第1章 第6話 お休みする

「はい、私はリタ様の騎士になりたいです!!」


 そう瞳を輝かせて言い放った可愛い養い子の姿に僕は感動した、ああ僕の養い子がこんなにも可愛らしい!! でも僕はただのエルフでどこかの王様でも、王子様でもないので、残念ながらソアンの提案は丁重にお断りすることにする。


「僕はもう普通のエルフだからね、ソアン。君はもっと自由に生きていいんだよ」

「ええぇ!? 私はわりと本気でリタ様の騎士になりたいです!! リタ様!! すっごく綺麗でかっこよくて、でもちょっと間の抜けたところもある、そんな自分の一番の推しを守る!! これぞ真の自由と言わなくてなんと言うのでしょう!!」


「ええとね、ソアン?」

「はい、何でしょうか!!」


 その後、ワイルドボアの血抜きには手間がかかった。その間中ソアンは騎士になりたいと言っていたが、最後にはいずれ騎士にふさわしい手柄をたてます。そういうことでソアンの中では落ち着いたようだ、推しというのもソアンからよく聞く言葉なのだが、中でもソアンの一番の推しはこの僕らしいが、これもよく分からないことの一つなのだった。


「いっそ、転生したのが乙女ゲーだったなら私は日陰から、ひっそりとヒロインとリタ様が結ばれるのを応援してました。いやきっとちょっとドジっ子なリタ様を助ける、お助け解説キャラだったに違いないのです。でも少しくらい可愛いだけのヒロインなら認めないです、そうリタ様にふさわしい女神のような女性じゃないと駄目です!! そもそも……」

「ソアン、ほ~ら。おやつの干した果物だよ」


「おいひいです、むぐっ」

「そうかい、それは良かった」


 ソアンの言っていることは時々だが本気で分からない、にこにこと笑顔で本人は楽しそうなので邪魔もしたくない、でもそのまま放っておくと彼女はその世界に入りこんでしまうのだ。だから僕はソアンのおやつ用にもっていた干した甘い果物を、ハキハキとお喋りしていたソアンの口に放り込んだ。ソアンはまた幸せそうにもぐもぐとそれを咀嚼している、そんなソアンは小さなリスのようでとっても可愛くて癒されるんだ。


 僕たちはしばらくしたらほとんど血の抜けたワイルドボアを解体した、僕は親がエルフの狩人だったのでこういうこともできるが、普通のエルフってあんまりお肉を食べないから解体なんてできないエルフも多い。とにかく内臓はいろいろと問題があるので諦めて、お肉として需要がありそうな部位だけを持って帰ることにした。


 解体してみたら結構重たい荷物になった、でも力持ちのドワーフとのハーフのソアンは、ひょいっと軽々とリュックに入れて背負っている。帰りに街の肉屋さんと交渉してみよう、それか冒険者ギルドで売るのだ。それと僕は冒険者ギルドのギルドの掲示板に出ていたことを思い出した、なのでワイルドボアの立派な両方の牙も持っていくことにした。


「ええっ、ワイルドボアを討伐したのですか!?はぁ、確かにそれらしい牙ですね。ワイルドボアは害獣なので常に討伐依頼がでています、銅の新人冒険者さんにはちょっと危ない相手ですから、お気をつけて」


 街に帰ったら僕たちはお肉を肉屋さんで売って銀貨1枚貰った、次に両牙を冒険者ギルドに持って行くと銀貨5枚になった、2人なら3日は遊んで暮らせる額だ。これからもワイルドボアを見つけたら、ソアンに無理はさせない程度に狩りをしていこうと思った。


 次の日はいつもどおりに朝早く起きた、起きたのだが何となくだるくてベッドから起きたくなかった。これが僕の魔法が使えなくなってからの困ったことだった、いや一番に困っているのはそもそも眠れないことだった。魔法の練習を一日中、いやそれに加えて一晩中だって繰り返したこともあった。ソアンからそれで心配されて、眠り薬を使うようになってから、僕はようやく眠れるようになったのだ。不眠と謎のだるさは僕の駄目なところだった。ああ、本当に僕は駄目なエルフだ。


 一緒のベッドで寝ていたソアンもそのうちに起きてきた、おはようといつもどおりに挨拶はしたけど、僕はベッドから出られなかった。ソアンはそれが何でもないことのように、彼女らしい可愛らしい笑顔でこう言った。


「宿の延長をしますねそれと朝ごはんは食べれますか、食べれるなら持ってきます。無理そうなら私は外で剣の素振りをして、それに運動の為に街の内側を走ってきます。部屋は掃除は今日はいらないって、そう言っておきます」

「ごめんね、ソアン。朝ご飯はいらない、……ひょっとしたら昼ご飯もいらないかも」


「いいんですよ、このところリタ様は頑張りました。偉いです!! 凄いです!! では私は運動に行ってきます、宿の延長代と少しだけ買い物をするかもしれないので、お財布から銀貨を2枚くらい貰って持っていきます」

「気をつけて、知らない通りに入っちゃいけないよ。街では明るくて広い場所か、知っているところだけで走りなさい」


「はい、行ってきます。リタ様。それでは、お昼にはまた帰ってきます!!」

「いってらっしゃい、ソアン。本当に気をつけてね」


 ああ、こんなに駄目なエルフの僕にもソアンは優しい。本当に優しい子に育ってくれて良かった、僕は眠り薬がきれて眠れないのに、でも体は起き上がれないほどだるくてベッドから起き上がれなかった。そんな自分が情けなくて嫌になる、エルフの村ではこういう時は研究中です、そう言って誤魔化していた。目を瞑るといろんなことが思いだされた、そうこんな駄目な僕に気づいてくれたのもソアンだけだった。


「……ソアンがいてくれて良かったなぁ」


 僕が魔法が使えなくなったと分かった時、何故か悲しくもないのに涙が止まらなくなった。今なら分かるけど僕は感情があの頃にはもう麻痺していたんだ、だから本当は辛くて悲しくて苦しかったのにそれが分からなかった。若長候補というのはそれだけ僕には重荷だったんだ、あの頃の僕は村の皆の代表になるかもしれないといつも気を張っていた。


 外から偶にくる人間たちとも慎重に交渉したり、村の皆が健康かどうか確認して時には薬師として薬を作ったり、回復魔法が僕はとても得意だったから皆の怪我を癒したりしていた。でも本当の僕はハープでもひいて人目を気にせずに歌って、自分が大好きな魔法を改良したりすることが好きだった、そしてのんびりとソアンの成長を眺めたりするのが幸せだった。


 それが若長候補に選ばれてから、そんな簡単なことができなくなって辛かった。でも今はそんなことはしなくていい、ソアンが僕をあの村から家出させてくれたからしなくていいんだ。薬が本当に効くのかどうかなんて心配しなくていい、後遺症を残さずに癒しの魔法が使えたかどうか悩まなくていい、そしてソアンに会う度にハーフエルフと仲良くするな、そんなとても酷いことを言われなくていいんだ。


「ふふっ、ソアンったらいつの間にか大きくなって、……本当に優しい子になって良かったなぁ」

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