第45話

 「うまく動けない……」


 自分のやるせなさに私はその場に座り込んだ。

 池谷が用意したこのトレーニング室でアーカロイドの機動性強化のためのアシスト機能――パルクールをさっそく試してみたが、普段やらない慣れない移動法のため、すぐには使いこなせない。

 動画で見たことはあるが、状況によって技を使い分けるため、いざやってみようにも体を動かすイメージがわかないのだ。


「いきなりは無理か」


 池谷もどうすればいいか分からないようだ。ほかに良い方法がないか悩んでいる。


「池谷さんはパルクールはやっていないんですか?」


 私はふと思ったことを聞いてみた。

 楽器の演奏が得意な人で作曲をやっている人は少ないが、作曲をやっている人で楽器が弾けない人は少ない。

 このデータを作った本人として実際にできないだろうか。


「俺はできない。学生時代は引きこもっていたタイプだし、俺が求めるためのために走り回ったことはあるけど、運動神経は平凡かな」


 先ほどの戦いで光学迷彩を使っていたのはそういう理由か。

 アクロバットな動きができていれば、もっと翻弄されていたかもしれない。

 私もアーカロイドがあったからできた動きでもあるし。戦術ドローンを使ってやっと池谷と互角に戦えていた。

 私からすれば池谷は私より運動神経は良いともいえる――。私がやろうとしてるパルクールはさらにその先の話なのかもしれない。


 ――私には一生使えこなせそうにないな。


 すると隣で私たちのやり取りを見ていた南さんは、あっ、という顔をして右手を上に伸ばした。


「――池谷さん、私心当たりあります。広報部の大岡さんという方ですが……そういう動きをしているところを見たことがあります」


「広報部の大岡? あー俺は苦手な人物ですが、適任かもしれませんね。彼を呼んでもらっていいですか」



◆◇◆


 ――ガチャッ。


 南さんが備え付けの内線電話を使って連絡を取った数分後。

 しばらくしてドアが開いた。

 地下3.5階の狭い通路をしゃがんで通りぬける男性は2メートル近くある背丈と長い手足が印象的だった。


 「よぉ。久しぶりだな、池谷。何か新しいものでも開発したか? それとも室内にこもって研究ばかりして結果を出せないだけか?」


 うわぁ、いきなり高圧的な態度……私も苦手なタイプだ。

 高身長の男性――広報部の大岡は煽り顔で挑発的なことを言うも、池谷は何とも思わないようなすました顔を話を流し、手をあげて挨拶するだけだった。

 きっと言われ慣れているのだろう。私なら会うたびに言われ続けたら一生会いたくなくなるが。

 南さんは知っているのだろうか。池谷と大岡の二人の関係性を。

 知っていてなお、呼んだのか。分からない。

 さっそく修羅場の雰囲気になり私は棒立ちになっていると、大岡がこちらを向く。

 

「こいつは誰だ。学生か? なぜこんなところにいる」


私はこの質問をもう言われ慣れたが、初対面の人には当たり前の反応をされる。この建物の中で私を初めて見る人は全員同じことをいうだろう。


「まぁ、少し訳ありの子でね。大岡君、君に頼みがある。パルクールをしっているよな?」


 池谷は大岡には詳細は語らない方が良いと判断したのか、私のことは伏せつつ、本題に入る。


「なるほどね。パルクールは知っているよ。どうすればいい? 実際にやって見せればいいのか?」


 少し訳ありの子は見慣れているのか、あまり深く追求してこなかった。私はほっとしつつも、


「……お願いします」


 と頭を下げる。


 なぜやらなければならないのか聞かないところは疑問に思うが、先ほどの高圧的な態度と違って話の理解がはやい。素直というか。根は優しいのかななどと考えていると大岡は早歩きで歩き始めた。

 私も置いて行かれないように急いで後を追う。


 ◆◇◆


「パルクールの基本の動きはジャンプだ。しっかりと着地ができないと怪我をしてしまう。だが、怪我をしないための方法がある。それが『ロール』だ。一種の受け身のようなものだ。いきなり大技からやらずに簡単なものからはじめるといい」


「こうですか」


「そうだ。あとはバランス感覚や動きのリズムも大事になってくるからそれらも意識すると良い」


 私は大岡さんに、手すりなどを乗り越えたり、障害物を乗り越えるセーフティーヴォルト、壁を蹴って手の届かない高いところまで上昇する技――ウォールランなど基礎動作から覚えておくとよい技を教えてもらった。

 大岡さんは人に教えるのが上手だ。後輩にも教えなれているのだろう。自身が感じている感覚のコツなども惜しみなく伝えてくれる。

 大岡さんは説明をしつつも実際にやって見せてくれたため、分かりやすかった。

 短時間の練習である程度動けるようになったところで、大岡さんは体を伸ばすように背伸びをした。よし、と言うと――。


「僕も体を動かしたくなってね。ちょっとゲームをやろうか、いいだろ? 池谷」


 私たちの様子を離れたところからずっと見ていた池谷の方へ告げた。


「……ああ。ゲームって何するんだ?」


 急な大岡さんの提案に池谷は確認を取る。


「簡単だよ。ただの鬼ごっこだ。君も学校とかでやったことあるだろ?」


 なあ、と私に振り返る。


「ええ――やったことあります」


 鬼ごっこは小学生の頃に友達とよくやっていただけで、小学生以降はやっていないが、簡単なルールなため遊びに取り入れやすい。

 基本的に複数人でやるものだが、1対1だとどうするんだろう。


「フラッグ鬼ごっこがよいだろう。タッチするかわりに相手の腰につけているフラッグを取りに行く――。安全だろ?」


「……お互い逃げ回ったら勝負がつかないと思いますけど」


「ああ、そうだな。なら、フラッグを取られずに君が時間内に決められたゴールまでいく。それでどうだ?」


 ルールの確認をするために聞いているだけだが、そのたびに大岡によってルールが追加されていくため、うまく言いくるめられているようにも感じる。

 

「ええ、分かりました」


「だがもう1つ、ルールを追加させてもらう。ただ、制限時間を設けるだけではつまらない。せっかくやるなら何かを賭けようか。僕は君のためにパルクールを見せた。君は僕に何をくれるんだ?」


「ちょっと、大岡さん!?」


 大岡さんの突然の提案に南さんの驚く声が響く。

 私も失礼だが大岡さんのこれまでの優しさに裏を感じてしまう。

 大岡さんの狙いは何なんだ。


 「冗談だよ。僕は対等に接したいだけだ。これはゲームだ、楽しもうじゃないか」

 

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