第34話 深淵なる闇騎士

「はぁ」


 ため息を一つ漏らす。


「しゃあねぇなあ」

 

 ここは選択肢は一つしか無さそうだ。


 右手の刀を後ろに回し、左手のヘルムを持ち上げる。

 首元の剣に力が入ったが、気にせず左手を差し出した。


「……」


 骸骨騎士の動きが止まる。

 巨大な剣が首から引かれ、地面に突き刺さる。


 マジかよ、あの剣、石畳に刺さるんだ。

 恐怖で思わず手を引っ込めて逃げたくなる誘惑を抑え込んで、手を前に出し続ける。


「ガハァ」


 声にならない吐息が骸骨騎士の口から洩れ、巨大な体躯がこちらに屈んでくる。

 いやあ、怖いわ、これ。


 両手がゆっくりと伸びてきて、しっかりと掴んだ。

 こちらは手を離し、一歩下がる。

 ここで右手の刀を振って首を落とせたら面白そうだけど、失敗したら間違いなく死ぬな。

 それ以前に打ち付けた背中と膝に力が入らないので、確実な一撃を出せそうもない。

 

 骸骨騎士がヘルムを両手で捧げるように持ち上げると、頭蓋骨へと被せた。

 首回りを確かめるように触ると、大剣に手を伸ばす。


 おいおい、ここで一刀両断ですかあ、それは勘弁して欲しいなあ。

 視界の隅で、鈴鹿が前屈みになって肩を前に出したのが見える。

 危なくなったら、鈴鹿が何とかしてくれそうだと思うと、ちょっと落ち着いた。


 ふっと息をつくと、刀を鞘に納める。

 それを見て、骸骨騎士の手が止まった。


 小さく肩をすくめてみせる。


 一瞬後、骸骨騎士も器用に肩をすくめた。

 そして大剣を引き抜くと、背中に回し、カチンと音がした。

 どうやら、背中に剣を留める機構があって、そこにはめ込んだらしい。


「今日はこれで終わりにしていいか? そろそろ腹が減ってきて帰りたいんだ。うちの子もあそこで心配しているしな」


 手で鈴鹿を示すと、骸骨騎士が小さくうなずく。

 きびすを返してじっと静かに待っていた馬へと向かい、手を鞍に掛けてあぶみに足を乗せ、軽々と馬上の人、いや骸骨になる。

 そういや、中身が男性だったのか女性だったのか頭蓋骨だと分からなかったなあ。


 騎士が鞍の辺りを何か探って、手にした物をこちらに投げて来た。

 慌てて受け取ると、片手を上げて迷宮の奥へと去って行く。


 暫くそれを見送ると、ヘタヘタと腰から崩れてその場に座り込む。


「はぁ~~~」


「ぬし殿、大丈夫かや?」


 鈴鹿が慌てて駆けよって来る。

 手にした物を見ると、そこにあったのは一振りの武骨な短剣だった。


「短剣じゃの」


「ホントだ」


 引き抜いてみると、シンプルな外装に比べて中の刀身はまるで氷のように冴えた光を放っている。


「これは業物わざものじゃよ」


「これはくれたってことかな」


「じゃろうの」


「でも、何で?」


「さて、兜を返したからかの。おぬしは見えてなかったじゃろうが、兜が落ちた時の奴の慌てっぷりはなかなか見ものじゃった」


 え、骸骨騎士慌ててたんだ。

 それはちょっと見たかったな。


「顔を見せるのを嫌がったのか、それとも一揃いでないと何か問題があるかは知らぬが、奴もまさか兜を取られるとは思わんかったのじゃろ」


「まあ、何にせよ腹が減ったから帰ろう」


「うむ、そろそろ紅葉達も起きておるかもしれんからの」


  ×  ×  ×


 買取窓口で呆れられながら魔石を売ると、5千ポイントほどになった。


 購買でいらない武器も売って、ついでにあの謎の髑髏面を見せると、そこそこの防御力と食いしばりスキルが付いている装備だと言われた。

 要するに、HPが無くなるような攻撃を受けると、面が肩代わりしてくれるそうだ。

 まあ、魔法耐性が皆無な上、初級迷宮だとスケルトンだと誤認されて他の生徒から攻撃を受ける可能性があるので、売った方がいいと言われたので、速攻売り飛ばす。

 3千ポイントを提示されたら、そりゃ売るよ。

 というか、そんな御大層な効果があるなら、さっき迷宮で使っていれば良かった。

 なら、一撃だけでも耐えられて、他にやりようがあっただろうに。


 これで、大体残高が1万ポイントを超えたので、二人が起きてお腹が空いていても食べつくされることはないだろう。


 多分。


「ああ、そう言えばこれ幾らぐらいになります?」


 骸骨騎士から貰った短剣を見せる。


「どれ、見てもいいかい?」


「はい、どうぞ」


 武器屋の店員さんが短剣を引き抜き、ほぅと息を吐く。


「これは、かなり良い物だね。初級上層辺りで手に入るような物じゃないんだけど」


 巨大な全身甲冑の骸骨騎士と出会ったと話すと驚かれた。


「それは『深淵なる闇騎士』だね」


「おおう、なんて中二病な名前」


「普段はもっと深層にいて、たまに彷徨える怪物ワンダリングモンスターとしてあちこちに出るけど、それと出会うなんて災難だったこと」


「いやもう疲れましたよ」


「でもこんなのを手に入れるなんて、倒したんじゃないんだろ」


「ええ、ある程度戦ったらくれました」


「ふむ、深層が誰も来ないから、暇で遊びにでも来たのかね」


「遊び、ってモンスターに感情とかあるんですか?」


「分からないけど、ごくまれにルーチン以外の行動をとるのはいるね」


 どうやら同じ敷地内にある研究所ではそういったモンスターの生態や行動なんかも調べているらしい。

 迷宮とモンスターが何なのか、いまだにそれは分かっていないそうだ。

 

 なお短剣は買取り拒否された。

 骸骨騎士が意味があって渡したのだろうから、持っていた方が絶対にいい、と。

 まあ、元々売る気も無かったけど。


 ついでにコンビニに寄って、鈴鹿のおやつと、二人が目を覚ました時のためにゼリー飲料、サラダチキンとかちょっとした非常食を買って部屋に戻った。

 予想以上に長い一日だよ、全く。

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