ダメ日本語変換ソフトとして生きる彼女の苦しみを君は知らない(短編)

夕奈木 静月

第1話 頑張る?

 バンッ!


「ったく……! なんだこのダメダメ漢字変換は……。もうお前ダメ! 使い物にならん、チェンジ!」


 俺は入力中のノートPCのキーボードを勢いよく叩き、罵声ばせいを浴びせた。


「痛いっ! そ、そんなつもりじゃないんですっ……! どうか今回だけは……。Goowle日本語変換に替えないでください! お願いです」


「うわっ! しゃべった!?」


 PC画面にブルーパープルのセミロングヘアにエメラルドグリーンのんだ目をしたはかなげな少女が浮かんできた。


「暗くて狭い場所で不要プログラムたちと押し合いへし合いひしめきあって眠るのはもうイヤなんです。このパソコンだって何年も使われてなくて、ようやく私は日の目を見られたんですから……」


「ふわあああっ!! 幽霊だっ!」


 俺はイスから転げ落ちた。


「痛ててて……」


 腰の痛みもそのままに部屋を飛び出す。


 とりあえず落ち着こうと、蛍光灯に照らされた自動販売機にたどり着きコーヒーを買った。


「寝ぼけてるだけ……そうだよな?」


 自分を説得し、部屋に戻る。


「幽霊じゃありませんっ……! 頑張りますから私のこと……見放さないでくださいっ」


「ひゃああっ!」


 腰が抜けた。多分人生初。


「お願いします……。もう一度チャンスを」


 床にごろんと転がったまま力の入らない俺に向かって少女はさらに訴えかけた。モニターの中で涙ぐんでこちらを見つめながら。


「わ、分かったから……。怖い怖い……」


 しばらくして立ち上がれるようになり、俺は再び文章入力を始めた。


 自己紹介が遅れたが俺は正入力忠志せいりきただし。小説を書くのが趣味の高校生だ。


 学校にもこのノートPCを持ち込んで休み時間はずっと原稿作成をし、今も小説サイトへの毎日投稿を達成すべく全速力で原稿を仕上げている。


 だが、さっき腰が抜けたことによるロスタイムもあり、余裕がなかった。



 俺はひたすらキーを叩く。


 カタカタカタ……。


「おいっ!『暗い』を『食らい』って変換してる場合じゃないだろ! しっかりしろや!『食らい』なんていつ、どこで、誰が使うんだよ、この大馬鹿野郎! 全く電力を無駄に食らいやがって……。あれっ、使う機会あるな……! すまん」


 カタカタカタ……。


「まただ……。『変換』が『返還』になってるし! 俺が打ちたいのは『魔力変換』だよ! 敵から奪った魔力を俺のものにして使うんだっ! 相手に魔力返してどうすんだよ!?」


 しまった……。イライラしてるからついキツいことを言ってしまう……。この子はこんなか細い身体で懸命に漢字変換してくれてるのに……。ああ、もう少し時間があれば……。


「あの……これは主様あるじさまが以前入力された単語ではないかと……。一番最後に打ち込んだ単語がまず最初の候補にがってくるはずですから」


「んなわけないだろっ!『食らい』なんて使った覚えはないっ! あと『返還』も使ったことないわっ! こんなもん北方領土返還か沖縄返還の時しか使わんわ! 一世紀に一回だけじゃっ! ああもう時間がないっ!」


 カタカタカタ……。


「ほらまただっ!!『西〇のブログ』ってなんだ!? そんなもん〇友のセールの時しか見んわ!『声優のブログ』だよ『声優』!! 全くもう……使えねえな!」


「ううっ……ひどいです。こんな主様なんていらないです……。もう……深い闇の中に『返還』してしまいましょうか……」


「なに訳の分からないことを言ってんだ!? そんな余裕あるなら変換精度をあげやがれっ! まったくこのポンコツ日本語変換ソフトがっ!!」


「ひどすぎます……! 私、一生懸命頑張ってるのに……。ぐすっ……」


「ええっ!? な、泣くことないだろう? 悪い、言い過ぎた。俺も時間に追われてて……。ごめん、謝るからそれ以上泣くのはやめてくれ、なっ? パソコンの中が涙でショートして壊れちまうだろ? データが消えたら元も子もないからな」


「うう……あんまりですっ……! 分かりました……。私よりもパソコン本体が大事だということ……なのですね」


「そりゃまあ、そうかな」


 うわああ……しまった! 思ったことがそのまま口に出た……。嘘付いとけよ、俺……。いくらなんでもクズ過ぎるわ。いや、そんなことよりもこの主人公のセリフどうしようか……。


「本当に大変なんですよ、私のしている仕事って」


「うん」


「分かって頂けない……と」


「うーん、この言い回しはおかしいかな……」


 ごめん、俺もう執筆に必死で君の言うこと聞いてないわ。あとでちゃんと謝るから。


「そうですか、では、力づくで味わっていただきましょう」


 少女が突然声音こわねを冷たく変えたことに気づいたときにはもう遅かった。


「ん? うわあああっ……!!」


 パソコンから無数の触手しょくしゅが伸びてきて引っ張られる。俺は身構える間もなく画面の中に吸い込まれてしまった。

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