第26話 二階から三階へ

 なんか色々あったが、全員落ち着いたようなので、探索を再開する。


 二階も一階と見た目はほとんど変わらない。

 薄暗い荒削りの石の洞窟で、ぼんやりと足元近くが光っているだけだ。


 スンと鼻を鳴らす鈴鹿。


「二階は気配が多いの」


「暫く誰も掃討していないってことか」


「恐らくの」


「えっ、何、そんなこと分かるの?」


 勢いよく史織が食いつくのに、やや困惑して返す鈴鹿。


「うむ、慣れればおぬしらもできるようになる……と思うぞ」


「鈴鹿ちゃん、すっごいじゃん!」


 また史織が鈴鹿に抱き着き、クルクルと回し始めた。


「やーーめーーるーーーーのーーーーじゃーーーーーー」


 紅葉が何か言いたげにこっちをじっと見ているが、やりませんよ?

 さっきのは事故ですから。


 鈴鹿を取り戻すと抱き着いてきたので、そのまま肩車すると、今度は史織がじっと見ている。

 だから、やりませんって。


 二階のゴブリン相手なら、警戒するほどのことはないし、罠もないので最短ルートを進む。


 手帳によれば出てくるのはほとんど単体だが、武器が多少良くなっている。

 と言っても、せいぜい古びた片手剣、人間サイズにすれば少し長い短剣程度だが、もしくは錆びた鉈か斧だ。

 まれに二体同時に出る場合もあるが、その場合は短剣かこん棒らしい。

 そろそろこん棒以外を相手にさせても大丈夫かもしれないから、経験を積ませておこう。


 単調な石畳をしばらく歩くと、先にゴブリンがいるのが見えた。


「二階、最初の敵ですね」


 紅葉がロングメイスを強く握り直す。


「武器は片手剣だな……よし」


 その辺りに落ちてた小石を拾い上げる。

 今度はさっきの教訓に習って、本当に小さな石だ。


「ホントに大丈夫~?」


 紅葉と史織が心配そうに見ている。


「まあ、見てろって」 


 距離は教室二つ分ぐらいだろう。

 手首のスナップだけでゴブリンの武器に向かって小石を投げる。


「うわぁ、右手がちぎれ飛んだ」


 ドン引きしている二人。

 おかしい、軽く投げただけなのに。


「まあ、これで楽勝になったから攻撃のチャンス!」


 ゴブリンが腕を抑えてうずくまっているので、二人が小走りで近寄って攻撃すると、あっさりと粒子になった。

 

 大きなナイフ程度の錆びた片手剣を拾い上げる。


「これはどうする?」


「売れるの?」


 史織が興味津々で受け取って軽く振っている。


「鉄くずとして、キロ50ポイントにしかならないけどね」


「うぇぇ、全然ダメじゃん」


「なので、自分で使わないなら普通は捨てていくそうだ」


 紅葉が困ったように史織と顔を見合わせた。


「史織ちゃん、それ使う?」


「いらない」


 即答だった。


「そうか」


 剣を勢いよく投げる。

 投げるというよりは、投擲すると言った方が正しく、風切り音を立てて飛び去り、遠くで何かに突き刺さる音がした。


「「えっ」」


 硬質な物が落ちる音が響く。


「あの……今のは?」


「ああ、ゴブリンがいたので剣を投げたんだが……」


「一撃で倒れてしまったな」


 鈴鹿が笑いながら魔石を拾ってくる。


「これでは鍛錬にならぬではないか」


「そうだな、もう少し気を付けないと」


 二階も20分ほどでクリアして、三階へと向かう。

 このペースで進めば、予定通り2時間で踏破するのは余裕だろう。

 三階からは、複数出てくるのが当たり前になるらしいが、強さはたいして変わらない。


 結論だけ言えば、二人はサポートさえすれば、三階も余裕だった。

 これ、他のクラスメイトもどんどん先に進めるんじゃないか?


「いえ、一体を押さえつけて、残りの一体からも武器を奪った状態をサポートとは普通言わないと思います」


「そーそー、警棒じゃあちょっとやそっと殴っても全然効かなかったんだよ」


 史織が口を尖らせる。

 紅葉と一緒に授業を受けた時に戦ったが、全然効かなかったと文句を言っている。


「あの……お二人の手助けに加えて、このメイスが凄いんだと思います」


「この槍もチョー強いし」


 ロングメイスと槍を見せる二人だが、それ初級迷宮のスケルトンから手に入れた武器で、武器屋さん曰く店売りの初心者用と大差ないそうだ。

 だから、他の生徒も武器屋で買えるようになれば、ゴブリンぐらい楽勝だと思う。


「いや、だからそれが大変なんだって」


 史織の頬っぺたがリスのように大きく膨らんだ。


「それに基礎とはいえ、戦い方を教えて頂きましたから」


「そだよ、槍とか紅葉ちゃんの棒、何だっけ」


「ロングメイスです」


「それそれ、どっちもちょっと離れた所から戦えるのって楽じゃん。何で学校も最初から長い棒にしてくんないんだろ」


 多分、剣とか刀の希望者が多いんじゃないかな。

 史織も刀に興味津々だったし、浅茅先生が言ってた、刀がドロップする羅城門迷宮とかが大人気って、やっぱり使いたい人が多いんだろう。


 でもなあ、日本刀は殴るだけなら楽だけど、ちゃんと刃を立てて切るのは意外と面倒なんだよな。


 クソ親父に木刀の次に脇差を渡されて家の裏で竹を切るように言われた時は、何度失敗したか。

 まず竹に刃を食い込ませるだけで一苦労で、しょっちゅう弾かれていた。

 ようやく食い込むようになっても、全然切れやしない。

 最後には脇差曲がったぐらいだし。


 曲がって鞘に入らなくなったのを見せたら、爆笑されたっけ。

 ほっとけば直るって言われて、床の間に置いておいたけど、本当に直るのか心配でしょっちゅう確認しに行ったなあ。


 結局ネットで色々調べて、小指、特に左手が重要なんだって分かるまで、二振りダメにしたっけ。

 腕も右手で振るんじゃなくて、主に左手に力を入れるべきだってのも。


 これが分からないとちゃんと物が切れない。

  

 学校でちょっと剣道をやったけど、あれは「斬る」じゃなくて「打つ」から小指に過度に力が掛からないようにむしろ敢えて外したりするので、全然役に立たなかった。

 

 ちゃんと切れるようになるまでは、かなり練習が必要だけど、この学校でそこまで教えるんだろうか。

 西洋剣も鈍器じゃなくちゃんと刃があるし、切っ先から2~30㎝ぐらいの所にある物打ちでちゃんと切れるようになるのは相当な熟練が必要らしいけど。

 日本刀も西洋剣も物打ちと呼ばれる、打ち込んだ時にほとんど衝撃を感じないで、スッと切れるポイントがある。

 野球のバットの芯や、テニスラケットのスイート・スポットと同じようなものだ。

 面倒なのは、それぞれの刀や剣で場所が異なっており、何度も試して見つけ出さないとならない。


 まあ、刀も剣も鋭利な刃物だから当たれば相手にダメージを与えるし、ちゃんと切れなくても鋼の棒で殴ればそれなりの効果は出るから、それでいいのかもしれないな。

 多分弱っちいゴブリンを相手にして、近距離で殴り合う度胸を付けさせるのが目的なんだろう。


 単純に切るだけなら、遠心力を利用した長巻とか薙刀の方が楽なんだよな。

 それとも今のところは広い通路ばっかりだけど、長柄武器が振り回せないような狭い場所とかあるのかな。

  

 そういや、授業の武道って、普通なら剣道とか柔道なんだろうけど、ここは普通じゃないし、古武術とかあるならちょっとやってみたい。

 自分のはネットで覚えた我流だからなあ。


 そんなことを考えながら二人をサポートしていると、目の前に階段があった。

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