第4話 傭兵アンリ3

 アンリと金髪の女……巡回聖女ガラテアは光の届かぬ採石場跡の奥にいた。


「オレはつけられてる気配は感じなかった……どうだ、ガラテア?」


「……術式の反応はない 使い魔の類による追跡はないようだ」


「よし、じゃあ計画を説明するぞ

……ジェリコ連隊はこのカストル王国、そして神聖帝国南部を中心に活動している組織だ、連中の手から逃れるなら、まずは西へむかい王都マリエスブールへ

で、更に西へむかいカストル王国国境へ

そして国境を越え、中央教会直轄領まで逃げればいい

直轄領は奴等ジェリコの縄張りじゃないからな」


「……教会直轄領までいけば俺は助かるんだよな」


 マフィアに追われこの採石場跡の奥でじっと身を潜めていた男、その顔は憔悴し頬がこけている。


「ああ上手くいけばな、ここにいる聖女ガラテア様はあんたにとっての幸運の女神様だ、よく拝んどけよ」


 アンリは男に通行手形を手渡した。


「ガラテアさん有り難てえ」


「これからは危ない橋はわたらぬようにすることだな」


 そういうと巡回聖女ガラテアは翡翠色の瞳で男を睨み付ける。


「ガラテアそう睨むなよ

さあ、準備はすんだか?それじゃあ、三人で西へ出発だ

巡回聖女が一緒ならジェリコ連隊の奴らも襲撃しづらい筈だ」


・・・・・・・


 月が陰った暗い夜道を三人が歩いている。


「知り合いのゴブリンに夜の山道案内を頼んだら断わられちまったよ……ヤバい魔獣も出るし、所帯を持ったからマフィアに目をつけられるような仕事は勘弁だとさ」

 暗く静まりかえった夜道を進みながらアンリは口を開く。


「……なあアンリ、山道より素直に夜の街道を進んだほうがいいんじゃないか?

この山は例の魔獣の目撃地点から大分離れてるとはいえ

夜の山はなにかと危険じゃないのか?」

とガラテア。


「ジェリコ連隊に襲われる危険性を考えればこの山を抜けるほうがいいさ

オレは山道を歩くのは得意なんだ任しとけ

いざとなってもガラテア、アンタもいるし大丈夫だろう」


「……本当に大丈夫なのか」


「山奥の修道院で修行してたんだろガラテア

『世俗の女が男に色目をつかってイチャイチャしているとき、私は修道院で聖人のミイラみたいな師匠にしごかれ聖女になるための修行をしていたのだ!』っていつも言ってたじゃないか」


「……」


「大丈夫大丈夫」


 そんな会話をするアンリとガラテアの二人を男が不安そうに見つめていた。


・・・・・・・・・


 ……山は静まりかえっている。

風の音も聞こえない、鳥や獣の声もない

土に還らずに残った昨年の落葉を三人が踏む音だけが山林にあった。


「なあアンリ、何だか静かすぎないか?」


「……しまった」


「……どうした」

 ガラテアは声を潜める。


「……なあ、ガラテアなにか感じないか?」


 ……前方の樹上から得体の知れない白い影が一行を待ち構えていた。


「ねえ、貴方アンリ・ザネリィ君でしょ」

 

 白いローブをまとった人影……ローブで体のラインがわかりにくいが

声から察するに若い女のようだ。


「……グールかあんた?」


「フフ、よくわかったわね」

 女はそう応えると音もなく木から飛び降りた。


「こんな夜道を一人で碌な装備もなしに明かりもなく

人間の女が歩いているわけない

あからさまにただの人間じゃない」


「ねえ、貴方その男、あたしに渡してくれない?

あたしはジェリコ連隊の構成員ってわけじゃないんだけど……

……あたしたちは人間と違って野菜や果物から栄養を吸収できないじゃない

で、ジェリコ連隊のカイロ姉さんには食料の確保とか色々お世話になってるわけ

カイロ姉さんには恩を売っておきたいのよ」


「……渡したくないって言ったら?」

 ひと呼吸してアンリが女の問いに応える。


「……巷を騒がす人食い魔獣に襲われて三人とも死亡、そういう筋書きはどうかしら

……嘘嘘、冗談冗談……そんなことしてもじきにばれて

吸血鬼狩りの連中に本業のついでに命を狙われるものね

己の力を過信する者は早死にする……強かに賢しく生きることがグーラの長生きの秘訣よ」


「……」

 アンリは黙って、闇の中で琥珀色に輝くグールの女の瞳をじっとみつめている。


「こういうのはどうかしら?

奪った金を六割をあたしに渡してくれればカイロ姉さんに貴方達のこと報告しないし…………ああ、この山を通るってことは……王都マリエスブール方面へ抜けたいんでしょ?

道案内してあげるわ、あたし夜目もきくしこの辺の山には詳しいわよ

もしかして勘違いしているかもしれないけれど、あたしはジェリコ連隊から貴方達を捕らえる指令を受けてこの山を探し回っていたわけじゃないわ……この山にあたしの隠れ家があって貴方達と遭遇したのはたまたまよ」


「だってよ、どうする」


 アンリはジェリコ連隊に追われる男に尋ねる。


「グールなんて信用できねえ!

そう言ってジェリコの連中に俺を引き渡す気だろう!

例の魔獣の件だってお前らが関わってるんじゃないのか!?」


 男がグールの女に向かって叫んだ。


「誤解よ、そんな騒ぎをおこして教会や王国の人間に目をつけられたらどうするの?精鋭を派遣して魔獣討伐のついでにグール狩りもしましょうとかありえない話じゃないし」


「……とにかく、俺はお前に金を渡す気はない

逃亡先の生活のこともあるからな」


「残念ね」


「暗き淀みを穿て!ルークスジャベリン」


 突如、ガラテアが叫ぶと同時に彼女の頭上に白く輝く槍が現れ、グールの女へ輝く槍が襲い掛かった。


 衝撃と共に炸裂音が響き、グールの女がまとう白いローブが破れ、黒い下着とゆたかな肉体がにあらわになった。ネコ科の肉食獣のようにしなやかに洗練された彼女の体。その身体に流れ落ちた赤い血の線がはしっている。

 ……どうやら彼女は直撃を避けたようだ。


「服がボロボロになっちゃたじゃない……今のは危なかったわ

あたしとやる気なの?ガラテアさん……貴女、細身でかわいらしくて綺麗な体してるわね、魔力を秘めた体……ふふ、とても美味しそう」

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