本当のことが知りたい

 * *

 

 朝、窓から射す白い光で目が覚めると、ユーリは降霊術課にいた。報告書類が終わったら、テオを起こして自分も私室に帰るつもりが、結局そのまま机の上に突っ伏して眠ってしまったらしい。

 寝ぼけ眼で部屋の中を見渡したが、ソファーに眠っていたはずのテオはいなくなっている。

 代わりに自分の肩には、テオに掛けておいたはずの薄手の毛布がかかっていた。


「ルル、ごめん。呼び出したままで、王宮のなか嫌いだったのに」

 机の下を覗き込むと、ルルは、足元でユーリが起きるのを待っていた。

「ねぇ、テオどこに行ったか知ってる?」

 ルルに尋ねると首を傾げてから、正面にある窓の外に視線を向けた。ユーリは毛布を椅子の背に掛け、エルベルトの机の後ろにまわって窓の前に立った。

 するとユーリが窓に触れる前に、突然、閉まっていた窓が風で外に向かって開いた。

 驚いて思わず一歩足を引いてしまう。

 部屋の中には窓が一つしかないし、入り口のドアも閉まっていた。内側から窓が開くほどの風なんて起こるはずがない。

 ユーリが恐る恐るゆっくりと窓の外に顔を出しても、外は部屋の中と同じように風ひとつなく穏やかな朝の空気が満ちていた。


「誰、だろう」

 そう独り言を口にしていたが、ユーリは自分の中で「誰」の答えを持っていた。風で開いたのでなければ、霊が開けたのだ。

 昨日、さんざん王宮の中をうろうろと霊を探して歩き回っていたので、今度は霊の方から、ユーリを訪ねてきてくれたのかもしれない。

 いたずらで脅かされたりもするけれど、基本的に霊はユーリに友好的だ。エルベルト曰く、それはもう『愛されている』域らしい。

 愛されているというのは分からないが、ユーリのように、容易く異形のものと関われる人間は、彼らからすれば、珍しく面白いのかもしれない。おしゃべり好きな隣人が、世間話に訪ねてくるようなもの。

 子供の頃は、そんな社交的な霊たちに挨拶されるたびに、大泣きしていた。今は朝で周囲も明るく、ユーリも平常心を保っていた。少しは大人になれたのかもしれない。

 けれど会いに来てくれたらしい霊は、いつまでたってもユーリの前に姿を現さなかった。


「ぁ、テオだ」

 現れない霊の代わりに、ユーリは窓の外にテオの姿を見つけた。

 窓からテオに声をかけようとしたけれど、テオは、なぜか見たこともないような暗く険しい顔をしたまま、ユーリが声をかける前に近衛兵たちの宿舎のある西側へと足早に歩いて行ってしまった。

(朝からバラ園なんかに何の用事だったんだろ)


 昨夜は仕事がなかったとテオは言っていた。そこまで考えて、バラ園の向こうにある場所が頭に浮かんだ。――東の塔。そして、昨夜、テオは、近衛兵たちもあの場所は、警備をしていないと言っていた。それなら、何故王宮の東側から歩いてきたのか。


 急に、胸の奥がざわざわとしてきて、落ち着かなかった。

 昨日呼び出した霊が残した言葉を思い出す。――東、黒い影、月の満ちる頃。

 赤い血のような文字。

 全部ただの偶然だと思いたいのに、昨晩は降霊会に適さない日だったことまで思い出してしまった。

 昨夜は、満月の日だった。

 考えれば考えるほど、不審な点が次々に浮かんできた。昨日の霊は、テオがあの場に現れた途端に静かになったのだ。

 せっかく安心していたのに、再び疑問が浮かんでくる。


「どうして、降霊術師じゃダメだったの?」

 ――テオくんは、粗暴なところがありますから、向いていないかもしれませんね。

 ユーリは自分の想像を払拭するために慌てて頭を振った。

(そんなことない、テオだって一緒に、同じだけ努力して同じ方向を向いて学んできた)

 エルベルトと共に過ごしたテオの九年間は、そんな軽い志のものじゃなかった。霊が全く見えなかったテオは、霊を見ることが出来るようになった。誰にだって出来ることじゃない。それは、テオが降霊術師になりたかった証拠じゃないのか。


「テオ……」

 ユーリは誰もない朝靄に向かって、親友の名前をつぶやく。

 テオは、まだユーリに一言も「近衛兵になりたかった」と言っていなかった。


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