1章:全ての始まり

第1話 転校➀

「はぁ……はぁ……」


 長い山道を登り切り、明日から通う校舎を目の前に息を切らしていた。


 俺・出雲彼方いずもかなたは明日からこの安土第一高校に通うことになる2年生。そして何より(明日以降注目になるはずの)転校生だ。前の高校ではかなり消極的で1年の間で友達はできなかったが、俺もホントは友達に親友、あわよくば可愛い彼女だって欲しい。せめて、最低限としてぼっちにはもうなりたくないのだ。


 俺が春休みに読んだライトノベルというジャンルの本だと、転校生は登校前日に校舎を勝手に見学、その中で絶世の美少女ヒロインと出会うと記述されている。この参考文献には何故休日にヒロインが校舎に居るのかという大事な部分が抜けているが、まあ物は試しだ。



「しっかし……なんか、心霊スポットみたいだな、」


 校舎は小さな山の上にポツンと存在している。かなり年季が入った木造の2階建てで教室の数を見るからに生徒数は少ないのだろう。


 ガラガラガラ。


 玄関に鍵はなく、簡単に校舎内に入ることができた。青々とした木々と微かな土の匂い。歩くと軋む廊下。首に当たる少し寒い風。比較的都会だった今までの高校では感じなかったものがここにはあった。


「2年3組の教室……」


 俺がどこのクラスに入るかはまだわからない。前の高校で3組だったからか知らないが、俺はこの教室に吸い込まれるように入り、そのまま窓から今まで歩いてきた山道を俺はしばらく眺めていた。

 



「転校生ってあなた?」




「えっ……」




 慌てて振り向くとそこには制服を着た女の子が立っていた。綺麗な銀色の髪と大きく鋭いワインレッドの瞳が特徴的で、まさしく想像していたラノベ美少女だった。


「あ、あの! 明日から安土第一高校に転校してきます出雲彼方で、す。その……勝手に入ってすみません!」

「そう、私は……ほたる」


 彼女はそう呟いて窓際の席から手さげカバンを取った。どうやら忘れ物を取りに来ただけらしい。「ほたる」というのは彼女の名前だろうか。俺は何を話せばいいかわからなくなり、呆然とその場で立ち尽くしていた。

 一方彼女はさっきからずっと無表情であり、俺のまわりをクルクルと歩き、何かを確かめるようにジロジロと見つめられている。


「あの……どうかしました?」

「……なんでもない」


 どこか俺に変なところがあったのだろうか。それとも彼女はいつもこんな感じなのだろうか。俺は勝手に心の中で彼女を「不思議美少女」と名づけた。


 

「じゃあ俺は、そろそろ帰りますね。もし明日同じクラスだったらよろしくお願いします。ここの、3組の生徒ですよね?」



 不思議美少女はゆっくりとこちらに限界まで近づいて、口を開いた。



「このクラスには大事なルールがあるからよく聞いて。いい?」

「は、はい、」

「気づいた違和感は忘れること、決してそれを解こうと考えないこと。そして……私からさらにもう1つのルール、あなたがもし3組以外のクラスだった場合は私のことと今話したルールは全て忘れること。じゃあね」

「違和感?」



 行ってしまった……。いったい何だったのだろうか。


 俺は3組の教室に何かあるのかと思い、太陽が山に沈むまで手がかりもないその何かを探したがこれといってあやしいものは見つからなかった。



 ――急に鳥肌が立った。



 わけも分からないまま俺は山を下りることにした。







山を下りて家に帰ると日はとっくに沈み、辺りは真っ暗になってしまっていた。


「ただいま、おばあちゃん」

「おかえり。後ろを向いてごらん」


パサッ、パサッ。


「……。上がりなさい。夕ご飯にしましょうね~」

「うん、おばあちゃん」


 これはおばあちゃんから教わったことだが、安土村の住人は古くから、外から家に入る前に清めの塩を体にかける文化がある。


 江戸時代。死んだ者の魂が自分が死んだことに気づかずに、間違えて家に入ってきてしまうという噂からそのようなことが始まったらしい。詳しくは俺もまだわからない。


「今日はどこに行ってきたんだい?」

「学校だよ。通学は少し大変そうだけど自然豊かでいいところだよ」

「それはよかったねぇ。天国のお母さんとお父さんもきっと応援しているよ」

「そうだね。頑張るよ、おばあちゃん」



 明日から新しい生活が始まる。

 絶望と不安の新生活だと思っていたが、期待もそれなりにあるのかもしれない。

 今日は早く寝よう。


 ……なんだかひどく疲れている。

 体力もつけないと……。


 

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