第16話 姉

 コネクトVVVトリプルV by NIKAMOニカモ――大型の商業施設を三輪さんと出た私は、買っていただいたプラペチーノを持って、帰路に向かうことになった。

 ここからだと、家までは歩いて40分以上はかかる。三輪さんの家を出発したときは、好奇心が高まっていたので夢中になって歩いてここまで来たが、いざ歩いて帰ると遠いな。

 アーカロイドはメンテナンスのため、三輪さんに一度預けないと行けないので、先ほどのように一時的に拠点にしていたニカモのプライベートルームをもう一度借りたり、どこかホテルで部屋を借りて置かせてもらうということはできない。

 ニカモの玄関口で三輪さんと並び立ち、夜になり車通りが多くなった大通りを眺めていると、三輪さんは口を開いた。


 「ここまで車で来たから、もしよかったら詩絵ちゃんも乗っていく?」


 さきほどバス停の時刻表をアプリで調べたときは、後のバスが14分後になっていた。少し待てば乗ることができるがもし、一緒に乗せていただけるのであればありがたい。ただ、アーカロイドの調整でしばらく使えなくなるので、のんびり歩きながら帰ることも候補に入れていたが――――。


「……ありがとうございます、お願いします」


 ここはお言葉に甘えることにした。今日は色々ありすぎて正直、疲れている。

 家族や友人らと行くテーマパークでの体験は日常から一旦切り離して非日常体験を楽しんでいるが、今日の私は普段の生活の中にこれだけの非日常体験を半日も体験したらさすがに精神的にもきてしまうだろう。いつ、他の人にバレるかドキドキもしていたし、アーカロイドでの移動も2回してしまっているし。人混みの中もアーカロイドで歩いたりと意外とちゃっかり使いこなしているんだなぁ。


 ニカモ専用駐車場がある地下に移動すると、三輪さんの車があるところまで向かう。三輪さんはキーを取り出すと、車――赤色のMAZDA2のドアのロックを解除する。MAZDA2はマツダ社が販売している、ハッチバックタイプのコンパクトカー。

 助手席に座らせていただき、シートベルトを締める。三輪さんが車のエンジンを始動させるとマツダ製らしいエンジン音が鳴り響いた。


 「えっーと、どうしよっか。今荷物とかも持ってるよね。これからいったん、詩絵ちゃんの家に寄るから荷物だけ置いてまた乗ってくれない?着いたらメンテナンス用の解除方法を教えるね」


「そんなものがあるんですか……?分かりました。」



 


 

 

 三輪さんの車が家の前に止まる。家に帰った私はリビングの机に三輪さんからスタバで買ってもらったフラペチーノを置くと、すぐにそのまま家をでた。再び三輪さんの車の助手席に座ると車は発進した。向かう先は三輪さんの家だ。ニカモのスタバで三輪さんから聞いたように、残念だがアーカロイドを調整のため、一旦返さなければならない。だが調整が終わり次第、また使えるようになるのでしばらくの間お別れというだけだ。私はアーカロイドのとりこになってしまっているのかもしれない。

 本来三輪さんの家から私の家まで歩いて15分かかるが、アーカロイドを返したあと、三輪さんの家でそのまま接続を解除すれば良いので、帰り時間は0分だ。こんな魔法じみたことができるのもアーカロイドのおかげだ。近隣に住む人たちは最速の帰宅を行っている人がいるなんて夢にも思っていないだろう。


 数分後、三輪さんの家に着くと、車をガレージにとめる。

 

 家の中に入ると、とりあえずくつろいでと促される。三輪さんから椅子をもらうと私は座った。

 

 「じゃあ、さっき言った解除方法をやるとするか。ちょっと失礼、説明書の確認をするね。……あ、いや、意外と簡単かもしれない。普通にアーカロイドの接続を解除してUDP側面についているメンテナンスボタンを長押しすればいいみたい。長押しすると点滅になるから、そしたらこちらのアーカロイドでも同じことをすればメンテナンスモードになるようだ」


「そうなんですね。分かりました。じゃあ、接続解除はいつも通り行えば良いんですね」


 私は簡易ベッドに横になると


「では、アーカロイドのメンテナンス、お願いします。メンテナンスモードにしたら連絡しますね。では。――接続解除(アーカム・アウト)!」



 

 

 「ふうっ」


 顔につけていたUDP(アーカムディスプレイ)を外すと一息ついた。ベッドに体を預け、重力を感じていると柔らかいマットが体を包んだ。

 今日はとても濃い一日だった。何とか必要なことをやり終え、両親が帰ってくるまでに戻ることができたし。

 身体をほぐすため少し伸びをする。だが、すぐに目を開けず、まずは聴覚と平衡感覚を取り戻す。それからゆっくりと目を開けた。こうすると急激な変化を感じずに少し楽になる。

 体を起こすと手に持っているUDP(アーカム・ディスプレイ)の側面を見る。一度全体を見回すと凹凸おうとつが無いように見えるが、よく目を凝らすとスライドカバーらしき、境目があった。スライドカバーをずらすと、そこにはボタンがいくつかついていた。その中で『MAINT』と書いてあるボタンを見つける。語感的にメンテナンスボタンだと思うが念のため、その五文字を携帯で検索するとそれは、やはりメンテナンスを表す表記だった。

 そのボタンを三輪さんに言われた通り、一度長押しする。すると緑色の電源ランプの隣にオレンジ色のランプがつき点滅した。

 三輪さんに、メンテナンスボタンを押しました、と連絡を入れるとすぐに了解、とメッセージがきた。三輪さんの方でも操作をしたのだろう、点滅していたオレンジ色のランプは点灯に変わる。これでよしと。UDPを机の上に置くと私は部屋を出た。お父さんより早く戻るお母さんが帰ってくる前に夕食の準備に取り掛からないと!

 


  先にお風呂に入り、夕食の準備をする。私の家では仕事で帰りが遅い両親の代わりに夕食の準備は私が行うことが多い。以前までは平日の夕食だけ作っていたが、今では夕食担当になり休日の夕食も作っている。夕食のメニューについては特に定められていないので、好きに作ってもいいが、なるべく次の日の朝のためにも残しておけるものを作ることが多い。

 今日の夕食はカレーだ。豚、鶏肉、牛肉、ツナを混ぜた、私特製の4種のお肉カレーだ。一般的には変な組み合わせではあるが煮込むと味が出てくるので、凄く深みのあるカレーになってこれがまた旨い。

 材料は午前中に買い物をしてそろえていたが、三輪さんから連絡があってからすぐに家を出たので痛みやすい肉類は冷蔵庫に入れたが、その他の野菜は買い物かごに入ったままの状態になっている。じゃがいもや玉ねぎなどの食材を買い物かごから取り出すと、キッチンのカウンターに置く。

 冷蔵庫に入れておいた肉類もすぐに使えるよう出しておき、まずは玉ねぎから切っていく。

 玉ねぎの皮を取ると、くし切りにするためまず縦半分に切った。平らな面を下にして置くと繊維に沿って放射状に包丁を入れ六等分に切っていく。切り終わった玉ねぎは油をしいた鍋にいれ、木べらを使い、弱火で炒め始める。

 その間、人参を包装紙から取り出すと水で土などの汚れを落とした。同じようにじゃがいもも洗い、まな板の上でそれぞれ一口大の大きさに切っていく。

 玉ねぎを炒めている鍋は適度にかき混ぜないとくっついてしまうので程よくかき混ぜたところで、切り終わったじゃがいもと人参も先に入れている玉ねぎと合流させ、再び一緒に炒める。

 先に玉ねぎを炒める理由は、玉ねぎが苦手だからだ。玉ねぎは苦手だが、健康のことを考えると食べないわけにはいかない。ポテトサラダに入っているような玉ねぎは全く食べれないが、煮さえすれば食べれるので長めに煮込んで完全に柔らかくするのだ。

 鶏ももの細切りは1パック、豚ももの切り落としと、牛の小間切れ肉は1パックの半分ほどのみをそれぞれ包丁で四等分し、ツナは2缶いれた。これで具材はすべて揃った。全体を木べらでかき混ぜながら炒めていく。

 カレーの作り方はカレールーの箱に書いてあるレシピ通りに作る。とはいってもレシピで見ているところは炒める時間、水の量、ルウを入れるタイミングなどだ。

 鍋の中の具材が程よく炒め終わり、おいしそうな香ばしい匂いがしてきたところで水を加えた。

 あとは沸騰させ、20分ほど煮込むだけだ。

 待っている間、携帯の通知を確認すると母親から少し遅くなりそうという連絡が入っていた。今日も残業なのかな……。


『先に食べてるね、今日はカレーだよ』


 とメッセージを送ると、鍋を覗き、適時煮込み具合を確認する。沸騰後の煮込み時間約は20分と書いてあるが、じゃがいもや人参などの固いものが柔らかくなるまで煮込み続ける。

 具材の硬さが程よく柔らかいのを確認したところで、火をとめ、ルウを入れる。ここまで来たらカレー作りも終盤だ。箱から1パック分取り出し、開封せずに四つに折る。余熱である程度ルウを溶かすと、再び火をつけ、弱火でかき混ぜながら煮込む。

 あとはとろみが出れば、完成だ。軽量カップのメモリを見誤ったのか少し水っぽい気がするが、味は問題ないだろう。


 大きめな器に予め炊いていたご飯を載せ、おたまでカレーのルーをよそう。

 器をもってリビングの席につくと、いただきます、と手を合わせる。母親も遅くなるとのことだったがあわよくば帰ってこないかなと思いつつ、作っていたがしょうがない。今日は先にいただく。

 十五分ほどで食べ終わると流しに器を置き、水につける。火元が消えていることを確認をし2階の自室に戻ると、机に向かった。秋休みも終わり、来週から学校が始まるのだ。残っている宿題があるのでそれを今日と明日のうちに片付けないといけない。宿題は前もってやるタイプだが、その日の気分に左右されるため前もって終わらせることはできない。若干、残ってしまうのだ。

 宿題のプリントに取り組むも頭の中では別のことを考えていた。ニカモ――ショッピングモールのコネクトVVVトリプルV by NIKAMOニカモのスタバで三輪さんとの会話を思い出す。平日は学校があるので学校に行き、休日にヒナさんを探すことになるだろう。手がかりはバイオフロンティア社の写真のみ。ヒナさんの具体的な居場所までは分からない。そのため、手がかりを頼りにバイオフロンティア社を目指すのがベストだろう。

 ――ううん……


 宿題よりもそっちに頭を悩ませていると、階下で玄関が開く音がする。お母さんが帰ってきたのだろう。意外と早かったな。私は部屋を出ると、下に向かう。


「お母さん、おかえ……。あ”れ”、お姉ちゃん?」


 だが、玄関口で靴を脱ぐために身をかがめていたのは、母ではなく、姉だった――。

 仕事の関係で日本全国を飛び回っているにもかかわらず帰省のたびに一段と綺麗になる彼女――加野まどかは私を見ると右手を上げた。


「詩絵、久しぶり」

 

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