第5話:設定閲覧


「この力……今なら、あいつを倒せる気がす――」


 その言葉の途中で、リゼリアが目の前で突然ふらついた。


「おっと。大丈夫か?」


 手を差し伸べた俺の腕を、リゼリアが掴む。なんと倒れずにすんだ彼女が力無く笑った。


「あ、ごめん……やっぱり無理かも……。魔力がびっくりするぐらい減ってる」

「ああ、分かる。どうも竜のスキルは魔力消費がかなり激しいみたいだな」


 俺もさっき使った【属性付与】による消費のせいで、竜の爪が使えず危なかった。少しずつ回復していっているような感覚はあるが、後どれぐらいで魔法使えるようになるかは謎だ。


「もしかして、かなりヤバい状況じゃね、俺ら」

「かもしれない……」


 こっちはガス欠。外には元村人のムカデ達がうろついていて、さらに元凶である闇堕ち勇者パパが控えている。

 

「魔力の回復にはマジックポーションか、休息が必要だけども……どちらも今は望めなさそう」


 思いっきり魔法をぶっ放したせいで消滅した壁から、リゼリアが目を逸らす。


「誰かさんが派手にやらなかったら、ここでとりあえず休息という手もあったんだがなあ……」


 チラチラ。いつこの小屋が倒壊してもおかしくないし、ムカデ達に見付かるのも時間の問題だ。


「う、うるさい! こっちはお爺ちゃん死んじゃって情緒ぐちゃぐちゃなんだから!」


 なんて言うリゼリアの背後に何かがいる。


『よくやった、リゼリア、そしてアルトよ』

「へ?」

「ぎゃあああああ!」


 女子とは思えない悲鳴を上げたリゼリアが逃げるように俺の背後へと隠れた。


『なんじゃ……感動の再会じゃぞ』


 そこにいたのは、ムカデになり孫娘によって焼却されたはずの長老だった。なんか全体的に青白いし半透明なので、幽霊的な存在であることが嫌でも分かる。


 え、そういうことが起こる世界なの?


『そんなことはない。儂は特別な修業をしておったからできたこと』

「お、お爺ちゃんの幽霊が喋った!」


 リゼリアがビクビクしながら、俺の背中から出て来ない。この子、どうやらオバケとかそういう系はダメっぽいな。


『とにかく、アルトよ、お主に伝えるべき情報がある』

「お、おう」


 死んでも役割を果たそうとするとか、爺さん根性あるな……。


『儂のような特殊なスキルを持つ者、あるいはこの世界に対して大きな影響力を持っていた者が死ぬと、その場に〝亡き者の残滓〟という重要アイテムが残ることがある。これを使えば、新たなスキルを手に入れることができるぞ! 誰に使うかは自由じゃが、一度しか使えないのでよくよく考えることじゃな……では……さらば』


 スーッと色が薄くなって、成仏しようとする長老。いやいや、待て待て。


「重要情報だけサラッと言って消えようとすんな! また知らん設定が出てきたぞ!?」


 〝亡き者の残滓〟……? そんなもん<勇転>ではなかったぞ!


「むー。去り際の美学が分からん男じゃな、お主は……」


 長老が不服そうな顔で俺を見てくる。そんな美学知るか。


「んなもんはどうでもいいんだよ。その重要アイテム……いやそんなことより、孫娘になんか掛ける言葉はないのか? 泣きながら、あんたへ魔法を放ったんだぞ」


 俺がそう言って、背後から少しだけ顔を出すリゼリアへと親指を向けた。相変わらずその顔は泣きそうである。意志強そうな顔なわりによく泣く子だ。


「うむ。わりと躊躇なくやりよったな、という感想しかないの。いっそ気持ちよかった。癖になりそうじゃ」

「もっとなんかこう、あるだろ! ちょっと心動かされた俺の気持ちを返してくれ」

「儂はもう死んだからの。死者の言葉なぞ、なんの慰みにもならん。おっと、そろそろ時間じゃ。それでは孫娘を頼んだぞ、勇者アルトよ。手は出してもいいけど、最後まで責任は取るのじゃぞ。そうそう、最後に。実はその子、意外とおっぱいが大き――」


 その言葉を最後まで言い切ることなく、リゼリアから放たれた紅蓮の炎で長老の霊体が消し飛んだ。


 うーん、デジャヴ。


「ハア……ハア……! クソ色ボケジジイ!」


 せっかくちょっと回復した魔力をまた使い果たしのか、息を切らして立っているのもやっとの状態なリゼリアさん。


「……君のお爺ちゃんってひょっとして一周回ってバカ?」

「言うな……今は何も言うな!」


 鬼のような形相で睨んでくるので、俺は光の速さで目を逸らす。


 その視線の先――丁度今、滅却されたばかりの長老の霊体が立っていた付近で、何かが光っている。


「ん? これが……」


 そこに落ちていたのは、手のひらサイズほどの丸い球体だった。良く見れば、どこか眼球に似ている形状だ。


「それが多分、〝亡き者の残滓〟だと思うよ。昔、お爺ちゃんからそういうものがあるって聞いた事がある」


 リゼリアがそう言って、俺の横に立った。


「これを使うとスキルが手に入るのか? それってかなり凄いことだよな。確かこの世界の人間は神から与えられたスキル以外は所持できないはず」


 一応、色々抜け道があって、複数スキル所持してる人間の敵もいたし、魔物や竜なんかは複数持ってて当たり前って感じだったはず。

 

「その通り。これを使えば誰でもスキルを増やせる。多分この〝亡き者の残滓〟は、お爺ちゃんのスキル、【設定閲覧】が使えるようになる……と思う」

「……リゼリアが使うか? 君のお爺ちゃんだし」


 俺がそう聞くと、彼女が首を横に振って否定した。


「それはアルト君が使った方がいい。多分、凄く重要なスキルだから。そのスキルが使えるようになれば、〝亡き者の残滓〟の設定を見て、予めどんなスキルが手に入るかも分かるし」

「なるほどな。確かに今後、違う〝亡き者の残滓〟を手に入れても、それでどんなスキルが手に入るか分からないと、使用者も決められない」


 〝亡き者の残滓〟は全部俺に使うという、ドラ〇クエで言う〝木の実は全部主人公にブッパ〟作戦もおそらく有効だが、俺はそれがリスキーだと考えている。


 この世界、<勇転>本来の世界より、だいぶ理不尽というか、エグくなっている。<勇転>では、吸っただけでムカデになるようなヤバい霧なんてなかったもん。まだ、この村周辺だけで済んでいるからいいものの、広がったら人類滅亡レベルで危険だ。


 その発生源であろう、勇者パパであるハルベルトを一刻も早く止めないと、世界がヤバい。


 そんな状況で、俺だけで無双できる……という感じは今のところしない。雑魚モブっぽいムカデにすら一苦労するし、竜言語魔法は燃費が悪すぎる。


 俺一人で戦うのに限度がある。そんな予感がする。


 だからこそ、リゼリアのような仲間を増やすのがおそらく今後肝になっていくと思われる。そうなれば、やはり仲間の強化も必要だろう。【属性付与】である程度パワーアップできるっぽいが……こちらはこちらで燃費が悪くなってそうなので、やはり安心はできない。


 バランスが大事なのだ。


「分かった。今回は俺が使うが、今後は、そのスキル次第ではリゼリアにも使うつもりだから。その、突然の裏切りとか、パーティ離脱イベントはやめてね?」


 俺はまだ、ドラ〇クエ7の王子を許してないからな!


「裏切りも離脱も無理よ」

「へ?」

「私は【属性付与】によってアルト君に竜の力を分け与えられて、いわば眷属のような存在になってしまったから。まず、私の魔法……竜炎魔術は君には一切効かないし。それと多少の期間は離れられても、長期間離れ続けると、力が弱まっていって……最後は死ぬ。つまり、君が死ねば自動的に私もそのあと死ぬから、裏切ったところで意味ないし、離脱したところでまた戻らないといけない」

「……えええええええええ!? なにそれ、めっちゃヤバいじゃん!?」


 あのジジイ! そういう重要なことは先に言えよ!


「気にしないで。そうと分かったのは、さっきだけど……覚悟の上だから。それにムカデになるよりはマシ」


 リゼリアがそう言って微笑んだ。まあ、ムカデになるよりはマシだよね.……うん。ムカデと比較されても嬉しくないけど。


「だからこそ、今後誰かに【属性付与】を使うなら慎重に……」

「そうだな……できれば使わずにいきたいところだ。他人の人生の責任まで負えるほど、俺はできた人間じゃねえ」

「まあ君も私も、もう人間じゃないけどね。さ、グズグズしてたら、ムカデが来るわよ」

「おう」


 俺はその〝亡き者の残滓〟である光る眼球を砕いた。それは光の粒子となって俺の中に吸い込まれていく。


 不思議な感覚だ。まるでそれをつい先ほどまで知らなかったのが不思議なぐらいに、新たなスキルの使い方が分かってしまう。


 ああ、なるほど。何かを見る時に魔力を目に集中させれば、スキルが発動するのか。


 さらに魔力消費はほぼないに等しい。


 俺は試しにリゼリアへと視線を向けて、スキルを発動する。


 キョトンとした表情のリゼリアの上に、まるでゲームのようなアイコンが出現、文字が浮かび上がる。


 そこにはこう書かれていた。


 *―設定―*


 名前:リゼリア・レンブラント

 性別:女性

 種族:人間

 年齢:十六歳 

 属性:火

 

 <設定>

 〝炎神〟の異名を持つ賢者ドルフが密かに育てていた秘蔵っ子。いわゆるダメ主人公のお世話をする優等生幼馴染み系。グイグイ引っぱっていくけど、実はオバケが怖い。アンデッド系モンスターと組み合わせてイチャコラタイムを作れる。ツンデレ疑惑。主人公の幼馴染み枠として使う予定だったが、プロット変更に伴い没ヒロインに。編集者の趣味で貧乳キャラになりかけ作者が全力で阻止したが、結果没った。何より食べることが好きだけど、太りやすい体質であることを気に掛けている。

 

 <所持スキル>

 【炎神の薫陶】――火属性魔法の威力が増加し、消費魔力が減る。ただし他属性の魔法の威力が低下し、また魔力消費も増えてしまう。火属性のみに全力な彼女らしいスキル。


 *追記*

 因果崩壊によってメインヒロインとなった。【属性付与】によって種族が竜の眷属となり、ますます火属性特化に。幼馴染み属性がなくなったせいか、少し性格が丸くなった。

 

 <追加・変更スキル>

 【竜の炎】――スキル【属性付与】によって得た、人外領域の力。専用の火属性魔法を使用可能になる。猛る竜の炎は火属性耐性や魔法耐性を貫通する。【炎神の薫陶】と効果が重複するが元々の燃費が悪いため、まさに焼け石に水。

       

 *――*


「おーなるほど……」


 どうやら、【設定閲覧】という名に偽りはないようだ。おそらくだが、<勇転>の作者が定めた設定が見える上に、ちゃんと追記で今の状況も分かる。これは確かに便利だ。そして、<勇転>の作者は巨乳派だと理解した。いや、確かに巨乳ヒロインしか出てこなかったけども。


 しかしリゼリアお前、本来なら古き良きツンデレ系幼馴染みヒロインだったのか……。


「……なに?」

「いや、オバケ怖い設定ってありがちだけど、ギャップ萌えで可愛いなあって」


 俺が思わずそう本音をぽろっと出してしまうと――


「う、うるさい! というか人の設定をマジマジ見るな!」


 俺の目の前を蹴りが通り過ぎ、その軌跡を蒼い炎が焦がしていく。


「おい、ツッコミにわざわざ魔力を使うな」


 また魔力を使い切ってぜえぜえ言ってますよ、この人。やっぱり古のラノベにありがちな、暴力的ヒロインの片鱗が見える。


「もう私を見るな!」


 涙目で怒っているリゼリアをからかいたい気持ちがムクムクと湧き上がってくるが、そんな場合ではないことを思い出す。


「分かった分かった。とにかく、無事スキルが使えることは分かった。問題は……」


 その俺の言葉と同時に――背後から轟音。


「っ! リゼリア!」


 俺は咄嗟にリゼリアへと警告を発する。


 二人が同時に振り向いたと同時に――無事だった方の小屋の壁が爆散した。


「まさか……」

「見付かったか!?」


 その言葉の通り――二人の視線の先には、男が立っていた。


「臭う……臭うなあ!くそったれなドラゴンの臭いがプンプンしやがる!」


 そう叫びながら、小屋の扉を壁ごとぶっ壊した巨大な両刃剣を片手に持つのは、筋肉マッチョなオッサン。


「おいおい、ボス戦ぐらいはこっちのタイミングで戦わせてくれよ……」


 思わず俺はそう愚痴ってしまう。


 この男こそ、この村を潰滅させた原因、バッドエンドの始まりとも呼ぶべき存在である、勇者の父ハルベルトその人だった。

 

 さて、魔力がまだ回復しきっていないこの状況。


 どう足掻いても、絶望しか見えないんだが。

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