第6話 クロスステッチの魔女、お師匠様に泣きつく

「ぁ……ます、たー?」


「わあ! 私の《ドール》、よろしくね、ルイス!」


 ぎゅっとその軽い体を抱き上げる。ルイスはぴくぴくと動いたが、力が正常に伝わらないのかそれ以上動く様子がなかった。


「ルイス? どうしたの、どこか痛い?」


「すみ、ません、マスター……魔力が、足りなくて。それに、手も足も、感覚がない、です。ごめんなさい」


 ちょっと待ってて、と言って、ルイス用に用意したお皿に小さな白い布をかけ、魔力を《砂糖菓子作り》の刺繍の模様に通す。ぽぽぽっと出来上がった小さな砂糖菓子の一つを指でつまんで、ルイスの口に入れた。


「謝らないで。魔法糸が傷んでるっていう話だったから、先に取り換えておけばよかったね。どうしても先にお話したくて、名前を付けて起こしてしまったの」


 砂糖菓子は慌てていたからかあっという間に崩れてしまって、その魔力がルイスに沁み込んでいった。けれど、ルイスの調子があまり回復したように見えない。首から下が動かせていないままだ。どうしよう、これはお師匠様に連絡しないと。間違いなく叱られるけれど。

 ルイスを抱き上げたまま、「大丈夫だからね」と言ってカバンから拳大のガーデンクオーツを取り出す。コツコツ、と爪で叩いて、お師匠様の水晶の波へ繋げに行った。


「お師匠様! クロスステッチの魔女です。ルイスを……私の《ドール》を助けてください!」


 水晶が震えて、ガーデンクオーツの透明なカボションの中にお師匠様の姿が映る。半透明に揺らめく姿に向かって私のルイスを見せると、お師匠様の機嫌が悪くなったのが分かった。


『こぉらアホ弟子、工房製にしろって言ったのに中古に手を出したね? それで、ありがた~いお師匠様の教えを無視して迎えた子はどうなってるんだい』


「砂糖菓子を食べさせても魔力が足りないって言うし、手足が動かないって……確かに、証書には魔法糸が傷んでると書いてあったんですが」


『今から……は、もう暗いからアンタが飛んだら事故を起こすに決まっているね。明日の朝一で、その子を連れてうちにおいで。あたしの《ドール》達にあんたの《ドール》の診断をさせるから。あとあんたは説教だよ。ついでに見てやるから、カバンに《ドール》用の買い物、全部入れておいで』


 私の魔法のお師匠様、リボン刺繍の二等級魔女アルミラは《ドール》の修復師もしている。お師匠様の刺繍によって《ドール》達のカケやヒビ、破損はあっという間に直っていくのだ。魔法糸を直している姿も、見たことがある。けれど、使える糸はこの家にはなかった。


「わかりました。よろしくお願いします、お師匠様」


 そう挨拶して水晶の通話を切り、ルイスを抱え直す。少し不安そうに見える彼のすべすべとした頬を撫でて、少しでも安心させようとした。


「私のお師匠様はね、とても有能な修復師なの。すぐにルイスを直してくれるから、明日になったらお師匠様のところに連れて行ってあげるからね」


「不出来で、すみません、マスター」


 前のマスターの影響なのだろうか、やけに謝るルイスの口を砂糖菓子で塞ぐ。ルイスを膝に乗せた姿勢のまま、私は人形サイズの掛け布団カバーと針、糸と木枠を取り出して刺繍を始めた。「少し眠るといいよ」と言って寝間着に着せ替え、掛け布団を被せてやる。《調律》の刺繍に魔力を通して、少しでも体調が楽になるようにした。


「今、《魔力吸収》の刺繍を縫ってあげるからちょっと待ってね」


 そう言いながら寝る間を惜しんで針を動かす。三日月草から引いて鎮静効果のある青花で染めた糸と、魔力に親和性がある蛍袋の花で染めた糸を一本ずつ取って縫っていた。縫うのは三日月草の花の模様。この刺繍は空気中の魔力をゆっくりと吸って、刺繍した布に包んだものに沁み込ませる効果がある。魔力で動く《ドール》や道具の手入れのためにと、弟子入りしてすぐに覚えていたものだった。

 出来上がった刺繍の掛け布団カバーを布団に被せ、うつらうつらと微睡んでいる様子のルイスにかけてやる。


「ますたー……?」


「大丈夫、ゆっくり眠っていてね」


 ルイスの赤と歯車の目が、一度開いてまた閉じる。やっぱり、ルイスは首から上しか動かせていないようだった。もう一度砂糖菓子を作って、ささっと縫った小さな巾着袋に詰めてルイスの首からかけてやる。

 そこで魔力の消費もあり、私自身も眠くなって目を閉じた。

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