#04 ~ 蒼穹の鳥

「わあ!」


 雪が、目を輝かせながら歓声を上げた。

 その小鳥は燕にも似ている。まるでサファイアのように蒼く美しい羽をもっていた。

 小鳥は祐真をじっと見ると――翼をばっと広げた。そして軽やかに……そう、まるで宮廷貴族のそれのように、器用に折りたたんで頭を下げた。


「――お久しぶりでございます、主サマ」


「しゃべった!? にいさま、しゃべった!」


 雪が驚きに目を丸くしながら、祐真の腕を引っ張った。

 祐真はといえば、そんな雪の様子に「やっぱりうちの妹は天使」とばかりにニコニコと笑っていたのだが――。


「……主サマ、この女はナニモノですか? 先ほどから、主に失礼な口を――」


「あ“?」


 瞬間。

 大気が圧した。


「――!?」


 鳥は、飛び立つこともできずに全身を総毛立たせる。

 死のイメージが、否応もなく浮かんだ。そしてその後に浮かんだのは、恐怖よりも激しい後悔である。

 この鳥は、忠実な臣下である。自身にそうあれと願い実行することこそ、にとっての誉れである。

 ゆえに。主から怒りを抱かれ、そして失望されるなど、死よりもずっと恐ろしい。


 どうすればいいと、ただひたすら思索を巡らせ――


「にいさま! とりさんをいじめるのは、めっ、です!」


 小柄な少女が小鳥を抱えあげて、抱きしめながら告げた。

 先ほどまであった圧力は一瞬にして霧散し、鳥の主である少年の顔は、にっこにこの笑顔に変わった。


(す、すごい……)


 鳥は感動していた。

 ――主は、まず自分の決めたことは曲げない。他人に影響を受け、左右されるということがない。

 偏屈とも、あるいは意思が強い――強すぎるとも言える。

 それを、この少女は、こうも容易く曲げてみせたのだ。


(この女児……只者ではない……)


 鳥は少女の腕の中で、愕然と震えた。


 ……一方、「めっ」された側の少年は、


(いやあ、うちの妹はやっぱり天使)


 ほんわか笑顔を浮かべながら、そんなことを考えていた。


 鳥が妹に殺気を向けた時は、処刑パターンを無数通り考えたが、今となってはどうでもいい。彼にとって、てんしの前では他は全ては些末事なのである。


 妹はどうやらこの鳥を気にいったらしく、嬉しそうに『なでなで』している。ちょっと嫉妬しそうになったが、まあ妹が気に入っているみたいなので許そう。寛容な心で。だから後で代われ。


『……さて、フィノス』


 不意に、祐真は妹に抱かれたままの鳥の名を呼んだ。ただし肉声ではなく、念話で。


 フィノス・フィオル。それこそが、この蒼い鳥の名である。

 もっとも、ただの鳥ではない。喋る時点でただの鳥ではないが……この鳥は、千堂祐真――正確にはその前世たる魔法使いが使役した、十の使い魔のうちの一柱なのだ。……使い魔という表現は若干正確ではないが。


 祐真と彼らは、魂の奥深くで繋がっている。ゆえに転生しても召喚が可能だったし、こうして念話も可能なのだ。


『お前に頼みたいことは、この世界についての調査だ』


『調査、でございますか?』


 そのとおり、と祐真は心の中で頷いた。

 そして順番に説明していく。死んだあと、この世界に転生したこと。お前を抱いているのは自分の妹であり、両親も含め、最も大切な保護対象であること。


 ゆえにこそ、知らなければならない。この世界を。

 自分を、家族たちを害しうる脅威が存在しないのかを。


『なるほど、承知しました』


 そう返事するや否や、小鳥は妹の腕の中からするりと抜け出す。

 窓から外に飛び立つ蒼い鳥に、雪は名残惜し気に見送った。


 ……うん。

 帰ってきたら、あいつは妹の玩具決定だな。


 蒼穹へと飛び上がった鳥が、一瞬、慌てたように祐真へ振り返ったのが見えた。

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