第32話 黒騎士との死闘

 返事代わりに馬の上に乗っていた騎士が、その巨体にも似合わず、ひらりと軽やかに馬から飛び降りて来た。

 金属甲冑を身にまとっているのに、着地の時に音一つ立てなかったのが、熟練を感じて背筋が寒くなる。


 とんでもない手練れだ。


 そういえば、さっきから戦っている時も音はしなかったな。

 注意力が足りてなかったか。


 馬から降りて来た騎士は、一歩前に踏み出し、両手を左右にだらりと広げ、大剣の先を地面すれすれに向けている。

 右手一本で握っていたのを、左手を柄頭に添えると左足を大きく前に出し腰を落とすと、まるで物を投げる時のように大きく振りかぶった。

 初めて見る構えだ。

 まるで歌舞伎役者が見得を切っているようにも見える。


 相手の殺気が増す。

 形を持ったような濃厚な殺気に、思わず一歩下がりそうになる。


「斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、と足進め先は極楽、か」


 柳生石舟斎か宮本武蔵が詠んだ兵法歌らしいが、親父の漫画コレクションで読んだぜ。

 もっと分かりやすく言えば「男だったら、苦しい時こそニヤリと笑え」ってな! 


 歯をむき出して笑みを大きくすると、大上段の構えのまま、じり、と足の指一本分前に進む。

 こんな時、底に短冊状の鉄板が入った学校指定の靴だと、足裏の感覚が悪い。

 これは後で靴での動きを練習した方がいいな。


 はっと気が付く。

 後の練習を考えているなんて、ずいぶんと余裕があるじゃないか。


 やはり、ニヤリと笑うのが正しかったのか。


 いつの間にか委縮していた心が解き放たれ、相手の動きを見る余裕が生まれている。


 まだお互い間合いには遠い。

 相手が長柄武器、薙刀だと思って突っ込むしかないな。

 

「やあああああああ!」


 腹の底から声を絞り出すと、勢いを乗せて刀を振りかぶったまま駆け出す。

 右腕を大きく引いた騎士が、大剣を振り下ろしてきた!


「伸びた!?」


 いや違う。

 左手一本であの巨大な剣を振ったんだ。

 後ろに引いた右手で振るのではなく、前に出した左手で振る。

 威力は落ちるかもしれないが、それは剣の重さで相殺できるし、柄の一番後ろを握っているので、こちらの剣と同じぐらいの長さがある柄の分だけ剣が伸びてきた。

 

「だが、そんな腰の入ってない斬撃にやられるかよ!」


 今度も真っ直ぐ頭上に落ちてくる斬撃だ。

 だが、同じようには避けない。

 半歩だけ右にずらして斬撃をすれすれで避けて、勢いのままに踏み込み、刀を叩き込もうとするがそこで愕然がくぜんとする。


「隙が無い!」


 向かい合った左腕が伸ばされているが、見える全てが装甲で覆われている。

 弱点である関節が内側に隠されていて狙えない。

 首筋ははるか上にあって、届かない。

 自分の頭の位置にあるのは、相手の股間だが、伸ばされた左腕と大剣が邪魔になって狙えない。


「だが、そこだ!」


 足を止めずに更に加速して、相手の脇を通り抜けるようにして太ももの後ろに刀を叩き付けた。


「硬ってぇ!」


 装甲がない太ももに明確に斬り込んだのに、派手に弾かれた。

 弾かれつつも、足を止めずにそのまま右に駆け抜ける。

 騎士の腕が引かれて同時に大剣も戻ってきてこちらを追撃してくる。


「クソが! ハルバードを潰したのはこのためか!」


 ハルバードが使えれば、斧の部分で装甲の上から殴るのでも、ピックや槍で突き刺すのもできただろうに。

 もう一本ハルバードがマジックバッグに入っているが、取り出している余裕はない。


 いや、さっきの太ももの硬さからすると、隙間を突き刺してもダメか?

 もし中身がこの階層の他のモンスターと同じようにスケルトンだったら、槍は効かないだろう。


 他のスケルトンと同じように、真っ二つにするか頭蓋骨を粉砕するしかない。

 だが、どうやって?


 思考が堂々巡りし始めた。


「ええい、やめだやめだ、小難しいこと考えている暇があったらひたすら斬る。斬れなかったら斬れるまで斬り続ける、それでいいじゃねえか!」


「これだからぬし殿は脳筋なのじゃよ」


 横から鈴鹿の呆れた声が聞こえる。

 仕方ないじゃん、そういう性分なんだから。

 小難しいこと考えたって埒が明かないなら、その間に殴れって親父も言ってたし。


 刀を構え直すと騎士に向き直る。

 騎士も剣を肩の高さで垂直に掲げて、こちらに向き直っている。


 ちょっと野球のバットを握るのに似た構えで、西洋剣術では「屋根の構え」というらしいが、巨体と長大な剣からするとまさしく屋根の上から剣が落ちてくるようなものだ。


 じり、と足先を踏み込む。

 

 まだ間合いが遠い。

 向こうは打ち込む様子を見せていない。

 

 まだだ、まだ。


 更にじり、とつま先を動かす。


 相手に気配も息遣いもないのが辛い。

 心の動きが全く読めないじゃないか。

 

 目で見るんじゃなくて、心の目で相手の動きを察しろ、それが「観の目」を強くすることだって言うけど、全然分からない。

 

 その瞬間、皆無に近かった相手の気配が膨れ上がるのを感じた。

 殺気を出してくれるなんて、サービス精神旺盛だな。

 実に助かる。


「そこだ!」


 相手の打ち込んでくる剣筋の真下に体を突っ込み、剣が振り下ろされる前に、身長差から一番攻撃が届きやすい腰骨の辺りへと裂帛れっぱくの気合と共に思い切り刀を叩き込む。

 今度は弾き返されることなく、刀が通ったような感触がした。


 だが、まだ浅い。


 そのまま相手の左側に抜け、刀を回すようにして体ごと振り抜く。

 振り切った刀を手首を返して下から斬り上げる。

 今度は気合が足りなかったのか、甲冑で滑ったような感覚があった。

 

 骸骨騎士が空振からぶった大剣を右手ごと横へと振って来るので、その手首に合わせて斬り落とすつもりで気合を入れてもう一度振り抜いた。

 今度は斬れたか? 


 確認する前にすっと大剣の間合いから身を引いて、両足を揃えると顔の前に刀を立てて構える。

 

「何だよ、斬れるじゃねぇか」


 僅かにだが、相手の甲冑に線が入っており、そこから目の部分から見えるような赤い光が漏れている。

 斬れるなら何とかなる。

 いや、何とかする。

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