第15話 八門遁甲と教室

 翌朝、目が覚めたら鈴鹿がこっちのベッドに潜り込んでいた。

 そう言えば、実家でも母親たちの誰かと一緒に寝ているのが多かった気がする。


 起こさないようにそっとベッドを抜け出して顔を洗っていると、鈴鹿も目を覚ましたので身支度の手伝いをして、歯を磨いてやる。

 髪をとかして、ジャージーに着替えさせると肩車をして、朝日に照らされて空気が冷たい外へと出る。


「うみゅーまだ寒いの」


「標高が高いからね」


 氷点下とは言わないが、気温は二桁にはなっていないだろう。

 準備運動をすると、鈴鹿を肩車して寮から校舎に向かって軽く走る。

 中央通りから購買を通り過ぎ、迷宮門に向かう。


「これから迷宮に入るのかや?」


「うーん、1時間くらいは入れそうだけど、今はいいかな」


 買取窓口の前を過ぎて、迷宮門の横を越えてもまだ道は続いている。

 丘を登ると、思わず足が止まった。


「うわぁ……」


 そこには、すり鉢型のくぼ地の中心に複雑な形をした鳥居の集合体というか、ストーンヘンジというか、不思議な構造物があった。

 八角形のそれぞれの面に、形と並びが異なる鳥居のようで鳥居じゃない木の柱が規則性正しく立っている。


「恐らくあれは八門遁甲陣っぽいナニかじゃな」


「っぽい、って」


「伝説では、三国時代の軍師諸葛亮が石で作った迷路とも、遥か太古の中華に伝わる吉凶を占う術とも言われておるが、こんなのは見たこともないのう」


「行ってみるか?」


「やめた方が良いじゃろう。幾つかは物凄く悪い気を発しておる」


「誰かに聞くか、そのうち授業でやるのを待つかね」」


「うむ、ちゃんと調べてからがよかろう」


 鈴鹿の言葉に頷くと、回れ右をしてランニングを続ける。


  ×  ×  ×


 寮に戻って、軽く汗を流すと朝食の時間だ。

 今日は洋食で、バゲット、バターロール、食パンなどのパン、オムレツ、ウィンナーソーセージ、サラダにスープとホテルの朝食のようだ。


「ご飯でないと力が出ないような気がするのう」


 皿にパンとソーセージを山盛りにした鈴鹿が、ぼやきながら半分に切ったバゲットをもふもふかじっている。

 鈴鹿は昔から米のご飯が好きだったな。

 パンやパスタのような麦の食べ物だと、どうも物足りないらしい。


 それでも綺麗に食べてトレイを下げると、寮母さんが嬉しそうに見送ってくれた。


 制服に着替えて、また肩車で校舎へと向かう。


「おはようなのじゃ!」


 鈴鹿が元気に挨拶をして1年B組の教室に入ると、ざわざわしていたのが突然静かになる。

 視線が飛び交い、その中からツンツンした頭の金髪ヤンキーっぽいのが、ポケットに手を突っ込んだままこっちにやって来る。


「おめぇよぅ、昨日どこ行ってた?」


 おお、何か絵に描いたような古典的なヤンキームーブ。

 こんな風に絡まれるなんて、青春だ。

 ちょっと感動する。


「迷宮じゃよ?」


 しれっと鈴鹿が答えるが、そうじゃねえ、と言いたそうなので、後を引き取って説明する。

 可愛い鈴鹿にヤン菌がうつったら大変だし。


「昨日か。あれはびっくりしたなあ、転送されたと思ったら周りに誰もいないんだ。先生もいないし、辺りは薄暗いだろう? 仕方ないから、適当に時間を潰していたら門に戻ってたよ」


 大げさに困惑したようなポーズを作って説明する。


「あぁん?」


 どうも説明に納得して貰えなかったのか、斜に構えたまま近付いて来る。

 さり気なく鈴鹿を自分の席に座らせ、踵を浮かせつつ片足を軽く引いてすぐに動ける態勢を取った。


「シッ!」


 いきなりヤンキー君の右足がヤクザキックの要領で伸ばされた。


「おっと危ない」


 足を半分だけ動かしてキックをギリギリで避ける。

 剣吞な目つきになるヤンキー君。


「今のを避けたな? てめぇ、何かやってただろ」


「偶然だよ、偶然」


 睨んでくるヤンキー君だが、昨日のオークほどの迫力もない。

 実家のウサギの方がよっぽど凄みがあったぐらいだ。

 笑みを浮かべたまま、半歩前に出るとヤンキー君が下がる。

 腰の横に据えてあった手を僅かに動かすと、ヤンキー君がビクッとした。


「んだぁ、やる気か?」


 そこに始業を知らせる鐘が割り込んできた。


 ほっと息を抜いたヤンキー君が、肩を怒らせながら捨て台詞を吐いて自分の席へと戻って行く。


「……ふん、あんまりナメんじゃねえぞ」


 教室内に漂っていた緊張感が消えた所に担任が入って来たので、慌てて席に着く。


 今の席は五十音順で窓側前から二番目だが、そうなると鈴鹿が自分の後ろで前が見えなくなるので、席を入れ替えて三番目になっている。

 一番前は浅井さんという割と平凡な女子で、ハラハラしながらヤンキー君を見ていた。

 まあ、こっちが蹴られてぶつかったりしたら嫌だろうし、それは仕方ないか。

 後ろの席は……あー、忘れたが、影の薄い男子が慌てて席に座っている。



 午前中はまだ本格的な授業ではなく、昨日に引き続き今後の授業や生徒手帳の使い方、その他諸々の設備などの説明、特に迷宮に入る重要性が語られた。

 授業や試験でいい成績を収めるよりも、迷宮で沢山ポイントを稼ぐ方が学校の評価は高いそうだ。

 個人的には一日中迷宮に籠っていたいが、流石にそれができるのは休みの時か、特別に許可を貰った時だけらしい。

 ちょっと残念だ。


 それと知らなかったのだが、うちの学校、正しくは泉開坂学院大学附属高校で、同じ敷地内に大学や迷宮研究室もあるらしい。


 そんな説明がダラダラと続き、そろそろお腹が空いてきた。


「よし、今日はここまでだ」


 直後、昼休みを知らせる鐘が鳴ったので学食へ向かう。

 昨日の昼食はお弁当が出たので、学食は初めてだ。

 鈴鹿もワクワクしているようだ。


  ×  ×  ×


 豪華だが落ち着いて品格がある調度品が置かれた部屋に、部屋に調和したソファーが置かれている。

 部屋の奥側にある長椅子には、名工が魂を込めた日本人形としか表現のしようが無い美少女がゆったりと自然体で座り、反対側には金髪縦ロールツインドリルのマッチョが悠然と座っている。

 日本人形の後ろには、思わずセバスチャンと呼びたくなるような、無駄のない引き締まった長身に銀髪をオールバックに撫で付け、彫りの深い顔に片眼鏡モノクル、豊かな口ひげ、見事な仕立てで体にフィットしたモーニングをピシッと着こなした執事が、お茶の用意をしている。

 

 日本人形の前には、利休好みの黒茶碗に入った抹茶ラテが置かれ、マッチョの前には同じ漆黒のウェッジウッドのブラックバサルトのデミタスに入ったプロテインが、僅かな揺らぎもなく静かに置かれた。


 静かに黒茶碗を口に運んだ日本人形が、静寂を破る。


「副会長、新入生を見に行ったそうだな」


 マッチョがごつい顔に似合わない柔和な笑みを浮かべた。


「初心者用迷宮初日で転送事故の上、平気でクリアして帰って来たなんてトンデモな情報が入ったのよ」


 今まで興味なさげだった日本人形が、小さく片方の眉を上げる。


「それは私でも行くだろうな」


「でしょう?」


「で、どんな奴だった?」


「びっくりしたわ。こーーーんなちっちゃい可愛い子で」


 マッチョ副会長が、テーブルのちょっと上あたりを手で示す。

 日本人形の眉だけではなく、目も僅かに上がった。


「幾ら何でもそれは小さすぎだろう」


「事実よ」


「そのちっちゃいのが一人で制覇したのか?」


「いいえ、兄と称するのと一緒ね」


「ふむ、そいつが強いのか?」


「どっちもよ。両親は学院の卒業生、ってことになってるわ。確かに名簿にはそれらしい名前が載っていたけど、詳細はトップシークレット扱い」


 黒茶碗が揺らぎ、僅かに音を立てる。


「……それは、両親は超越者オーバー・ボーダー以上ということか」


「ええ、しかも恐らく妹の方は『迷い者』よ」


「迷宮限界の向こうに行った人間が修行を付けた子供なら、初心者用迷宮ごとき楽勝で踏破するか。しかも『迷い者』を連れて……ここで何をする気だ?」


「さて、手の者の情報では『強くなりたい』らしいわ」


 眉間にしわを寄せ、腕組みをする日本人形。


「強く、か。それはどこまでなんだ? 何を求めて強くなりたいんだ?」


「どうします?」


「生徒会に誘ったら入りそうか?」


「さぁ?」


 マッチョが肩をすくめる。

 

「勧誘しろというなら、他の人を送った方がいいわ。生徒会長殿」

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