第22話 試み

 まだ、空気が肌寒い朝。私は普段より少し早く家を出て、三輪さんの家路へと向かっていた。手には、学校の制服が入った紙袋を提げている。いつもならまだ眠い時間帯だが、今日は違う。私の眼は完全に目覚めていた。

 昨日、三輪さんから私のスマホに連絡があった。先日からメンテナンスに出していた、アーカロイドの点検が終わったらしい。その連絡を受けた時、私はあることを思いついていた。

 初めて学校で旭川ヒナを見かけたとき、彼女はアーカロイドで学校に来ていた。そのことにすぐに分かったのは、私だけが知るヒナの事情を事前に知っていたからだ。

 あの日――私が三輪さんからアーカロイドの試運転を頼まれて外に出ていた日。アーカロイドの機能である視界スキャンは、偶然にもヒナのアーカロイドを見つけた。

 だか、その時、ヒナはなぜか怪しい男に追われていて――。

 ――気になった私はその男の跡をつけたのだった。ヒナは何とか怪しい男から逃げ切ることに成功したようだったが、私はその男の仲間と思われる人たちの会話をこっそりと聞いてしまった。

 ついその彼らの中の一人の田中という男に盗み聞きをしていたことがバレそうになったが、その時彼らが話していたのがヒナの事についてだった。

 事故に遭い車椅子を使っていたはずのヒナが、ある日を境に立って歩いていたこと。

 その理由として考えられる事は、ヒナの父親である、旭川博士が何か新薬を開発している可能性が高いこと。

 ――その一部を田中がたまたま居合わせて目撃していることを。

 彼らが旭川博士の開発したものを新薬と捉えているあたり、アーカロイドの事は完全には知られていない。

 特に何かをしでかそうという訳ではなさそうだったが、三輪さんにその事は一応報告した。だが、博士とはいまだ連絡が取れないみたいだ……。

 それなら私が直接、ヒナに接触するのが有効的だと考えたのだった。だが、それは簡単なことではない。ヒナも理由があってアーカロイドで学校に来ているだろうし、普通に学校生活を送りたいはずだ。私がヒナと会話をして安易にアーカロイドの事を聞いてしまい、周りに知られてしまうようなことに繋がってしまったらきっと彼女も困るだろう。なるべくおおごとにはしたくない。

 それなら――。私もアーカロイドを使い学校に行き、向こうから接触してくるのを待つのが良いのではないか?

 私が偶然ヒナを見つけたように、彼女もいつか私に気づく時がくるだろう。アーカロイドがアーカロイドに引かれ合う――私はそのようになることを願って、三輪さんから連絡をもらった時私自身もアーカロイドで学校に行くことに決めたのだった。

 三輪さんの家に着くと、インターホンを押した。すぐに玄関のドアが開き、三輪さんが顔を出した。


「おはよう、詩絵ちゃん。早いね」


「おはようございます、朝早くからすみません。よろしくお願いします」


 三輪さんから連絡をもらった時アーカロイドで学校に行きたいことを伝えると、三輪さんは私のお願いを快諾してくれた。正直望みは薄いと思っていた。でもなぜ、許可をくれたか聞いてみたら、「面白そうだから」と一言だけ言ったのみだった。だが続けて、

「――行っても良いんじゃないか、と思ったのは正直に事実だよ。旭川ヒナさんが彼らに怪しまれたのは変化が明らかだったから。詩絵ちゃんの場合は恐らく大丈夫だよ。だって今転入してきているアーカロイドのヒナさんは他の生徒に怪しまれていないんでしょ?」


「そうですね、今のところは」


 私の言葉に頷いた三輪さんはどこか遠くを見て言った。

「アーカロイドが流通したら――流通するのはずっと先のことだろうけど、きっとアーカロイドで学校に行ったり、会社に行く人も出てくると思う。あまりこういう言い方は良くないかもだけど、ヒナさんのように――身体的な制約を気にせず、自由に学校に行ける、ていうのも良いんじゃないかな。だからこそ、遠い未来かもしれないけどそれが少しでも可能かもっと知りたいんだ」

 だから、問題無いと思ったよ、と付け加えた三輪さんはいつものように自宅の裏庭にある作業所に向かった。

 私の行動が未来を決める――少し大袈裟な言い方かもしれないが、現在アーカロイドを操作できるのは旭川ヒナと私だけ。ヒナも旭川博士から何かしら命じられているのかもしれないが、特に私の場合、三輪さんの代理で情報収集のための試運転をしているのである。

 無闇に周りに怪しまれるようなことをしなければ、いつも通り自由にして良いよ、と言われているが、具体的な指針もないので改めて考えると難しい。

 とりあえずは学校生活の基本である、授業中ではどのような使い方ができるのか色々試してみようと思った。

 そんな事を考えながら私は以前に更衣室兼接続場所として使った小部屋に入ると、鍵をかけた。

 制服が入った紙袋を置くと、ベッドに横になる。

 私が接続するアーカロイドはベッドの横に立て掛けてある筒形の専用ケースの中にある。

 接続用のヘッドマウントディスプレイ――UDP(アーカムディスプレイ)を頭に被せるように装着つけ、あとは接続するためのコマンド言うだけ。その音声認識だけで私の意識と五感などの体感覚はアーカロイドの中に完全没入フルダイブする――。UDPとアーカロイドを繋ぐこの詳細な仕組みは機密情報として旭川博士しか知らないらしく、まだ分からない事が多いが、これこそがアーカム・アンドロイドの真髄の技術である、アーカム技術なのだろう。

 また、UDPにより、私自身の身体は完全3Dスキャンされ、外見、体格や骨格情報はアーカロイドに送られ、正確に再現される。アーカロイドには様々な分野の技術が詰め込まれているのだ。まさに技術の結晶といえる。

 アーカロイドは旭川博士が開発したと三輪さんから聞いているが、恐らく旭川博士には多くの協力者がいて、研究施設もあるはずだ。それに娘のヒナのためとは言え、多くの人間を動かすためにはその他にもきっと目的はあったはず。これから楽しいことが起こる、という時に人はマイナスな部分も考えてしまうもので――。冷静に考えてみると、様々な疑問が浮かんでくる。私はもしかしたらとんでもないことに足を踏み入れているんじゃないか、と客観的になりすぎたところで、一度もお会いしたことがない旭川博士にありもしない愚痴をこぼす。あなたはいったいどんな巨大プロジェクトを進めていたんだ……と。

 そんな時にロボットの頭脳に当たる部分をAIにするべきなのか、やはりアーカロイドのように人間が操作するべきなのか――ふと思いついたことを考えながら、私は体をリラックスして天井を見て目をつむる。


「アーカム・ダイブ!」


 コマンドを唱えると私が感じていたベッドに身を置いている感触は薄れていった。気がつくと私は専用ケースの中で立っていた。

 アーカロイドの視界内には今日の日付や時刻、天気の情報などのAR表示された情報が並び、最新の情報へと更新されていく。

 システムの調整が終わると、ケースの中から出る。目の前にはUDPを付けて寝ている私自身がいる。この光景はいつみても気味が悪い。あまり、長く見ないようにしながら、紙袋に入った制服を取り出すとすぐに着替えた。

 音声も明瞭、視界も良好で問題ない。特に心配事はない。しいて言えば、やはりバレないか気がかりだった。

 初めてアーカロイドを使った時は散歩しながらだったので特に周りの目は気にならなかった。だが、学校となると多数の人が近くで私を見ることになる。完全3Dスキャンにより私自身は正確に再現されているとしても不安はあるが、ヒナはバレずに学校生活を送れていたからきっと大丈夫なのだろう。


「詩絵ちゃん、そろそろ準備できた?」


 ドアの向こう側から三輪さんの声が聞こえてきた。

 視界左上の時間を確認すると、7時を回ったところだった。

「はい、今行きます」


 手荷物などを見回して忘れ物が無いか最終確認すると、ドアノブのドアロックを外し、部屋を出る。再び鍵をかけると、顔を出した眩しい太陽が私を照らした。あまりの眩しさに目をつむるも減光モードになり、すぐに和らぐ。

 人の身体機能にはない、アーカロイドの優れた補助機能にまた驚かされる日常が始まるのかと思うと、私は胸が弾んだ。

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