第47話

 ――君を捕まえたら、君のそれを貰う。


 このフラッグ鬼ごっこが始まる前に大岡は私にだけ聞こえるようにそういった――これはアーカロイド奪取宣言。

 

 君のそれ――大岡が指をさしたのは私自身。つまり私のアーカロイド。

 彼は最初から知っていたんだ。アーカロイドのことを。だから優しく装った。

 彼は本気だろう。捕まったら本当にアーカロイドを取られてしまう。

 それだけはだめだ。

 私は三輪さんやヒナを守らないといけないのに。

 とにかく今は逃げるしかない。逃げないと――!


 「クッ、クッ。もっと焦ろ。まあ、僕から逃げきった奴はいないけどな」


 なんで大岡はあんなに余裕そうなんだ。きっと私に勝てる自信があるんだろう。

 私は彼に勝てるだろうか。あんな動きを見たら勝てる気がしない。

 私の手足は今にも震えそうだ。

 あの時もそうだった――。あれは去年。私が中学生のころだ。その時の私はちょうど受験期を迎えていた。

 

 高校への進路が決まり、勉強の方は順調だったが、受験の項目はペーパーテスト――学力だけではなかった。

 面接もあったのだ。姉のまどかが高校受験をしたときは、面接はなかったが、ここ最近の学習指導要領の改訂に伴い、高校受験においても「思考力・表現力・判断力」を重視する傾向がある。「受験生の人となり」を見て人物像を深く確かめたいという高校側の狙いがあるのだろう。

 高校の選択はお父さんの助言もあり、将来やりたいことがまだ明確ではなかったため、幅広くいろんな分野を学べる高校を選択した。

 面接でこの高校を志望した理由を聞かれたら、正直にそのことを話すつもりでいた。

 だが、面接の質問事項はそれだけではないのだ。

 自己PRである。自分はどんな人物なのか。長所は? 短所は? こういったしっかりと自己分析ができているか問われるのだ。

 自分なりに自己分析をやってみたが、そもそも自分自身の事がよく分かっていないため、思うように進まない。

 ――将来の事も定まっていないのに分かるわけないじゃん。

 私は昔から好奇心に従って動いていたため、行動原理を聞かれても「面白そうだから」、「楽しそうだから」程度である。

 こんなことを真正直に言っても、薄っぺらい自己PRになるだけだろう。

 新しいことに前向き、臨機応変に対応できる、何事にも興味を持つことができるなど、好奇心旺盛という言葉を言い換えれば、もっと良い表現があるのに当時の私には思いつかなった。

 

 その高校に行けるだけの学力はあるのに、面接で失敗して落ちてしまうかもしない――。


 それでもリビングで家族といるときも片時も離さなかったエントリーシートとにらめっこしながら埋めようとするも結局、気が進まなかった。私の気持ちがすでに諦めていたのだ。


「……はぁ」


「どうした? 詩絵らしくないぞ」


 そんな私の様子を見かねてか、お父さんは言った。


「私らしくない……? ねぇ、私らしさってなに?」

 

「お父さんの中の詩絵は粘り強い子、だけどな」


「諦めの悪さも定評だったけどねぇ。小さい頃は負けず嫌いで、ゲームで負けた時なんて私に勝つまで再戦を求めてきて――絶対に勝てないはずなのに執念で勝ちを掴んじゃうんだから。もう、あの時の詩絵は本当に大変だったんだからね」


 スマホをいじっていただけだと思っていたまどかもそんなことを言う。


「それ、ただの悪口じゃん」


「……いや、見方を変えれば良い意味にもなる。いいか、詩絵。落ちたらどうしよう、という気持ちもお父さんにも分かる。でも怖いという気持ちを感じつつも体はこうして向き合っているじゃないか。本当に諦めていたらエントリーシートに向かって鉛筆なんか持っていないさ。きっと投げ出している。詩絵は投げ出していないだろ? あとは気持ちを向けるだけだ。勉強のほうはできているんだから自分のポテンシャルを信じろ」

 

 お父さんの言葉とまどかの言葉でまた頑張りだしたのは覚えているが、どのようにして受験を乗り越えたかはもう覚えていない。気づいたら志望校に合格していてほっとしていた。



 そうか。大岡から逃げている今も私は向き合っているのか。怖さは向き合っている証拠だとあのときお父さんは言っていた。一番やってはいけないことは自らを投げ出してフラッグを取られること。それをしない限り、私はまだ負けていない。


 ――そんなことするわけないじゃん。


 アーカロイドの利点は走り続けられること。生身の自分は大変なことになっているかもしれないが、アーカロイドに接続しているこちら側は息切れという概念はない。

 息切れしている自分をイメージするなど無意識的に限界を決めてしまうとアーカロイドもそれに応えてしまう。

 それなら――。アーカロイドの限界に挑戦してみようじゃないか。

 そのためにもこの状況を打破しなければならない。

 一時的にも大岡を足止めできれば良い。

 右上のマップを確認すると大岡は私のすぐ後ろに来ていた。

 私は進行方向を変え、大岡と向き合う。私自身の一生懸命の走りをしていたので、私を大岡も追いかけるようにかなりのスピードを出していただろう。

 だからこそ、この急激なターンには彼は対応できない。大岡はこのままではぶつかると判断しているのか、すこし体制を崩しながら突っ込んできた。

 私は身を低くすると大岡の勢いを利用し、突き出してきた右腕を掴む。

 

 ――すみません。

 

 私は心の中で謝罪すると、片足を相手の下腹に当て、片足と掴んだ右腕を支えにし私自身は後ろに転がる。


 これは巴投げ――。できるか分からなかったがやってみたらできた。無我夢中だった。

 ドガッという音とともに、


「ぐっ」


 私の後方でうめき声が聞こえた。勢いがあったため大岡は背中を強く打ってしまうかもしれないと思ったが、さすがの彼だ、そのまま回転したらしい。それでも勢いを殺しきれずに体を転がしていた。


「ごめんなさいっ!」


 一言詫びを入れると、私はゴール地点へ向けて駆けた。

 一瞬でも隙ができればいいと思ったが、それでも彼は追いついて来るかもしれない。

 

 だから私は今までより強く蹴る。

 つま先で着地し、ももを高く上げ、足の入れ替えを早くし、手を大きく振る。

 ウサイン・ボルト選手をイメージしながら私は走った。


 周りの風景が流れるようにどんどん加速していく。

 それでも足を速く動かしていく。限界なんてしらない。


 もっと速く、もっと速く――。さらに速く。

 ――チーターのように加速するんだ。


 気づいたときには私はゴール地点にいた。


 

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