第26話 未知と疑念の探求

「ピイィィィ――ッ」

 

 先生のホイッスルを合図にボールが高く上げられ相手コートからサーブが打たれる。

 弧を描きながら向かってくるボールに対し、経験者の笹原がトスで打ち上げる。市川がアタックのふりをしながら再びトスがあがる。

 バレーのルールに「フォアヒット」というものがあり、同一チームの選手が4回ボールに触れる行為は禁止だ。

 そのため、相手コートから自陣に返球されたら、3打以内に相手コートに返さなければいけない。

 当然、得点のことを考えれば、アタックは経験者がするほうが良い。おそらく相手チームもそのことは想定しているだろう。笹原のアタックを警戒するような位置取りをしている。

 次の一打が3打目――アタックになる。ボールの落下点には二人、笹原と凪。経験者である笹原が打つ可能性が高いが、裏をかいて経験者ではないが運動神経が高い凪が打つ可能性もある。私たちのチームからすると、どちらも得点に繋がるが、相手からしたら両方警戒しなければならない。ふたりとも同時にキャンプするが笹原のほうが高い。笹原の強烈なアタックは相手コートの空いたスペースめがけ打たれたが――相手チームのほうが一枚上手だった。

 相手のリベロがその空間めがけ一気に詰め、弾き返した。相手のリベロ――小林はわざとその空間を開けていたようだ。

 経験者が放つ強烈なアタックは驚異になる。だが、打たれる場所さえ分かっていれば防げるというものなのだろうか。それはそれで厄介だな。

 小林のディフェンスによりボールの主導権は相手側に移る。今度はこちらがアタックを警戒しなければならない。

 私たちのチームと違い、相手チームにはバレーの経験者がいない。つまり、逆に誰が打つか絞りづらいということだ。

 考えている暇なく、テンポよくトスが上げられる。ボールは右から左へと振られ、その度にコートの位置取りに偏りがでていることに視界右上に表示させてモニタリングしている、コート内の味方メンバーの位置情報をみて気づく。まずい、動かされている。

 私は空いてしまった空間を埋めるように少し前にでる。だが、ボールは密集している中央にめがけて打たれた。そのボールに対して複数人でトスに行ってしまう。これが狙いだったのだろう。体と体がぶつかり合い、レシーブをする腕のタイミングがずれボールは明後日の方向に飛んでいく。

 ゆかりはそのボールに対し、素早く反応し飛びかかるも、惜しくもあと数十センチ届かなかった。ボールは鈍い音をさせ、その瞬間ホイッスルがなる。

 先制したのは相手チームだった。


 「ゆかり、どんまい!」


 私は彼女をねぎらうも、ゆかりは悔しそうだった。


 試合は順調に進んでいき、相手チームが先制して1−0だったが、修正したゆかりのファインプレーもあり、

 市川のアタックですぐさま同点に追いついた。

 先に点を取られてしまったことで、こちらのチームに火がついたのか、続いて笹原も決め逆転に成功し1−2になった。

 とはいえ、私もなんとかチームに貢献はできていた。私の方に飛んできた鋭いアタックも勢いを殺すレシーブで的確に味方に回していく。

 どんなに強烈なアタックも集中状態の――さらにアーカロイドの視界上ではボールの回転も把握できていた。

 運動は得意ではないが、やれば人並みにできるほど器用な方ではあったので、自身の運動能力と思いたいところだが、残念ながらアーカロイドの運動性能で補正されているのだろう。私の頭の中では前日に動画で観た選手の動きをイメージしているし。

 互いに攻防を繰り返し、逆転したり同点に持ち込まれたりで得点は24ー24のデュースに。バレーは1ゲーム25点だが、デュースの場合2点差つくまで終わらない。

 終盤になってついに私がサーブをする番が回ってきた。ここで無回転ボールなどの曲芸をやって混乱を誘ってみたいが、無回転ボールの打ち方を知らない。アーカロイドとて自身が知らない、イメージできないことは再現できないのだ。

 コート後ろのライン手前をギリギリを狙い、高い軌道のサーブを打った。狙い通りのところに落ちたボールはきれいにレシーブで返されトスで回されるが、少しでも位置取りをずらすのが目的だ。

 だが、相手チームはアタックをせず同じ軌道のふんわりとしたボールを打ってきた。

 通常ならおそらくボールアウト――ラインの外に出るはずのボールが私のサーブで敵チームが少し全体的に後ろに下がったことで、落下地点がギリギリの位置に。

 私の視界上ではエンドラインを出る。そのように予測された。触らなければこちらの得点だろう。

 ゆかりもボールを追うも私と同じ判断をしたようで、途中でボールに触れない方向に。

 だが、ボールの接地は一瞬だった。ラインを出ていても出ていないように見えたのだ。ゆかりも判定に微妙な様子だった。

 プロの試合とは違い、大勢でやっているため審判はおらずこのような時、自己申告制になる。


 「ゆかり?」


 この場合、落下地点に一番近くにいたゆかりの判断に判定が委ねられる。


「んーこれはインかな……インです」


「えっ?」


 ゆかりの判定に敵チームから歓声が上がる。ゆかりは中央に向かい、味方メンバーに謝る。周囲からドンマイ、という声が上がる。


 結果を嘆いてもしょうがない。デュース中は2点差つかなければいいので次また入れて同点に持ち込めばいい。

 同点のまま、授業が終われば――と時計を見ると、9時26分になっており、授業終了まで5分を切っていた。


 「今日はここまでにしよう。最後に決めた赤チームの勝利で。でも白熱したいい試合だったね」


 先生は手を叩いた。

 時間が来たことと、一応得点差がついた、という判断だろう。試合に負けたけど今までやってきた体育の授業の中で一番楽しかったかもしれない。


備品をみんなで片付け、次の授業に遅れないよう急いで着替えて教室に戻った。すでに男子は戻っていて私とゆかりも席に向かうと、ゆかりの席の隣の椎名が待ってましたとばかり、口を開く。


 「俺ら戻る時に最後の見てたけど、あれ、アウトじゃね」


 男子の方はクラスリーダーに任せていた。バスケの試合を時間内に早く終わった男子は帰り際、私たちのバレーの試合を見ていたのだろう。それにして

――。


 「入り口のとこから良く見えたね」


「ん?ああ、俺目良いから」


「正直、アウトかなとも思ったけど、判定がむずかしかったからかなぁ」


 ゆかりはあの場面をもう一度思い返しているようだった。


「そんなん、誰も見てないんだからアウトって言えば良いんだよ。試合は勝ってなんぼよ」


「そんなのズルと変わりないじゃん!試合自体、楽しかったし後悔はしてない。私は公平にやりたいの」


 予測上、ラインを出るという判定でも、人の目には同じようには映らないか。

 微妙な判定な時は、見逃した以上インと言わざるを得なかった、ということだろう。


 でも、椎名って目、凄い良いんだな。普通見えないでしょ。


 授業開始のチャイムがなり、先生が入ってくる。

 私は席に戻った。



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る