そういう香水じゃないんだよ


 央香に、石鹸、ラベンダー、ライムと香りをかけてもらい、状態を確かめる怜人。


「どれもいいんだけどさ。ピンとこないというか、特別感が欲しいよね。インパクトがあるけど、仄かにノスタルジックを感じさせるような香りとかない?」

 怜人的には、通り過ぎた瞬間に薄く笑ってもらえるような香りが欲しかった。


「注文の多い奴じゃな」

 央香は眉を寄せながらも、香りをかけてきた。


 今までとは全く異なり、ツーンと鼻を強烈に刺激してくる。


「あー、これね。俺は好きだったけど好き嫌いわかれるんだよなぁ……って! これは小学生の時に掃除で使ったワックスの匂いじゃん!」

 怜人は香りの正体がわかり、眉を吊り上げた。


「インパクトがあってノスタルジックじゃが?」


「確かにそうだが、こんなノスタルジックは求めていない。身体からあのワックスの匂いがするとか人外扱いされるわ」


「わがままじゃのう」

 央香はしかめっ面になり、違う香りをかけてきた。


 草と土の朝露が日に照らされ、澄んだ匂い。


「そうそう、爽やかな朝に土の香りが……って、近所のトマト畑の匂いじゃんかよ!」

 怜人が央香を睨み付けた。


 この香りは今後ノスタルジックにはなるのかもしれないが、今のところ毎朝嗅いでいるので不要であった。


「わし、その匂いが好きなんじゃが」


「俺も好きだよ。だけど違うんだって。もっと女子が食いつくような香りだよ」


「やれやれ」

 央香は嘆息し、新たな香りをかけてきた。


「うわぁ、たまんない! スパイシーでって……カレーだろこれ!」


「正確には、わしらが働いているカレー屋の匂いじゃな」

 央香が当然かのように答えるので、怜人の眉間がピクピクと動く。


「そんなのどうでもいいわ。何でカレーの匂いをさせるんだよ? 女子が引くだろ」


「そうかぁ? わしはカレーが好きじゃから、カレーの匂いがしたら嬉しいけどな」


「お前を基準に考えるな。女子だよ女子! 女子高生が好きな香り!」

 怜人が声を大にして言うと、央香は両手を前に出しわかったと頷いてきた。


 央香は大きく息を吸い込み、長めに息を吐き香りをかけてきた。


「はいはいはい! 絶対好きだね」

 とにかく香ばしい、涎が勝手に出てくる。


 テロリン、テロリン、テロリン。


「ってポテトが揚がる音にその匂い!」

 と、怜人が声を上げてツッコミをしたが、


「女子高生が好きじゃろ? よく溜まり場にしておるしのう」

 央香はにこやかな表情で親指を立てていた。


 何やり切りました、みたいな顔をしてるんだよ。


「……こいつ」

 心の声と連動し、怜人は完全に脱力した。


「怜人。昼飯はハンバーガーにせんか?」

 央香が言った。


 自分が出したポテトの匂いに触発されたんだろうなと怜人は思ったが、

「はぁ……準備してくるわ。お前も着替えてこい」

 深くは追求せずに外出の準備を始めた。


 かくいう怜人も、ポテトの匂いに触発されていたからである。


 怜人と央香は準備を手短に済ませ、駅前の某大手ファストフード店に行った。


 店内に入り、怜人はてりやきバーガーのセット、央香はハッ〇ーセットを注文する。


「玩具は何にされますか?」

 女性店員が玩具の一覧表を見せてくれた。


 載っていた玩具は日本の絶滅危惧種の動物シリーズで、あんまり子供向けっぽくないなと怜人は思った。


「ヤンバルクイナかアオウミガメがいいんじゃが」


「アオウミガメは現在ありませんが、ヤンバルクイナなら残ってますよ」

 央香の要求に女性店員がそう答えたので、

「じゃあ、ヤンバルクイナでお願いします」

 と怜人が言った。


 注文した物が出来上がるのを待つため、怜人と央香は店内の隅っこに行く。央香はもらった玩具を手にし、頬を緩ませていた。


「玩具を集めていたんだ?」


「央香軍団で集め中なのじゃ。あとは、アオウミガメで揃うな」

 央香はニヤリとした顔を向けてきた。


 央香軍団とは初耳である。


「央香軍団って誰がいるんだ?」


「わし、怜人、沙織、若葉わかば誠也せいやじゃな」

 怜人は勝手にメンバー入りされていた。


「若葉と誠也って誰?」


「近所の童じゃ。前に砂場で遊んでから慕ってくるようになった」

 央香は微かに笑みを浮かべ、玩具を手のひらに乗せた。


 あの時初めて遊んだ子供二人と今も繋がっていることに驚きつつも、怜人は口元を緩める。


「へぇー、友達ができて良かったね」


「わしの人望を侮るなよ」

 央香はわざとらしく遠くを見ながら言った。


「よくいう。頭がハッ〇ーセットの癖に」

 怜人がそう言うと、央香は恥ずかしそうにしながらも満更ではなさそうな仕草をした。


「褒めとらんわ」

 怜人は鼻で笑ったが、いい意味で力が抜けた。


 注文した物が出来上がり、怜人は二人分のトレイを持って飲食スペースに行く。

 席に着いた二人は、アニメや漫画、メイプルファンタジーの新キャラについて話し合い、食事を楽しんだ。


 食べた後は、ドラックストアに寄って怜人用の制汗剤とヘアワックスを購入して帰宅。


 怜人は早速洗面所でヘアワックスを使い、最近購入したメンズファッション雑誌に載っている、無造作ヘアを試してみることにした。

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