第5話 ひとつの夢が叶えば

 やあ、また来てくれたね。

この前は翡翠の前に青木翔多という

男子が現れ窮地を救ったってお話したね。

あれから翡翠は高校生活を楽しく過ごせて

大学にも進学して、色々な事を頑張って

ついに念願叶って教師になる事が

出来たんだ。


 今日は先生となった翡翠がどのように

過ごしているのかをお話するよ。それから

君が気になってるであろう

翔多との事も話しておくからね。


   * * * * * * *


 2011年6月2日。

美山翡翠、25歳の春。


 翡翠がかつて通っていた小学校。

翡翠は教師となり、生徒達に色々な勉強を

教えていた。眼光性患者という所もあって

学校関係者からも注目されており

子供達にもこの症状を認知する人が増えれば

という狙いもあった。


 未来を担う子供達を前に

教科書を読む翡翠先生。


「その昔、この世界に災いが起こる時

『レイヴ』という名の戦士が現れて

災いを起こすものを全て破壊して

そして姿を消す。

これが、古くから言い伝えられる伝説である」


 翡翠が教科書の文を読むと

生徒達も続けて声に出して呼んでみた。

しかし、真ん中の席の方から蚊の鳴くような

声で読んでいる男子生徒もいた。


「その……む、むか…ひえ……」


 翡翠はその生徒を見て、席に近付き

話しかけた。


「まだ声に出して言う自信が無い?

そんな時は、心の中で読んでみると

いいと思うよ」

「せんせぇ……ありがと…ね」


 この男の子は清水しみず聖流せいる

幼い頃から声が小さく

女の子の玩具を好む所など、周りの男子とは

趣味がかけ離れており

異端児呼ばわりされていたが

翡翠と出会ってから、その優しさと

他人と違う光る目を持つ所に

シンパシーを感じ、今や一番仲の良い

生徒となった。


「あなたは少し読むのが早いみたいね。

心を込めてゆっくり読むといいわ」

「ちょっとはっきりしない喋り方ね。

まずは一文字ずつゆっくり読みましょう」


 このように、翡翠は生徒一人一人に

寄り添い、適切な指導を行い、それぞれの

成長に合わせた授業をした。

他の先生も、翡翠先生をお手本にすれば

良い教育が出来ると躍起になっていた。


 他にも学校内で何らかの問題が生じた際に

翡翠先生は他の人では思いつかない

解決策を出す事によって、学校全体を

良い方向へと向かわせていったのだった。


・・・


 6月5日。


 つかの間の休日。

翡翠はとあるカフェで昼食を食べていた。


「ここのホットケーキ、お母さんのに

匹敵するほど美味しい」


休日はこのお店のホットケーキを食べる事が

最近の楽しみの一つである。


チリリン♪


 すると、客が一人入って来たのに

気付いた。そう、あの翡翠を

助けてくれた男、青木翔太である。


「翔多君、久しぶり!」

「おっ…翡翠じゃないか!

ここにいたのかよ……」


 久しぶりの再会を喜ぶ翡翠は

翔多を席に連れて来て

追加のホットケーキを注文したのであった。


「奢ってくれるのは嬉しいけどよ……

そんなにホットケーキ食べて

太らないのか?」

「求ちゃんの仮説によると

どうやら眼光症の目が光る現象は

糖分を燃やして発動しているらしいって。

この前、求ちゃんからこれは実験だと言って

数日間砂糖抜きの食事をお願いされて。

そうしたら、確かに目の光り方が

弱まっていた。けどこの瞳、お母さんが

『神様からの贈り物』と言ってたんだ。

だから今はもう我慢せずに沢山食べているよ」

「そうなのか……それでその割に

あんまり太ってないのは

正直言って羨ましい所があるな」

「教師仲間からも良く言われるわ。

子供の頃からホットケーキが大好きだったのは

この眼光症と、お母さんのおかげかな」


 すると、翔多の表情が曇り出す。


「おかあさん……か。お前はいいよな」

「え……私、何かいけない事を……?」

「いや、いいんだ。何でもねえ」

「で、でもどうしてか教えてくれる?」

「ああ、分かった。

でもここは人が沢山いるだろう。

どこか別の場所で話さないか?」

「じゃあ、この後用事も無いし。

私の部屋来る?」

「……って、いいのかよ……」

「だって翔多君は私を助けてくれた

恩人なんだから」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせて」


 翡翠と翔多はパンケーキを食べ終えると

そのまま翡翠の部屋へと向かった。

現在の翡翠は、親元を離れ

とあるマンションの一室を借りて

一人暮らしをしているのである。


「ここが翡翠の部屋か。

思ったより綺麗な所だな」

「いつかは返す部屋だから

気を使って暮らしているの。

今、お茶を出しますからね」


 翔多は翡翠の部屋を見回す。

学生時代、翡翠の実家に

送ってあげた事がある翔多だったが、その後

直接家に上がるまでには

至らなかったという。

初めて立ち入る女性の部屋に

ドキドキしながらも

翔多は部屋の一角にある写真に気が付く。


「なあ翡翠、あの写真は

お前と、誰なんだ?」

「あ、これね。左にいるのは私。

右にいるのは求ちゃん」

「これがあの求か。どっちかっていうと

体育会系な見た目だな」

「でもこれは求ちゃんが事故に遭う前の

写真。今の求ちゃんは

事故によって顔の半分に大きな傷が

残っている。具体的に言うのも

恐ろしいぐらいにね」

「そ、そうだったのか……悪いな……

悲しい事を思い出させて……」

「うん、私もあの時、私のせいで

求ちゃんの夢は絶たれたって思って

ずっと悲しかったよ……でも求ちゃんは

私の事を見て、私の夢を叶えて、私の事を

分かってもらえる世界にするために

眼光症の研究者になったんだ。だから今は

悔恨も何も無いって」

「そっか……じゃあ、今度は俺が話す番だな」


 翔多は、翡翠の出したお茶を

一気に飲み干すと、

自分自身の置かれている状況についてを

語り出した。


「俺のオヤジとおふくろ、あんまり俺を

愛してなかったんだ」

「え……?」


 どうやら、カフェで話した翡翠の母の事で

表情が曇った原因は

この事だったようである。翔多は心の傷口を

抑えながら、翡翠にこれまでの事を話した。


「俺は幼い頃から、両親に適当に

育てられている感じがした。

だから人付き合いも上手く出来ずに

友達だって出来なかった」

「翔多君……。」

「両親は、共働きで俺と接する時間は

ほとんど無く、夕飯も作り置きとか、あと

コンビニ弁当ばっかりだった」

「あんまりね……」

「だから俺はあんな奴に

なってたまるかって思いで、独学で

格闘技を学んでいた。

そんなある日、俺は、襲われかけている

お前を見つけたんだ」

「それで、私を助けたのね」

「それから、交流を重ねて、翡翠は

たった一人、心を許せる存在になったんだ。

高校を卒業するまでの間は

恋人同士とは至らずとも

仲良く接する事が出来た」

「それでも、このまま付き合っても

良いってぐらい、楽しい時間だった」

「ああ、俺も同感だ。卒業後、俺は

定職にも就かずに各地のアルバイトを

転々とする生活を始めたんだ」

「そう、たとえば?」

「ベビーシッターからコンビニ商品の陳列。

はては工事現場の作業まで、

お金になりそうな事なら何だってやった」

「沢山の事が出来るなんて素敵ね。

今度そのお話をもっと聞かせてくれる?」

「そのつもりだが、今はもう今日のバイトの

時間も迫っているから、

この辺でおいとまさせてもらうぜ」

「分かったわ。それじゃあ

疲れたならいつでもここに寄って」

「ああ、それじゃあな」


 翔多は翡翠の部屋を去り

今日のバイトへと向かった。

一人になった翡翠は、夕食の支度を

始めるのであった。


   * * * * * * *


 疲れたならいつでもここに寄って。

翡翠が言ったこの言葉は

半ば冗談交じりだった。

しかしこの言葉が、その後の二人に

思いもよらない出来事を

引き起こす事になろうとは

まだ知らなかったのだ。


 それから数日後、翔多は再び

翡翠の部屋にやって来る。

驚くべき理由まで持って来て。

だが今日はこれから新しい研究の準備が

あるのだ。

君もゆっくり休んで、また私の研究に

手を貸して欲しい。

さて、翡翠の母から教わったレシピで

ホットケーキを作って、食べ終わったら

研究開始と洒落込むか。


 第6話へ続く。

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