浦島太郎4話

 自分が打ち立てた計画が着々と実行に移されているのを、乙姫は常にモニターに貼り付いて見ていました。


 そうしている内に浦島太郎を地獄へと送り届けてきたKM-01が竜宮城へと戻ってきました。


 労をねぎらう為に乙姫自身がKM-01の元へと訪れました。この計画を思いつく事が出来たのはKM-01との対話のお陰といって他なりません。


「無事送り届けてきたようね」


 乙姫の言葉にKM-01は暫し黙っていました。太郎を慕っていたので仕方がないと乙姫は思っていましたが、慌てて報告に来た研究員の話を聞いて顔色を変えました。


「説明なさいKM-01、何故太郎がまだ生きているのです!」


 すでに亡き者となっていると思っていた太郎が生きていた事に、乙姫は酷く動揺しました。


「私が浦島様から玉手箱を回収してすり替えたからです」


 黙っていたKM-01から聞かされた発言に乙姫は憤慨しました。


「何故!一体何故そんな事をしたのです!」

「乙姫様は間違っています」

「答えになっていませんよKM-01、はぐらかそうとするなら容赦しません」


 乙姫は鬼の形相でKM-01に詰め寄りました。


「浦島様に渡された玉手箱の中身と、私が独自にネットワークに入りこんで調査を重ねていた結果から、乙姫様の行動の推論が出来ました。その上で私は乙姫様を否定させて頂きます。あなたは間違っています」


 その断固としたKM-01の物言いに乙姫はとうとう怒りを爆発させました。


「もういい!話になりません!お前は廃棄処分とします。その身をスクラップに変え、自分のした事を一生悔やむといいでしょう!」


 乙姫が手を上げると、竜宮城の警備員達がKM-01を取り囲みました。そして研究員に命じて主電源を落とそうとした時、KM-01が言いました。


「乙姫様、そうはなりません。そうはならないんですよ。だって希望はすでに浦島様の手の中にあるのですから」


 何を言っているのかと乙姫が訝しんでいると、計器からけたたましい警告音が鳴り響きました。


「何事ですか!?」

「そ、それがKM-01に転移装置が使われたようで、何処かに転移します!」


 乙姫がKM-01を睨みつけると、すでに転移を始めたKM-01は言いました。


「私と浦島様があなたを止めます。そして生み出された悲しい命に決着を付ける」


 それだけ言い残すとKM-01は転移していきました。乙姫には行き先は分かりきっていました。




 太郎は浜辺に座って玉手箱の中に入っていたボタンを押していました。


 それが何なのかも分からずに取った行動ですが、太郎には何か確信めいたものがありました。大事な友達に再会する事が出来る、そんな予感がしていました。


 そしてその予感は的中します。太郎の眼の前に亀が現れました。


「やあ亀さん、これを押したら会える気がしたけど。どうやら当たりのようだね」

「浦島様、きっと呼んでくれると信じていました。さあ中へ」


 亀は両足で立ち、高さの程は小さな山くらいありました。甲羅が開いて伸びてきた足場を使って、太郎は再び亀へと乗り込みます。


「申し訳ありません浦島様、猶予はあまり残されていません。強制学習機能を使って必要な情報を直接送り込ませてもらいます」


 すると太郎の頭の中に様々な情報が流れ込んできました。KM-01の事、乙姫の事、竜宮城の事、使われている機械工学や科学技術の事、そして何よりショッキングなのは、太郎と乙姫の間に出来た子供のクローンが侵略兵器に乗り込み破壊の限りを尽くしている事です。


「竜宮城はかつて海へと追いやられた種族達の集まりでした。生存競争に負け、海に追いやられ、その海でも更に弱い者達が集まって出来た組織だったのです」


「そして彼らは、海底で未知のエネルギーを発見します。それらに触れ、活用する為の研究や実験を重ねて、何世代も先の技術を手に入れる事になりました」


 太郎の頭の中にその情報も入ってきていました。あっけない程すんなりと受け入れて先の話を聞きます。


「しかし竜宮城はその未知のエネルギーに頼り過ぎました。城内の時空は歪み、時間の流れがどんどんと早くなり、このままでは世代交代が追いつかず全滅してしまうでしょう」

「そして竜宮城は生存競争の為に侵略を開始した」

「そうです。竜宮城の者達はそれ以外のすべての生き物に憎しみを抱いています。自分達が得られなかった居場所を、大地を、空を、我が物顔で支配している事が許せないのです」


 太郎はなんて悲しい事なのだろうと顔を伏せました。


「しかしその憎しみは、本来ここまで増長するものではありませんでした」


 太郎はKM-01の言葉に顔を上げました。


「どういう事なんだい?」

「竜宮城の根幹を担う未知のエネルギーは、近くにいる人の負の感情を増幅させ、互いに作用させる力があります。竜宮城の皆は竜宮城に囚われ支配されてしまったのです」


 乙姫が相反する感情を持ち合わせ、非情な決断を下したのもこの為でした。集合意識に囚われて、正常な判断を下すことが出来なくなってしまったのです。


「私は浦島様を竜宮城にお連れした際、過ごされる時間の流れの違いに疑問を持ちました。そして独自に調査を進めた結果、竜宮城の真実を知る事が出来たのです」


「しかし、そのせいで浦島様は時の流れに取り残され、お母様を失う事になってしまいました。どれだけ謝罪を尽くしても足りません」


 太郎はKM-01の沈む声を聞いて、努めて明るく返事をしました。


「気にする事はないさ亀さん。僕がそう行動して、僕の意思で竜宮城に留まったのだから。母さんに謝らなくてはならないのは僕だ」

「浦島様…」

「そして今ある生命を守らなきゃいけない、僕の子供達がそれをすると言うのなら、僕は親としてそれを止めなければならない。亀さん、僕に力を貸してくれ」


 そうして太郎とKM-01は行動を開始しました。


 各地で暴れている亀型ロボットを、太郎とKM-01のコンビは次々に撃破して行きました。その身を張って人命救助に勤しみ、ロボットの破壊活動に苦しめられている人々を救いに行きました。


 太郎の乗るKM-01は旧型です。武装の質も使われているパーツも、カタログスペックでは他の亀型ロボットに遥か遅れを取ります。


 しかし太郎に備わる類稀な操作技術によって、スペック以上の力をKM-01は発揮していました。


 そして人々を助けていく内にKM-01は優しさを知りました。その感情は、あの時浜辺で太郎に助けてもらった時と同じものだとKM-01は知りました。


 どれだけ巨大な的が立ち塞がろうとも、太郎は後ろにいる人達を守るためならば一歩も引きませんでした。太郎の心の中にある感情は、ただひたすらに生命を守りたいという優しさでした。




 竜宮城では、連日のように亀型ロボット撃破の報告が入ってきていました。


 実行者は分かりきっていました。太郎とKM-01です。どれだけ亀型ロボットを刷新しようとも、その悉くが破られて行きました。


 竜宮城の技術者や研究員達はそんな事はありえないと狼狽えていましたが、乙姫だけは違いました。


「数値だけでは測れない何かが私達には欠けている」


 その何かを乙姫は知ることが出来ませんでした。しかし、やるべきことは分かっていました。


 乙姫は緊急事態を知らせるボタンを押しました。それは計画が何らかの形で遂行困難に陥った場合の最終作戦を告げる知らせでした。




 大海原に突如として巨大な塊が浮かんできました。


 人々はそれが何かを知る前に絶望する事になります。放たれた熱光線は大地を焼き、大量に発射された実弾は多くの人の生命を奪いました。


 現れたのは戦艦竜宮城、乙姫は竜宮城そのものを改造して海底から浮上する戦艦を作り上げていました。


 最終手段は実にシンプルです。圧倒的火力を持って自ら先陣に立ち全てを焼き尽くす。その暴力の前に全ての生命は為すすべもありませんでした。


 しかし、それでも尚戦艦竜宮城へと吶喊する影がありました。


 浦島太郎は亀に乗って竜宮城へと向かいました。


 激しい弾幕を掻い潜り、光線によって機体を損傷させながらも、太郎とKM-01は諦めません。


 激戦の最中、KM-01は太郎に言いました。


「浦島様、これが最後の戦いになるでしょう。そして一つ謝らなければならない事があります」


 太郎は操縦に集中していたので返事をする事が出来ません。それでもKM-01は続けます。


「私はこれまでの戦いで、自分の持つ能力以上の力を発揮してきました。それは他ならぬ浦島様のお陰で御座います。しかしどうやら最後までお供は出来ないようです」


 太郎は爆風を避けて尚前に進みます。


「このままでは竜宮城にたどり着く前に機体が壊れてしまうでしょう、しかし私の人工知能に割いているリソースを切り、浦島様の反応速度に追いつけるように全能力をブーストさせる事ができれば竜宮城までたどり着く事が出来ます」


 KM-01の手足はもがれ、機体はボロボロです。それでもまだ太郎は進みます。


「私が浦島様を竜宮城までお連れします。あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを助ける番です。ありがとう、そしてさようなら浦島太郎」


 通信は途絶えました。太郎は奥歯を噛み締め涙で目を濡らしながら、KM-01が最後に託してくれた力で機体ごと竜宮城へのメインエンジンに突撃しました。


 戦艦竜宮城は致命的なダメージを受けて船体を瓦解させていきます。太郎は亀の背から下りると、竜宮城の中へと進んでいきました。


 太郎を待ち受けていたのは乙姫です。崩れ行く竜宮城で優雅に座って待ち構えていました。


「来ましたよ乙姫様」

「来ると思っていました浦島太郎」


 太郎は乙姫から受け取った玉手箱を抱えて、隣に座りました。


「あらそれは?」

「亀さんの中に残っていました。あなたからの贈り物です。手放さないでいてくれてよかった」


 太郎は乙姫と自分の間に玉手箱を置きました。


「箱の中身が気になるんです乙姫様、一緒に開けてみてもいいですか?」

「私にそれを開ける資格はありませんわ」

「一人にはしない、一緒に罪を背負って逝こう」


 乙姫は太郎の発言に驚きました。そして太郎の真剣な眼差しを見て、涙を堪えきれずに太郎に抱きつきました。


「一緒に沈もう乙姫」


 太郎が玉手箱を開けると、中から白い煙が出てきました。煙は二人の体を包み込み、静寂をもたらしました。


 その瞬間、残党の亀型ロボットは機能停止し、乗っていたパイロットも運命を共にするように永遠の眠りに就きました。


 竜宮城は海の藻屑と消えていき、世界には平和が取り戻されました。


 残されたロボットの機体とパイロットの遺体は、世界中に革新的な技術をもたらしました。未来へと進む時計の針は進みを早め、いつしか人々は竜宮城の遺産を使って争いを始めました。しかしそれはまた別のお話です。

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