11 酒場の夜が始まる
ここは、ウンディーネ国の情報屋が経営する酒場。
さまざまな国から旅人が訪れては、貴重な情報を売り買いし、また旅に出ていく。
国の要人も時折訪れる者がいるという噂があるから、必要悪として見逃されているのだろう。
情報の売買は人知れず行われ、ひと目見ただけでは普通のどこにでもある酒場だ。
◇◇◇
カウンターに、背の高いフードを被った男2人組が座る。
「マスター、例の、水色の炭酸のカクテルをくれないか?」
水色のカクテル
メニューには決して載らないこのカクテルはいわば「合図」だ。
マスターと呼ばれた男は、金の髪の隙間から人懐っこい笑みを浮かべながら注文する男の顔を、チラリと確認する。
その隣には、フードを深く被り横を向いてはいるが、佇まいに品のある男が座った。
どこぞの貴族か?
だが、随分鍛えているようだ。
一瞬で値踏みしながら、グラスを二つ男たちの前に出す。
カランコロン、と氷の音が響き、すぐに店内の音楽にかき消されていく。
金の髪の男、つまりラッセンが、まず一口、口に含む。
水色の泡が弾けて、渇いた喉には心地よい。
商談が今まさに始まろうとする瞬間、エドゥアルトは、彼等の背後に見知らぬ中年男が1人近づき、布のズタ袋を残したまま立ち去ろうとしたのに気づいた。
「おい、この袋はお前のではないか?」
エドゥアルトが声をかけると、その中年男は傍若無人な態度で、
「いやあ、オレの袋じゃねえなあ。その袋はお前のだろ。」
まるで店内の客に聞かせるかのように、大声で話す中年男の様子に、エドゥアルトは不信感を抱いた。
隣のラッセンも同じだったようで、互いに目配せし、一度撤退しようと腰を上げかけた時、
中年男に上から肩を掴まれた。
「おいおい、袋を忘れてるぞ。」
ニタニタしながら下衆な顔が彼等を見下ろしている。
「袋は俺たちのものではない。失礼する。」
エドゥアルトが有無をいわせず今度こそ立ち上がった時、
「いいや、お前のだ。オレは見てたぜ。」
中年男は、いきなりそのズタ袋を2人の顔面めがけて蹴飛ばした。
エドゥアルトが目の前に飛んできた袋を避けるまでもなく、ラッセンがバシンッと叩き落とす。
すると、地面に落下した袋の口から、乾燥した大量の緑の葉っぱがばら撒かれた。
「これは•••••」
店内は時間がまだ少し早かったせいか、客がまばらであった。そのため、彼等のやり取りは一気に注目を集めた。
客たちは驚きで息を呑む!
当然だ。
これらの葉っぱは、隣のカイラス国からたまに闇ルートで流れてくるくらいしかこの国ではめったに見かけない、禁止薬物だ。
つかの間の静寂の後、店内の客たちが騒ぎ出した。
まずいことになった。
ここでもし身分がバレれば、この薬物を持ち込んだのが俺たちということになってしまう。
戦の種になることだけは、何としても回避しなければ•••
それにしても、こいつわざとか?
エドゥアルトが目の前の中年男を鋭い眼光で睨みつける。
とその時、肩まで伸びた金髪を揺らしながら1人の女性が、不安気に少し離れた場所から会話に割り込んできた。
「あ、あの•••私、この人が袋をあなた方の後ろに置くのを見てました。」
彼女のオレンジの瞳は恐れを映していたが、正義感の強い女性なのだろう。
はっきりと皆の前でエドゥアルトたちの無実を証言した。
だが、下衆な笑みを浮かべた髪の薄い中年男が、彼女を揶揄する。
「なんだあ、オレたちの相手をしてくれるのか。」
そして別の場所からも、その中年男の仲間だろうか。
「いい乳してるなあ、ねーちゃん」
ヘラヘラと大声で煽る。
隣で無言のエドゥアルトに、ラッセンは小声で囁く。
「挑発に絶対のるなよ。ここでバレたらアウトだ。」
エドゥアルトは怒りを押し殺し、軽く頷くと、不安気に両腕を胸の前で固く握りしめてる若い女性の方へ、向かいながら声を掛けた。
「こんな奴ら相手にするだけ無駄だ。行こう。」
「待てよ。」
中年男の仲間だろうか。
女性の斜め後ろの位置に立っていた男が、彼女の首を押さえつけ、右手にはナイフを持っている。
女性の顔は青ざめ、声も出ないほど震えている。
突然、
「グウァッ」
といううめき声と共に、カウンターの中にいたマスターが倒れた。
「逃げるなよ。少しでも動けば、こいつのようになるぜ。次は、その女の喉を引き裂く。お前ら、オレたちが逃げるまでここにいろ。」
どうやらカウンターの中にまで仲間がいたようだ。
中年男はニタニタと目の前で下衆な笑みを浮かべている。
先ほどまでざわついていた店内が、凍った空気に支配され静寂が広がる。
この店にこいつらの仲間が、いったい他にあと何人いるんだ?
先ほどからエドゥアルトは、じつは冷静に、中年男の仲間の数と位置を把握しようとしていた。
目の前の中年男、入口のドア近くで女性を人質にしている男、窓下にいる大声を出していた男とその隣の奴もか?
マスターを気絶させたやつも入れて、他にも3-4名潜んでいそうだ。
◇◇◇
それは一瞬のことだった。
その場にいた誰もが、何が起きたのか正確には把握できなかった。
フードを被った背の高い銀の髪の男が、高く跳び上がり天井に足をつけ一回転したかと思うと、次の瞬間には、女性を拘束していた男が血を流して倒れていた。
倒れた男の手からナイフが転げ落ち、カランカランと場違いな音だけが響いた。
「さあ、夜はこれからだ。」
フードが頭から外れ、銀髪の男の顔が晒された。そして彼の瞳が、ブラウンとそして深い水色のオッドアイに変化した。
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