守護霊

 ユーリは口をぱくぱくさせた。王宮内にスパイがいて、他国に情報が盗まれているかもしれないこの状況の中、旅行。エルベルトは国外視察と言い直したが、間違いなく、いつもの私的な趣味の旅行に違いない。

「何故って、まぁ隠し事はいけませんし、正直に言いましょうか。私は今すぐに休暇を取りたいのです!」

 エルベルトは、堂々とそう宣言した。

「そんな、何も今すぐじゃなくても! 調査、国王様に依頼された今夜の降霊会は、どうするんですか!」

 ユーリは驚きとともに、机の上に手をついて勢いよく席を立った。

「まぁ落ち着いて。君は、もう一人前の降霊術師なんですよ? 国王様も君のことは信頼しています。私一人、出かけたところで問題にはしないでしょう。優秀な降霊術師は王宮に二人も要りませんし。そうだ、君が、過去王女様の探し物の場所を言い当てたことは覚えていますか? ユーリくんが、国一番、神童と言われることになった出来事を」

「そんな、大昔のこと」

 小さい頃、通りすがりの霊が、ユーリに王宮内で騒ぎになっている失せ物事件を面白おかしく教えてくれたことがある。

 霊達は楽しそうに女の子の人形の在り処を話してくれたが、ユーリは失くし物を探している女の子のことがとても気の毒だったので、急いで人形のある場所を王宮の門の前に立っていた近衛兵に伝えに行ったのだ。

 ユーリは困ってる女の子を助けたい一心だった。


「私も、あの話を聞いた時は、大変驚いたものです。霊と日常的に会話出来る人間が、この世界に存在するなんて、と」

「別に、あれは、特別なことじゃなくて」

「それが、すごいことなのですよ。君は、それで随分つらい幼少期を過ごしたようですが……私がもう少し早く君に会いに行けば良かったですね」

「先生」

 周りの大人がユーリの力を持て囃すのに比例して、子供達からユーリは孤立していった。同時に、ますます霊がユーリに近づくようになり怖い思いを沢山した。

 今なら周りの友達から孤立していくユーリを心配して霊が声をかけてくれていたのかもしれないと思えるが、当時は恐ろしくてたまらなかった。

 元気付けようとしてくれたにしても、それによってユーリはたくさんの恐怖を植え付けられた。

 ユーリが人一倍怖がりに育ったのは、霊に何度も驚かされたことが原因だ。

「ユーリくんは、誰よりも優秀ですよ。私やテオくんが、どんなに望んでも手に入れることが出来ない力を持っている。それは事実です」

「でも」

「自分の力は、どんなものでも、まずは受け入れなさい。教えたはずです」

 いつも朗らかで笑ってばかりのエルベルトは「先生」の目をしていた。

「ユーリくん、お返事は?」

 言い聞かせるようにエルベルトは言葉を重ねた

「は、はい!」

「君は、昔から国王様の信頼も厚い。それに、君は言いましたね、必要とされている、その期待にこたえられる自分になりたいと、まさに今がその時ではないでしょうか?」


 エルベルトは、こつこつと靴音を立て部屋の中を歩きユーリの目の前に立つ。そしてユーリの両手を握った。

「でも、急に一人でなんて、その、旅行に行かれるのはいいですけど、今夜、一緒に仕事を終えてからでもよくないですか?」

 エルベルトは、ずいっとユーリに顔を近づける。


「いつまでも師に甘えてはいけませんよ? これは、言うまいと思っていましたが、テオくんの成人まで卒業したくないという君のワガママを私は叶えてあげましたよね」

「そ、それは……だって」

「その間、私は、君たちの先生と王宮の仕事を一人でこなし、とても多忙な日々を過ごしていました。君が降霊術課に入ったのですから、私の休暇は当然の権利ではないでしょうか?」

 それを言われてしまうとユーリは何も言えない。

 責任重大という言葉が、頭の上に重くのしかかる。


「厳しい隊長の元でテオくんも一人、頑張ってますよ。ほらほら兄弟子として遅れをとっていいのですか?」

 確かに、こうしている間にも弟弟子と着実に差をつけられている気がする。どんなに怖がりでも降霊術ならテオに負けない自信はあった。けれど、今、テオは降霊術師ではないから、必然的に大人として社会人として相手と比べられてしまう。

 エルベルトの下にいて、今までと変わらない立場の自分を俯瞰して見る。少しも独り立ち出来ていない時点で、テオに遅れをとっていた。このままでは駄目な気がする。


「わかりました」

「安心してください。それほど長期ではありませんし一週間ほどです。私が戻るまでに、きちんと降霊会を行って一人で調査を進めておくこと、いいですね? これが、課題です」

 エルベルトは、ユーリを安心させるような優しい瞳で微笑んだ。

「そもそも、この王宮にスパイなんていませんよ」

「でも、本当にそうでしょうか」

「おや、何か気になることでも?」

「その、ルルが」


 ユーリの嫌な予感を裏付けるように、守護霊になってくれた白犬の霊、――ルルが、最近呼んでもなかなか外に出てきてくれない。もちろん、どうしてもお願いと言えばついてきてくれるけど、何か怖いものでも見えているのか、ユーリにくっついたまま離れないので、なんだか無理やりに連れ歩くのが可哀想になり、夜は一緒にベッドで寝るのに、毎朝「帰っていいよ」って言ってしまう。

 王宮で働き始めてからは、ルルと一緒にいる時間が減ってしまった。

「僕の守護霊が」

「おや、ルルと名前をつけたのですね」

 テオの顔が頭に浮かんだ。こうやって、心配性で怖がりで、頼りない自分だから駄目なのだと自分で自分を叱った。


「……いえ、なんでもありません」

 ユーリの守護霊が、自分に似て怖がりなのは最初からだ。きっと自分の臆病な感情に引きずられているに違いないと、心の中で一生懸命に自分を納得させる。

「では、留守中よろしくお願いしますね。お土産を沢山買ってきますよ」

「はい」


 ユーリがテオやエルベルトのように、何事も楽観的に捉えられないのは、昔からユーリの勘はよく当たるからだ。

 怖いと思っている時は本当に怖いことが起きるし、嫌な予感がした時は想像した通りのことが現実世界で頻繁に起こる。テオは、そんなユーリに「野生の勘でもあるのかよ」と言っていつも笑っていた。


(でも、ルルがいて良かったな)

 テオがそばにいない今、エルベルトが出かけても本当の意味での、ひとりぼっちにならずにすんだ。

 以前テオが言ったように、白犬の霊ルルはユーリの守護霊なのに主人に似て臆病者だし、とても身を呈してユーリを守ってくれそうにはない。でもユーリはルルに自分のことを守って欲しいなんて考えていなかった。

 そばにいてくれるだけで心強いし、嬉しい。

 ――今日の夜は一緒にいてくれるだろうか。

 ユーリは今夜の降霊会を思うと、そのことだけが気がかりだった。

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