられない。

 もしプロテクトが無かったら自分見たいな貧弱なボウヤよりも、他に相応しい人間など沢山いる筈だ。それこそ星の数程いるだろう。

 だがスーツの保護機能がそれを許してはくれない。ハァと深い溜息をつき――視線を目の前のありえない現実に向ける。

 

「・・・・・・どうしてここにいるんですか?」


「あら? 駄目かしら?」


 達也を待ち受けていたのはナオミだった。

 真っ赤で高そうなスポーツカーに腰掛け、惜しげも無くライダースーツから超乳の谷間を披露し、男子生徒の初心な思春期の心を激しく刺激している。

 

「この高校、監視もかなり厳重になっているようね・・・・・・まぁだからといってちょっかい出して来ないみたい」


「はぁ・・・・・・」


 辺りを見回してみると全然そんな感じはしない。ナオミの言う通りならたぶん何処かに自分達の護衛などを行う人員がいると思われるのだが視界が収まる範囲内にソレらしき人影は見当たらなかった。


「そうね。これから一緒にホテルにでも行く? ボ・ウ・ヤ?」


「からかわないでください。僕なんかよりいい男は沢山いるでしょうに・・・・・・」


「う~んだけどボウヤみたいな可愛いショタッ子もイケル口なのよね。それに胸が熱くなるぐらいカッコイイ所もみちゃった訳だし」


「あの、もう失礼してもいいですか? 何か視線が・・・・・・」


 超乳ブロンド美女と学校の門前で会話しているのだ。

 ゴーサイバーのレッドでなくともこの状況は注目の的となる。事実周りでは既にギャラリーが出来上がっていた。


「これから基地へ?」


「そうだけど・・・・・・」


「だったら私が送ってあげるわ」


「いいです。何か変な所へ連れて行かれそうだし・・・・・・」


 こんな堂々としたハニートラップに二度も三度も引っかかりたくなかった。

 が、自分は思春期の男である事を達也は体で感じてしまう。視線を逸らし、顔が熱して、胸がドキドキさせ、下腹部の暴走をグッとこらえる。

 悔しいがナオミ・ブレーデルは思春期殺しの超絶美女だ。女殺しのA級エージェントでもない達也は誘惑の谷底へ辛うじて踏み止まっている状態だった。


「変な所ってどんな所なのかしら? お姉さんに教えてくれない?」


「え?」


 甘い囁きに体をビクッと振るわせる。


「もしかしてイケナイ妄想してた?」


「そんな事は・・・・・・」


 とは言うが達也は顔を真っ赤にする。

 

「ふふふ、可愛い子ね」


 完全にブロンド美女のペースだった。


「で? どうする? 乗ってく? それとも私に乗ってみる?」


「・・・・・・もう好きにしてください」


 ヤケクソ気味に達也はナオミの車に乗った。




「はぁ・・・・・・貴方は何て言うかも~」 


 ナオミの車でサイバックパークへ送り届けられた達也に待っていたのはマリアの呼び出しと薫達の冷たい視線だった。

 理由は説明しなくても分かるが念のため解説しておこう。


 ナオミには命の恩があるとは言え、スーツを泥棒した人間であり、その泥棒した女性と車で一緒に基地へ来たからだ。薫の場合は女としての性(さが)が刺激されたせいだ。


 薫達はともかくマリア達含めたサイバックパークの基地の人間が怒る理由としては充分だ。


 コマンダールームで司令官同伴で問い詰められながらも達也は「じゃあどうしろと?」と心の中で愚痴る。

 そもそもそれはお前達の諜報部門の仕事であって、リハビリ中の元引き籠もりにはプロのスパイ(暫定的だがほぼ間違い無い)相手にスーツの奪還など、ちと荷が重すぎるだろう。 


 そこら辺分かって欲しかったのだが世の中思い通りには行かない物で、結局達也は薫達と共に司令官の前に呼び出しを食らっていた。


「で? どうしますか司令?」


「う~む」


 マリアの言葉に司令も困っていた。

 この少年に自宅謹慎など与えてもこの少年の場合「休めてラッキー」程度にしか思わないだろう。

 だからと言ってトレーニング量を増やすなどしたら潰れかねないし益々反感を持つ。

 だけど何もしないと言うのも示しがつかない。


 ただでさえ地球防衛などと言う大任を無理矢理任せているのだ。

 下手をすれば薫達も連鎖して反発を起こしかねない。


 これがナオミ・ブレーデルが仕掛けた破壊工作なら充分成果は出ていると言っていいだろう。


「で? どうなるんですか? クビですか?」


「目を輝かせながら退職迫る子なんて初めて見たわ・・・・・・出来る訳ないでしょ」


 と、マリアは頭を抱えながら達也に言葉を返す。


「まぁ普通はそうよね・・・・・・はぁ・・・・・・」


「よ、芳香ちゃん?」


 何故か芳香がため息をついて薫は驚く。

 それを見た麗子は「チームワーク云々以前の問題だね・・・・・・」と分析した。


「麗子ちゃんは辞めたくないの?」


 薫はもっともな疑問を麗子に投げ掛ける。


「私は構わない。それよりも薫は?」


「私は・・・・・・弱い自分に戻りたくないから・・・・・・」

 

 薫は辛い過去――達也を見捨てた事を思い出しながら語る。

 麗子は何も言わずにただ「そう」とだけ返した。


 司令は「コホン」とワザと咳払いして会話を中断させる。


「確かに問題だが我々にも落ち度がある。だがこのまま何の処罰も無しと言うのは示しがつかない。よって――」


「よって?」


「・・・・・・白墨君。君自ら直々にシゴいてやってくれないか?」


「分かりました」


「え?」

 

 楠木 達也。

 罰則として白墨 マリアに直々にシゴかれる事が決定した。

 

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