第4話 2年3組の友達➀

 次の日。

 俺は昨日よりも早く学校に行くことにした。委員長から聞いた話だと、安土第一高校では学年が上がるときのクラス替えは無いらしい。つまり、2年3組のみんなは既に1年間共に学校生活を送っているということになる。少しでも早くみんなになじみたい一心が歩く足を早めた。



 時刻は朝の7:30。昨日よりも校舎には土の香りが漂っている。



 ギギギ……ギギギ……ギギギ



「――――ん?」



 2年3組の教室から椅子や机ではない何かを引きずるような音が聞こえてきた。

 俺はもう誰かが来ているのかと思い、廊下の窓から教室内を覗き込んだ。

 おかっぱ頭の女子生徒だ。小さな体で大きめの鉢植えを床を引きずりながら運んでいた。


「おはよう、ございます」

「!」


 少し驚いた表情を見せた彼女は整った黒髪に雪のように白い肌をしており、人形さんのような可愛らしさがあった。


「そ、その驚かすつもりはなくて。こんなに早くに何してるの?」

「アネモネ」

「あねもね?」

「うちのお花持ってきたの。大きな植木鉢にお引っ越しさせてる」

「そうだったんだ」


 俺は土の香りがしたのはこれが原因だったのかと納得する。彼女が教えてくれたアネモネという花は群青色に染まっていて綺麗に花開いていた。


「食べてみる?」

「へ?」

「土だよ」

 

 この子は平然とした顔で何を言っているんだ。花の蜜を吸うならまだしも土なんて食べれるわけないだろ。

俺はツッコミも入れずに彼女の話を聞いていた。

 

「昔の話ね。お花を育てる土に栄養があるかどうかとか、酸性かアルカリ性かとかを実際に舐めて調べてたんだってさ。すごいよね」

「びっくりしたよ……食べるのが当たり前だと思ったじゃないか」

「……私は同じクラスの如月京香きさらぎきょうか、美化委員やってる。よろしくね出雲くん」

「よろしく」

「出雲くんはお花を人間に例えたときにさ。血液は何だと思う?」

「やっぱり水じゃないか? 植物は水無いと枯れちゃうし、栄養だって無くなるだろうし」

「……じゃあ逆に、土は人間でいうと何だと思う?」

「少し違うかもだけど、肝臓とかじゃないかな。栄養を蓄えたり、有害物質を分解したりさ」

「……君とは仲良くなれそう。またね、彼方くん」



 何かの相性診断だったのだろうか。

 彼女の名前が如月京香ということ、同じクラスで美化委員をやってること、花が好きなこと、そして冗談か本気か分からない時があることくらいしかわからなかった。


 しばらくすると他の生徒たちがぞろぞろと教室の席に着き始め、そのまま朝のホームルームが始まった。

 前に座っている不思議美少女は少しもこちらを見ようとしない。


「今日から授業が始まりますのでよろしくお願いします。初日から教科書を忘れた人なんていませんよね?」

「先生忘れました!!」


「「アハハハッ!!」」


 野球のユニフォームを着た生徒が元気よく返事をして、クラスに笑いが起こった。

 少しずつ違和感はあるけど、やっぱり普通の高校、クラスだと俺は思うことにした。きっとこの違和感は環境の変化、生活のギャップによるものなのだろう。きっとそうだ。



 安堵した。

 新学期。

 きっと何か変わった事件が起きないかと変な期待をしていたんだろう。




 ジャリリリ……



 ジャリジャリ



 土? あぁ、さっき如月さんが植木鉢を変えている時にこぼした土がそのまま床に落ちてしまっていたのか。

 如月さんは美化委員なのにそういうとこは大雑把なのかとおもしろく思い、勝手に距離が縮んだような気がした。





 昼休みになり、各々が仲の良い友達と弁当を広げ始める。

 俺は昔から小食なので、朝に適当に握ったおにぎり1つを持参している。

 外を眺めながらちびちびとおにぎりを食べていたら、1人の男子生徒が話しかけてきた。


「弁当ないのか?」

「君はたしか、大山、くん?」

「よろしくな、おにぎりだけじゃ腹すくだろうから俺のおにぎり1つやるよ! 今、ダイエット中なんだよ~」

「あ、ありがとう」

 

 大山太志おおやまふとし。名前を覚えるのが得意じゃない俺でも彼のことはすぐに覚えた。名前の通り大柄な体型の大男で、クラスではいじられキャラだとみている。

 俺の昼ご飯が少なくて心配してご飯を分けてくれたあたり、悪い奴ではなさそうだ。……が、貰うなら、同じおにぎりじゃなくて他のおかずが欲しかったな。異常にデカいし。



「気にすんな! 俺たちクラスずっと一緒だからな。助け合わないとね」

「1つ聞きたいんだけどさ、俺の前に座っている女子は名前なんていうの? なんかいつもクラスから外れているような雰囲気だけど」



「………………………安土ほたるさん」



「え?」



 行ってしまった。

 大山くんがその名前を口にした時、明らかに表情が曇っていた。

 やはり不思議少女、安土ほたるという女子生徒はこの2年3組で何か影がある存在のようだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る