第9話

 ウネ、ヨコ、フラの3人の視線がサイに集中する。それぞれが既に行動履歴を述べているのだから、自然と余りのサイがこれから、同じように経路を告げるだろうと無意識に伝播したものだ。


「あっ……じゃあ最後は僕か。つってもヨコの後にメグを見つけた以外に大した情報も無いんだけどなあ」

「その喋り方。なんか言い渋ってるように聴こえるよ」

「同感。サイのことだから、スッポリ抜け落ちてた出来事とかあるんじゃないか? あとメグに関係無く、この学校内で隠したいものとかもありそうじゃん?」

「なんだよそれ。2年振りに来て、別に隠したいものなんか——」

「——親に見せられなくてタイムカプセルに突っ込んだ、一桁台のテスト用紙とか?」

「……あったな、そんなの。場所なんかもう憶えてないけど、見つけ次第即座に焼却炉にぶち込みたいヤツだわ」


 三者三様の角度からサイを揶揄う。

 けれど結果的に、卒業日前に埋めたタイムカプセルの中にあるであろう中学時代のサイの苦き思い出弄りへのアシストとなる。

 本題から脱線してしまっているが、やっと緊張が解けて、みんなの本来の関係性が透け出す。


「まあサイは、自分自身のことだけで隠し事を滅多にしないから。テストだってきっと、両親が悲しむから……だったっけ?」

「そんなことねぇよ。僕だってただただ自己保身に走ることくらいあるさ」

「またまた、強がんなくても良いのに〜」

「うるせー、フラに乗っかってくんなよヨコっ! そういうお前だって僕と大差なかっただろうが、というか僕より低かったよな」


 サイとヨコによる成績最下位争いは、中学時代の彼ら彼女らにとっては風物詩のようなイベントだった。ウネ、フラ、メグの3人が毎回安定して半数以上の得点を各教科で獲得する最中、赤点を回避するかどうかのデッドラインで小競り合いを起こしていた2人。


 お互いに地頭が悪いわけじゃないが、テストだからと勉強だけに注視する性分じゃなくて、ひたすら醜い争いを繰り広げることとなってしまっていた。けれどサイはヨコの良さを知っているし、ヨコはサイの気持ちをある程度察している。つまりどっちもどっちだ。


「何言ってるの? 私の方が通算成績で勝ってたじゃん」

「そりゃ美術の得点を入れたら、だろ。5教科なら僕だ。自惚れるな」

「国、数、理、社……美なら私が上だよ」

「英語が絶望的なのが筒抜けじゃねえか。西洋かぶれのくせに、なんでそこ取れねぇ?」

「……サイ。今はどんな些細な情報でも、メグに繋がるなにかがあるかもしれない。サイがメグを見つけるまで、どう過ごしてた?」


 サイとヨコによる約2年振りの低レベル争いに発展しようとしたところで、やんわりとウネがメグの話をしようと軌道修正する。

 確かにそちらが優先だと2人ともが見合わせたのちに距離を取り、ヨコはフラに向かって口元を閉めるジェスチャーをして見せる。


「おお、そうだったな。んじゃあ僭越ながら——」


 もっともらしい咳払いを一つ挟む。

 そうする意味はないが、思考を稼働させる合図くらいにはなる。


「——僕は最初に、この体育館内からグルグルしていたな。なんだかんだ演劇とか合唱会とか、島の祭りの打ち上げをしたりだとか、この体育館でたくさんやってたからな。それからはウネの言った通りプールに行って、みんなで作物を植えた校内農場に何も無い寂しさを味わい、校庭を軽く眺めてつつ、最後に残して置いた校舎内に入ろうとしたところで、体育館に戻ろうとするフラの後ろ姿を見掛けた。そのすぐあとにウネと玄関口で遭遇……確かあのとき、フラが体育館に向かっているって、僕伝えたよな? どうだったウネ?」

「えっと……言ってたよ。実際私よりも先にフラが体育館に到着してたってさっき行ったし、サイの言っていることは私視点でも正しいと思う」


 澄まし顔でウネは肯定する。

 挙動不審になった誰かさんとは違うなとサイは内心で自嘲しつつ更に続ける。


「よしっ。んで、それから僕はちょっと考える時間があったかな? ほら、僕視点フラが集合場所に戻ろうとしている雰囲気があって、ウネもそうなりそうだったしさ。だから校舎をじっくり巡ろうか、教室だけにしようかって……そんな風に迷って教室にしようと思って表札を見掛けてすぐに、ヨコの叫び声が聴こえて、急いで声がする教室や準備室の方に向かって……メグがあんなことに——」


 未だに信じがたい過激な光景。

 腹部に対して垂直に突き刺さる刃物。

 呆然とへたるヨコ、蒼白としたメグの顔。

 体温が急激に冷却されていく感覚。

 流れる血の多さに直面したときの幻惑。

 これは生きているのか、死んでいるのか。

 切迫する呼吸が判断を鈍らせる。

 なのに、それなのにだ。

 不謹慎にも背けたい現実に釘付けになる。

 意識の無いメグを、何とかしないといけないと。


「——……僕の時系列は、大体こんな感じかな? なんか、みんな視点でおかしな箇所があったら遠慮無く聴いて欲しい……あるか?」


 するとヨコがまずウネを見て、かぶりを振ったのを確認するとフラを見て、また同じ反応。最後にそのヨコも首を振り、誰も聴いてすぐの状況なら、不明瞭や矛盾しているところはないと言いたげだ。


「……そうか。ただまあ、なかなかすぐには分かんねーこともあるだろうし、訊きたくなったらまたいつでもいいからな。遠慮はお互い無しだ無し」


 これにてサイ、ウネ、ヨコ、フラ視点での行動経路を一通り話終える。時間は一刻と進み、すでに10分を刻む。

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