第3話 魔女と闇鍋

「魔女狩りってあるじゃん? 昔の魔女は色々やらかしてたらしくてさあ。魔女って、和を重んじるっていうかパーティー大好きでノーパーティーノーライフな生き物なんだけどね。パリピ極めてるみたいな。パーティー極めてパーティーで不思議な力を得てるの。まあ昔は集会で乱交したり、子ども食べたり、結構ヤバいことしてたらしいんだよねぇ。それで迫害されちゃったんだ。なんでビッチってだけで殺されないといけないのかなあ。子ども食べるのは悪いけどさ。かわいそう。まあ、昔の魔女も調子乗りすぎたって思ったんだろうね、だんだん丸くなって、最近の集会じゃあ自然由来のありがたいお香でちょこっと気持ちよくなるくらいになったの。、ね?」


 話が見えてこない。九重マリは電波系ヒッピー少女だということだろうか。少なくとも私とはまったく違う人間だということはわかった。いや、そんなことは、はなからわかっていたが。


「まあ、そんな感じで私たち今は慎ましやかに生きてんの。社会に溶け込むために涙ぐましい努力を重ねてるわけ。魔女の術を駆使してね」


 たしかに九重マリが転校してきてからクラスに馴染むまでの早さは尋常ではなかった。


「魔女が今もいるように、魔女狩りもあるんだって。魔女ってばれたら困るの。だからあの手この手で学校の子たちが私と仲良くするよう仕向けてるのにさあ。チナミちゃんだけは全然効かないよね。……いざってときを考えると困るんだよ。チナミちゃんみたいなのがいると。和を乱されちゃあさあ。日本人なら和を以てたっとしとしてよ」


 九重マリはおたまで鍋をかきまわしていた。和製の魔女。あんまり格好良くないが不気味ではある。


「チナミちゃんみたいなきにくい子にはさ、もうをやるしかないよね。12月24日の日没から日の出が一年で力が一番強まる日なの。なんか昔の冬至らしいよ。夜が一番長い日。魔女集会にはもってこいってことで伝統的に24日には盛大に集会をやるの。暦のズレで実際の冬至はもう過ぎちゃってるわけだけど、そこは伝統とか数字を重視してるんだよ。魔術だからね。……ということでチナミちゃんには特製カレー鍋を食べてもらうよ。カレーが嫌いなんて二度と言えなくなるから。カレーが好きになるし、同じくらい私が好きになる。チナミちゃんが鍋に何を入れたか知らないけど、本人も協力してるわけだから、おまじないの効果も倍増ってものだよね」

「……誕生日っていうのは」

「誕生日? ああ、うそうそ。私の誕生日4月1日だから。覚えといてよね。覚えやすいでしょ。てか、クラスの子の誕生日覚えとくのは常識だと思うけど、チナミちゃんが常識外れでよかったよ」


 常識から外れているのは私だったのか。そんなはずはない。そんなはずはないのだが。なぜかそんな気がしてしまっている自分がいる。


 特製のお香とやらに思考力が奪われ、正常な判断ができなくなっている。こんな状況でカレーを食べさせられたら、本当に好きになってしまうかもしれない。カレーが、九重マリが。


「サバ……ト」


 魔女集会サバト。とんでもないところに来てしまった。


「うそ、なんで分かったの? ……まあいいや。はい特製サバカレー鍋」

「サバトカレー?」

「うん、サバカレー。サバカレーがこの世で一番おいしいから」


 サバトでサバカレー。頭痛がする。


 お椀と箸を手渡された。


「暗くて食べにくいかもだけど」


 においを嗅ぐ。おいしそうだ。


「そんな……カレーがおいしそうなわけが……」

「ふふ、効いてる効いてる。有機栽培のカルダモン燃やした甲斐があったよ。高いんだからね」

「そんな……うぅ」


 ありえない。カレーを美味しそうだと思うなんて。カレーを前に、お腹を鳴らすなんて。


 私はカレーが嫌いだ。小学生の時、自由研究で育てたミニトマトをお姉ちゃんに勝手にカレーの具にされたとき以来、私はカレーというものを忌み嫌っている。


 私は大事に育てたミニトマトを全く気付かずに食べてしまった。カレーの味しかしなかった。


 あんなに丹精込めて育てたのに、どれほど美味しいミニトマトに育つか楽しみにしていたのに、味は全く分からなかった。


 次の日の朝、ミニトマトに水をあげようとして初めてミニトマトがもうないことに気付いた。私が愛したミニトマトたちはとっくに喉を通り過ぎて、胃に落ちていた。


 私は毎晩ミニトマトのおそらく甘酸っぱいであろう味を想像しながら眠りについていた。それだけ楽しみにしていたミニトマトの味を、カレーに奪われたのだ。


 カレーなんて嫌いだ。なんでもかんでもカレーの味にしてしまうカレーなんて嫌いだ。野蛮で、大雑把で、暴力的なカレーが嫌いだ。


 カレーのなにが美味しいものか。


 あんなものは香りと刺激が加わっただけの塩味ではないか。そのくせ素材の味を殺して、虐殺して、全部カレー味として強引にくくってしまう。あんなものをありがたがるやつは総じて馬鹿舌だ。最大公約数的に訴えかけてくる味を無造作に受け取っているにすぎない。


 魔女だかなんだか知らないけれど。いいだろう。食べてやろう。カレーなんかで私の心が奪えるものか。

 

 闇鍋をやろうと言っておいて、私に好き勝手食材を入れさせて、それを当たり前のようにカレーだと言って渡してくる。私が何を入れたか知らないのに、カレーはカレーであると疑わない。私が何を入れても結局カレーになるのだと信じて疑わない。そしてそれはおそらく正しい。カレーのそういう態度が気に食わない。


 それにしてもかわいそうなジェームス。よりにもよって下品なカレー味にされてしまうなんて。これではあの世で他のサボテンに笑われてしまう。バターソテーやおひたしにされたサボテン達が彼を笑うのだ。せめて私が胃におさめてあげないと。


 震える手で箸を動かす。グニグニしたものが箸に触った。きっとジェームスだ。恐る恐る口に運ぶ。

 

 煮られたのにも関わらず、かすかに残る弾力がサボテンとしての矜持を保っている。しかし味はカレーだ。どこかにサボテンの味が残ってはいないだろうか。サボテンの味なんて知らないけど。サボテンの残滓ざんしを求めて私はジェームスを噛みしめる。噛んでも噛んでも、カレーの味がするだけだ。カレーの味が……あれ?


「……痛い! ペッ」


 突き刺すような痛みがあった。そう、それはジェームスの最後のあがき。一応処理したつもりだったが、残っているトゲがあったようだ。


 辛さとは痛覚である。


 カレーといえば辛いもの。九重マリのサバトカレーもかなり辛い。泣きそうなほどだ。しかし、今、頬を伝う涙はカレーの刺激によるものではない、ジェームスのトゲによるものだ。カレーに飲まれまいとする必死の抵抗だ。

 

 そうだ。ジェームスはカレーに負けていない。カレーの渦の中で叫んでいる。これはジェームスからのメッセージだ。カレーに打ちてと。忌々しいカレーを食い尽くした上で、その上で嫌いだと言え、と。


 食ってやろう。サバもサボテンも。

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