第8話:悪事千里を走って危機を回避する

 私がカーネリアン少年と婚約(正しくは結婚)をして、この国に移住してから3年が経った。

 カーネリアン少年はこの3年で見るまに成長し、出会った当初こそ幼く見えていたけれど今では年相応に青年らしい体格になった。

 日本産の乙女ゲームであるこの世界は、プレイヤーにも馴染みやすいように季節は春夏秋冬の4つだし、1日は24時間で1年は12月あって365日。通貨は『Gギル』と特有の表記をしているけれどそのまんま円換算だし、長さの単位もメートル法になっている。

 若竹の如く日毎に伸びていくカーネリアン少年が面白くて、毎日身長を測っていたけれど、あまりにもぐんぐんどんどん伸びていくので途中から怖くなった。

 成長痛の痛みも治った頃に測った時には。伸びに伸びたり190cm!!伸びすぎじゃない?

 実は巨人の血が入ってるのかもしれないと本気で考えて、家系図や文献をさりげなく調べたりもした。

 結果は、巨人はしっかり存在して『亜人種』に分類され、今は絶滅危惧種として他の『亜人種』である、人魚や妖精種、獣人種などと一緒に特別隔離区で個体数管理のもと保護されている、と言うことが分かっただけだった。

 『亜人種』と名付けて入るけれど、二足歩行で人間と多少の意思疎通が可能という定義のもと名付けただけで根本的には『人間』ではないらしい。つまり、人間との交配は現状できず血が混じることはない、と。


 私は、と言えば13歳になって順当に身長は伸びているが、まだまだ幼児体型の域を出ない。

 もっとも、自分がどう成長するのかはもう2回経験しているのであまり焦ってはいない。

 14歳からは身長の伸びが活発になり始終関節を痛めながら、第二次性徴が始まる。

 乙女ゲームというより、これは『ヒロイン』と『悪役令嬢』のデザインのテンプレなのか知らないけれど…いわゆるシンデレラ体型とでもいうのかスレンダーでヘルシーなヒロインとは対照的に、『悪役令嬢』の私はなかなかのメリハリボディに育つ。

 かき集めなくても出来上がる谷間に、最初の転生では感動したものだ。

 大きい人にも大きいなりの悩みや苦労や苦悩があるのは100も承知で言うが、小さい人間にも意地と矜持があり『別に気にしてません』とは思っていても一定以上の憧れがあったのも事実。

 少なくとも日本で大学生をしていた頃は、1度くらいは『胸が重くて肩が凝る』と言ってみたい人生だった。


 閑話休題。


 ぐんぐんニョキニョキ伸びたカーネリアン少年改め、カーネリアン青年はますます大型犬になった。

 義兄はカーネリアン青年ほどではないが十二分に伸びに伸び、見上げなければ目が合わない。

 おそらく血筋なんだろう。義父は平均的〜やや高めだが、義母は女性にしては背がたい部類。おそらく公爵家が身長高めの遺伝子を有している。

 

 身長差で首を痛めそうな未来も悩みといえば悩みだけれど、目下、1番の気掛かりはこのクソ乙女ゲームのヒロイン『アイリス』が、そろそろ作中で侯爵家預かりとなる時期になった事だ。

 過去、攻略対象バカどもとどれだけ関係を良好に保っていても、知能を高め情緒を育て恋で盲目にならぬように視野を広くしておいても、彼女に関わる端からバカになっていき、最終的に私は殺された。

 しかし、今回、私は侯爵家にいない。

 それに加え、侯爵夫人は王族の目の前で実の娘を罵倒し、今まで噂程度だった娘へ態度が事実だと判明してしまっている。

 それにより、聖女ともなり得る能力を持つ少女『アイリス』の預け先として、王家は侯爵家を当然に除外した。

 子供を育てる環境にないことは、誰が見ても明らかだったからだ。


 侯爵夫人は時折ヒステリックな怒鳴り声をあげ、もういない私を罵倒する言葉を吐き、私の自室だった部屋を定期的に破壊しているらしい。

 そうして壊しておいて発作が治るように正気に戻ると、途端に娘思いな母親の顔をして『いつでも帰れるように元に戻しなさい』と、修繕の手配をして私がいた頃と寸分違わぬ内装に戻すんだとか。

 わざわざ使っていた雑貨や飾っていた好きな花、持って出ていった服も購入し『10歳の私』がまだその部屋で暮らしているように整えているらしい。


 …こわっ!!

 

 社交界でもこんな調子らしく、時には『優秀で自慢の娘』や『可愛くて将来も楽しみだ』と褒めたかと思うと、『幼いのに男を誑かした』『頭でっかちで淑女としては落ちこぼれ』『ワガママで金遣いの荒い性格の悪い娘だった』と扱き下ろす。

 褒める時は慈愛に満ちて、遠い異国の地に言ってしまった娘を心底心配して時には涙も流す。

 貶す時には目を釣り上げ、口角に泡を飛ばし目を血走らせて口汚く罵る。

 1度、侯爵夫人のあまりの言いように苦言を呈した貴婦人がいた。

 そんな彼女に向かって侯爵夫人はティーカップを投げつけ、テーブルをひっくり返し掴みかかったらしい。

 幸いにも軽傷で済んだけれど、怪我をさせたのは事実。  

 すっかり嫌厭され、誰からも誘われなくなり引き篭もっているのだとか。

 そして、発狂したかのように娘の部屋で暴れ回る。

 悪循環にしか思えないけれど、外で誰かに怪我をさせるよりは良い、と判断した侯爵は粛々と修繕費を払う毎日なんだとか。

 なぜ、こんなに出ていった家の内情に詳しいかと言うと、国を出て以来、父も兄たちも手紙を送ってくるからだ。

 最初は淡々とした近況報告とこちらの健康を気遣う内容だったが、いつしか愚痴が混ざり始めた。誰にも言えぬ事を手紙にすることで、ストレス解消になっているのだろう。

 何と言うか、嫁いだ娘はもう身内ではないに等しいと言うのを理解しきれていない気がする。

 仮にも侯爵家で、この情報に対するガバ具合は大丈夫なのだろうか?

 兄たちはともかく、父の侯爵までこうも赤裸々に内情を綴るのはどうかと思うけれど、あえて何も言わずに愚痴のゴミ箱をやっているのには理由がある。

 それが、ヒロイン『アイリス』の動向を知るためだった。

 なので、こちらとしては理由をつけて調べる手間が省けるので助かってはいる。

 彼女が現れれば兄たちからの手紙が途絶えるだろうと思っていたし、父も何かしら書いてくるだろうと思っていたけれど、そもそも『預けられない』可能性も実は予想はしていた。

 何せ、屋敷の女主人である侯爵夫人が、王族の前でいるからだ。

 私の戸籍が王家に移す際に、王家と侯爵家で顔合わせの食事会を行った時。

 食事の席、それも国王も王妃も同席していると言うのに、侯爵夫人の娘への口撃は止まらず、ついには王妃の命によって摘み出されてしまったことがある。

 そこで反省するならまだしも、他でも実害を出している以上は預け先には絶対にしないだろうと思っていた。

 

 前回の手紙では、聖女たりえる能力と属性を持った少女『アイリス』の発見と、どこかの貴族家預かりとなるだろう、と記されていた。

 今日届いた手紙には、その後の詳細が記してあったが少し気になることがあった。

 『アイリス』がどうしても侯爵家ではないと嫌だ、と主張したそうなのだ。

 他にも侯爵家はあるが、どうしてもあの侯爵家うちでなければ!!と言い張り、立候補した他の貴族たちも次第にうんざりして引取先に上げた手を下げ、結果、教会が引き取ることになったらしい。

 『アイリス』は平民出身なので、本来なら教会に行くとなるとシスター見習いから初まり下級シスターまでしか成れない。

 下級シスターおよびその見習いは、シスターとは名ばかりの教会の下働きだ。

 そして、さらに上の役職になりたい場合は、上級シスターか上級神官からでなければならず、それには貴族出身者か教会に多く寄進して入る他ない。

 神の名の下では民は平等である、と説くわりにガッツリと身分制度が入り込んでいるのが宗教の闇だ。

 仮にも『アイリス』は聖女となり得る素質のある少女なので(事実ゲームでは聖女となる)平民ではあるが、特例で上級シスターからのスタートではあるらしい。

 貴族の家ではなく教会に預けられるとなったら途端に、どこの貴族でも良い!と居並ぶ家門の当主たちに詰め寄るが、どこも目を逸らしたり露骨に嫌な顔をしてそのまま会議は終わったのだとか。

 この出来事を見て侯爵は、『いくら聖女候補とはいえ、あんな娘が我が家に来なくて良かった』と締めていた。


 勘の良いガキの私は察したね。これ『アイリス』も転生者だ。 


 私のようにゲーム知識を持っての現代からの転生なのか、『アイリス』本人が記憶持ちして死に戻ってるかのどちらかだと思う。

 もしかして、今までの『アイリス』も転生者だった?

 でも、ゲーム知識があるなら最初に転生した時の『バカどもとは普通に仲の良い悪役令嬢』に違和感を覚え、探りを入れるなりするだろう。

 それもなく問答無用で仲違いをさせて殺しにかかってきた。

 記憶持ちで死に戻って転生しているパターンの場合は、やっぱり最初の1回目が肝になる。

 だって、最初の時点では記憶も何もない、素のままの状態のはずだ。

 『ゲーム時のヒロインの行動だから』と思って気にしたことはなかったけれど、してもいない嫌がらせや悪口の犯人にしたり、呼び出して私刑リンチした首謀者にされたり、色々と言われた。

 現実には全く微塵も覚えがなく、どれも完璧にアリバイはあった。もちろんバカどもは信じなかったから断罪シーンになったんだけどね。

 分かりやすく面と向かって『お前にやられた』と言うでもなく、『もしかして…いえ、でも…そう言えば…そんな気もするし…。』と曖昧にしつつも、言外に『エルリンデわたしが犯人』とも受け取れるような発言をし、知能指数の下がったバカどもが私に詰め寄るのが恒例になっていた。


 これが素の状態の『アイリス』だと言うなら、性格悪すぎないか?


 何度もやり直させられているのは自分だけだと思っていたけれど、『アイリス』にもその可能性が出てきた。

 しかも、とびきりに性悪の可能性も…。

 私の性格も別段良い訳じゃないけれど、人を貶めることはしないし、したくない。

 完全にシナリオを無視することにしたのも、堪忍袋の緒が切れるまでは我慢したし、利用する形で結婚したカーネリアン少年(今は青年)のことも、きちんと愛するし大事にするつもりだ。

 言い訳にしかならないけれど、何もしていな無害な誰かが死んでも構わない、とまでは思っていない。

 けれど、最初の人生では『アイリス』は『エルリンデわたし』を不必要に悪役にし、最終的に訳のわからない妄言を吐いて光球を投げつけ焼き殺した。

 2度目にあった時も、同じように『エルリンデわたし』を陥れ、バカどもを使い殺させた。

 そして3度目。

 さっさと脱出していたお陰でもあり侯爵夫人の悪評もあって、侯爵家に『アイリス』が入り込むことはなかった。

 

 これって、侯爵家としてもかなり命拾いな結果じゃない?

 

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