第6話 百聞は一見にしかず

「アーカム・ダイブ!」


 私はアーカロイドに接続するためのコマンドを唱えた。頭につけている機械がこのコマンドを認識し、私の意識をアーカロイドと接続する。

 コマンドを唱えなくても接続する方法はあるみたいだが、それだと自分が今どっちを操作しているか分からなくなるそうだ。そのため、このコマンドを唱えることで、人のときの感覚とロボットにいるときの感覚を区別するらしい。

 なにせ、動作するときの感覚、触覚はどういう理由か、人と全く変わらないようだから。


 一瞬、視界が真っ白になり、眩しくて目をつむるとすぐに暗闇になった。恐る恐る目を開けてみると、先ほどと変わらない、臨時の更衣室にした小部屋の風景がそこにあった。あれ、失敗したかな?と思い、あたりを見回してみるとすぐ横にもうひとりの私が寝ているではないか。ミルクベージュの髪色でショートボブの髪型をし、目のあたりに専用の接続機器のUDP(アーカムディスプレイ)をつけている少女は紛れもなく私自身だった。


「私だ……」


 自分自身が今、見ている現象に脳が追いつかなくて、そんなつまらない感想しかでてこない。いや、私と同じように初めて使った人はみんな同じ感想を言うだろう。断言できる。

 鏡などでは真正面しか見たことないのでこうして様々な角度から見られるのは新鮮だった。だけどまるで、死んだ自分を魂になって上から眺めているような感じもして少し嫌な構図だ……。


 だが、これで接続に成功したと言える。違和感がないのが不思議なくらいだ。確かにアーカロイドと人間の区別がつかなくなってしまうのも分からなくはない。

 小部屋を出ると、念の為ドアに鍵をかけた。アーカロイドを動かしているときは生身のほうが無防備なのには変わりない。このような安全面の配慮もアーカロイドを動かすためには重要なことだろう。アーカロイドを操作中はドアに施錠をするなど生身の自分自身を何かしらの形で保護する必要がある、と報告書に書くためにどこかにメモしておこう。えっとメモ用紙は……と思いながら三輪さんの机の上などあたりを見回した。すると――。


『※クイックメモに保存しました。以下:アーカロイドを操作中はドアに施錠をするなど生身の自分自身を何かしらの形で保護する必要がある。※メモした内容はお近くのネットワーク帯に接続されているプリンタで出力することも可能です』

 

「うおっ!そんな事もできるのか!」

 

 視界の左角にメッセージが表示された。これはシステムメッセージと言われるものだろう。アーカロイドの視界は人間の視界にほぼ近いが、AR(拡張現実)のようにデータとかが表示されるのか。


「詩絵ちゃん、どうかした?」


 私が急に出した大きな声に、驚いた三輪さんは心配そうに様子を伺ってきた。だが、そんな私を見て三輪さんは何も言ってこない。気づいてないのかな?


「あ、こっちの話です。そうだ。三輪さん、問題です。今の私はどっちでしょう?」


「え、どっちだろう……。上にジャケットを羽織っているといっても中に着ているインナーは同じだからなぁ」


 本当にわからないのか。三輪さんは、私があえて接続せず上にジャケットを羽織って出てきた、と思っているのかもしれない。可能性はあるな。それだったらすごい。


「正解はこっちです〜」


 当てられなかったことが嬉しく少しウキウキな気分になり、大げさに私はプリンタの方へ向けて――ぱちんっ、と指を弾いた。

 するとプリンタが反応して先ほどメモした内容を印刷し始めた。三輪さんにはこの現象が魔法のようにみえるだろう。

 プリンタへの印刷指示は、プリンタの機器の方をみて対象の物を印刷しようと思うだけで良いみたいで、指を弾く必要はない。これは私の演出だ。


「おお!アーカロイド詩絵ちゃんだったか!すごいな、本当に分からなかった。じゃあ、接続はうまくいったみたいだね!どうだい?調子の方は?」


 三輪さんはプリンタから出力された紙と私をみて不思議そうな顔をしつつも目を輝かせていた。


「そうですね……とくに元の姿と感覚は驚くほど変わらないです。噂通り視界もクリアになっているという感じでしょうか。それに遠くを見ようとすると自動で補正がかかるなど様々な機能があるみたいです」


 私は両手を動かしてみたりしてみたが、特に関節のひっかりとかもない。本当に中は機械になっているのか疑問をもつレベルだ。もしかしたら中を開くと臓器だったりして……ヒエッ!考えただけで恐ろしいので私は今の考えを思考の外へ持っていった。


「早速テストしてみます。まず、有効範囲を知りたいので外を出歩いてみてもいいですか?」


 この新しい技術で外を歩いてみたい。私の中にひとつの好奇心が芽生えていた。

 

「良いよ、でも夢中になってあまり遠くにいかないようにね」


 三輪さんもそんな私のワクワクした顔を見て判断したのか、外出を許可してくれた。

 

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