第17話 情報と迷宮手帳

 初級情報書庫に入ると、こちらもきちんと整理されているが、市販の書籍ではなく簡易製本されただけの冊子やコピーを綴じただけの資料が多い。

 司書さんによれば、初級迷宮概略は入ってすぐの所にあるというが……あった。

 冊子かと思ったら、きちんと製本された重そうなハードカバーで、やたら立派だ。

 隣には職業スキル概説というのもあったので、一緒に取り出して部屋から出ると、鈴鹿もお目当ての漫画を大事そうに抱えてやってきた。


 一緒に閲覧室に戻ると、先客は誰もいなかったので適当な席に座って本を開く。

 暖房が無いから底冷えするので、鈴鹿に膝掛けを渡しておく。


 鈴鹿も足をぶらぶらさせながら嬉しそうに漫画を読み始めた。


 初級迷宮概略の目次を見て、地図と出現モンスターをざっくりと確認する。

 初心者用迷宮と初級迷宮の地図と情報が公開されているのは、さっさと中級以上に進ませたいという学校側の思惑が見てとれるな。


 最後の方にチラシが挟んであるので何かと思ったら、この本の要点と地図を纏めて、書き込みも可能にした迷宮手帳の宣伝だ。

 購買で販売中と書いてあるので、後で買っておこう。

 

 と思ったら、9,800ポイントか。

 昨日の稼ぎだとちょっと足りないから、武器を売って今日も迷宮に入って稼ぐとするか。


 手帳には他にも職業スキル概説の簡略版など、最低限必要な内容が書いてあるみたいだ。

 魔法の説明は別らしく、そこはちょっと残念。


 しかし、これって最初から全員に配った方がいいんじゃないか?

 それとも迷宮学とかの授業でやるのかな。

 後で副担任か店員さんにでも聞いてみよう。


 隣でぱたんと本を閉じる音がした。

 魔法は調べられなかったが、鈴鹿が漫画を読み終わったし、そろそろいい時間だから戻るか。


 本を戻して司書に礼を言って外に出る。


「うむ、楽しかったのじゃ」


「良かったな、時々読みに来よう」


「必ずじゃぞ!」


「約束するよ」


 喜んで繋いだ手をブンブンと振りながら歩く鈴鹿。

 まるで見えない尻尾が勢いよく左右に振られているようなのが微笑ましい。


   ×  ×  ×


 午前の授業はほとんどオリエンテーションだったのに、午後は概要とは言え、もう迷宮学が始まっている。

 しかし、迷宮手帳の話は出なかった。

 後で副担任に聞いてみよう。

 その代わり、初心者用迷宮に登場するゴブリンの傾向と対策、一階の簡単な説明があった。

 とっくにクリアした迷宮だが、考えてみると入り口周辺はどうなっているのか知らないので、ちょっと楽しかった。


「昨日の実習の通り、倒すのには最初は苦労するのは分ったな。だからパーティーを組んで、きちんと連携して戦うのが必要だ。今の段階では各人何が得意かは分からないのも多いだろう。そのためにも実技訓練はしっかりと受けるように」


 担任の説明を聞き流しつつ、手帳を買うにはポイントが足りなかったので、図書館でコピーしてきた初級迷宮の概略を読み直す。

 一階二階はスケルトンが出現して、三階四階は虫、ちょっといやだな、実家の蜂みたいなのかな。

 五階からは概念生物……なんだろう、これは。


「ゴブリンの弱点はその小ささと力の弱さと頭の悪さだ。だが小さいのは奴らにとってメリットでもある。発見されにくいんだ。だから奇襲を仕掛けてくることがあるから気を付けるように」

 

 今までの説明からすれば、基本的にこの学校は、生徒を迷宮から資源を持ち帰るハンターに仕立て上げるのが目的だ。

 迷宮なんて存在自体が夢物語だと思っていたが、こうやって現実に存在して、しかも魔石をポイントで買い取っている。

 昨日ちょっとした説明は受けたが、本質的に魔石を何に使うのかは分からない。

 魔石は貴重な資源で、他にも地上には無い鉱石や資源、どんな病気でも治すような想像を絶する薬なんかも見つかるらしい。


 そんなのは興味が無い。

 ここに来たのは鈴鹿を大きくするためで、学校や企業、国が何を考えているかは、自分と鈴鹿の邪魔さえしなければどうでもいい。


「それにゴブリンは狡猾だ。奇襲だけではなくあらゆる卑怯な手段を使ってくると思え。先の階だと正面から戦っている間に横から奇襲を受けることもある」


 早く自分たちが苦戦するような、そして明らかに経験になるような敵と戦いたい。

 血沸き肉躍り、一心不乱にひたすら相手を切ったり切られたり、一寸の見切りで相手の攻撃をかわし、首の皮一枚どころか肉まで切らせて相手の骨を断つような、刀折れ矢尽きれば腕で、腕が折れれば歯で喉笛を食い千切るような戦いを。

 屍山血河しざんけつがを築き上げ、累々と敵の屍を積み上げるような戦いを。

 

 その先に神話となるような鬼がいるのだろう。

 いにしえに語られる大江山の酒吞童子のように。

 そして、鈴鹿のために倒すべき鈴鹿山の大嶽丸おおたけまるも。


 ああ楽しみだ。


 迷宮が気になって気になって窓の外に視線をやると、恐らく隣のクラスだろうが迷宮から戻って来るのが視界に入って、高揚していた気分が鎮まる。

 何人かが疲れた様子で肩につかまって歩いているので、結構苦戦したのかもしれない。


 午後はこうやって回り持ちで1クラスずつ初心者用迷宮を体験させて、それが木曜まで掛かるので、自由に入れるのは金曜以降か放課後だ。

 一応、各クラスが入っている時も10分ぐらいして門が解放されると入れるが、入り口近くは実習用ルートになっていて通行禁止らしい。

 まあ、我々は初級迷宮に入るから関係ないけど。


 迷宮学の授業が終わると、今度は教室から出て学内の色々な施設の説明を受けた後、グラウンドで解散となった。

 ヤンキー君とその舎弟っぽいのがレンタルの警棒を手に迷宮へと走っていく。

 他にも何人かが顔を見合わせながら三々五々向かっているので、我々も行くか。


 先に門に着いた生徒たちが、興奮したように門を潜っていく。

 足元の円が光ると、円に吸い込まれるように消えた。


 なるほど、あんなふうになっているのか。


 門の前に並んでいる生徒たちがいなくなったので、生徒手帳をタッチして迷宮へと入る。


 前回は出口まで歩いて戻って来たので、やはり同じ入り口側の部屋へと飛ばされた。

 毎回毎回ここから出入りするのは面倒だ。

 脱出アイテムを使う理由が良く分かる。

 今度、値段を見ておかなきゃな。

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