010.幼馴染みペット

このゲームにはペットを呼び出すシステムがある。


クエストの報酬、またはダンジョンドロップなどで入手できる専用アイテムは、消費することでシステムに呼び出せるペットが追加されるシステムだ。


他のゲームにあったりする戦闘に連れて行って一緒に戦ったりするシステムはないので、純粋に自宅で飼ったり一緒に散歩したりするくらいのペットなんだけど、だからこそ種類の自由度は高く小さいのはハムスターから、大きいのは象までバラエティ豊かだったりする。


それにゲーム内のモンスターの一部もペットとして飼えたりするしね。


特に手のひらサイズの妖精とかは人気だったりする。


「こんー」


声をかけながらリサのプレイヤーホームのドアをくぐると、「ガウッ」という鳴き声とともに大きなオオカミが飛び掛かってきた。


「わっ」


その勢いのまま押し倒されたあたしは、顔をぺろぺろと舐められながらもふもふと毛皮を撫でてあげる。


「グレイ、元気してた?」


「ガウッ」


このゲームのペットは体調を崩すようなことはないんだけど、それでもついリアルと同じように語りかけてしまう。


リサのペットだけあって、この子は飼い主と同じようにあたしの顔を見ると今みたいに嬉しそうに飛びついてくる。


よく考えたらこの飛びつき癖も飼い主に似たのかな。


顔を舐められるとリアルなら顔洗うのめんどくさいなー、ってなるけどゲームの中ならそんなことを気にしなくてもいいので気楽わねー。


「アイちゃんいらっしゃい」


そんなことを思いながらあたしが身体を起こしつつグレイの耳の付け根をわしゃわしゃとしていると、遅れて飼い主が家の中から現れた。


「んで、なんでリサまであたしに抱きついてくるの」


「だって私だけ仲間外れじゃ寂しいもん」


何故かあたしの後ろに回ったリサにグレイとサンドイッチされる。


ならグレイを引っ張り起こせばいいのでは?


その名前どおり灰色の毛並みで体長60センチくらいある迫力満点なオオカミのこの子はリアルだと持ち上げるのも一苦労なくらいの重量があるけど、ゲームの中のプレイヤーの筋力は現実よりずっと強いので問題ないはず。


「でもグレイも喜んでるし」


「まあそれはそうだけど」


ということでしばらくそのまま二人と一匹で団子になっていたけれど、そろそろ家の中に入りたかったのでよいしょと立ち上がりながらグレイを持ち上げる。


「それじゃおじゃまします」


「うん、いらっしゃい」




このゲームのペットは基本的に呼び出したプレイヤーと一緒にいないと存在できないので、コンテンツ内に入るときは異空間に帰還して戻ってきたら再召喚されるという設定になっている。


ただし、課金アイテムのペット用ネームプレートを使用すると、特定のペットに名前を付けて自分が居ない間も自宅で待機させておいたりできるようになったりする。


ついでに原則ペットは1プレイヤー1匹までしか呼び出せないというルールを超えることもできるので、自宅でペットを多頭飼いしているプレイヤーもいる。


更に名前をつけられたペットは専用のAIと記憶容量が拡張されて、一緒に過ごした時間という学習の結果に汎用ペットとは異なる固有の行動ルーチンが生まれたりする。


飼い主の友人にも特別懐いたり、逆にあんまり懐かなかったりね。


同じおもちゃで遊んだり餌を選んであげたりすることで、ペットの趣向が変化したりもするみたい。


そこまでくるとリアルのペットさながらに愛着を持つプレイヤーもいて、ペットと遊ぶためだけにログインしに来るとかなんとか。


ログイン率の確保はネトゲにとって最重要の課題なので上手いこと考えるなーなんて感想と同時に、サービス終了した時のペットロスの心理的ダメージやばそうなんて思ったりもするけど。


そんな事情もあってあたしはネームプレートに課金したことはないんだけど、リサは普通にオオカミのペットにグレイと名付けて可愛がっている。


あたしも別に動物が嫌いなわけじゃないんだけどねー。


ということでシステム画面を操作してうさぎさんを呼び出すと、そのうさぎさんはグレイくんの頭のうえにぴょこんと飛び乗る。


かわいい……。


あたしはスクショをパシャパシャと鳴らした。


あたしのうさぎさんは名前は付けてない名無しのうさぎさんなのだが、前に何度か呼び出して一緒に遊んでいたのでグレイくん的にはお友達認定されているみたい。


あたしのうさぎさんを友達と思ってるのか、うさぎさんの種族をまとめて友達だと思ってるのかはわからないけど。




ソファーに座って足元にいる二匹を撫でていると、向かいに座ったリサに聞かれる。


「アイちゃんは名前つけないの?」


「あたしはネームプレート使う気はないかなー」


この話はリサが定期的にしてくるんだけど、今のところあたしの答えは変わらない。


あんまりゲーム内のペットに愛着もつのもなーっていうのもあるし、課金アイテムだしなーって部分もある。


別に絶対に無課金を貫いてるわけじゃないんだけど、あんまりホイホイ課金すると財布の紐がほどけてなくなりそうで怖いのよね。


一応、課金衣装のいくつかは買ってたりもするんだけどさ。


リサとお揃いの課金水着とかも持ってるし。


「まあでも、やっぱりペットはいいかな」


グレイもうちのうさちゃんも可愛いとは思うけどね。


「そっかー、残念」


「新しいペットと遊びたいならリサがもう一匹名前つければ?」


「でも私はグレイがいるから」


まあそれもそうか。


そもそも別にもう一匹呼び出すだけならネームプレートは必要ないんだけど、名前つけてあるペットとつけてないペットを自分で同時に呼び出すとなんだかバランスが悪い気がするらしい。


気持ちはわかる。


「そうだ」


そんな感じでダラダラしていると、何かを思いついた様子のリサが腰を上げて収納棚の前でウィンドウを操作する。


「じゃーん」


と取り出したのは……、ネコミミ?




「にゃー」


鳴き真似をして床に腰を下ろながら、リサがネコミミのついた頭をあたしに差し出してくる。


つまり新しいペットを愛でたいけど他に呼び出す気にはならないという二律背反の解決策は、「私がペットになることだ」ということらしい。


えぇ……? なにも解決してなくない?


なんて思う訳だけど、まあネコミミをつけて撫でてほしそうに寄ってくるリサが似合ってない訳じゃないしまあいいか。


これがリアルだったらアレだけど、ネトゲの中だしね。


そもそもキャラクリで猫族を選べるから特に違和感もないっていうのもあるかもしれない。


ちなみに、犬族でアクセサリーのネコミミをつけると。耳が四つになって人前に出ると宴会芸で滑ってる人みたいな空気になるゾ。


「折角だから首輪も一緒につける?」


「えっ、流石にそれは恥ずかしいかな……」


なんならリードをつけてお散歩でもしようかなんて思ったけど、首輪の時点でアウトラインの向こう側だったみたいだ。


ともあれ今は猫気分なようなので、ペットみたいに髪を撫でると心地良さそうに身体を預けてくる。


「なーん(リサの鳴き声)」


代わりに撫でる手がなくなったグレイくんとその上に乗ったままのうさぎさんが、リサに近づいてなでなでを要求していた。


あたしがリサを撫でて、リサがグレイくんとうさぎさんを撫でる、なでなでのコンボが繋がる。


何この光景?


「ん……」


リサの頭を撫でていた手で、そのまま耳の周りをくにくにとすると、くすぐったそうな声が漏れた。


「んん~、アイちゃんくすぐったいよ~」


「猫はそんなこと言わない」


「そんな~……」


本当の猫なら不満があればスルリと抜け出してどこかに行ってしまうだろうけれど、リサは本物の猫ほどには猫じゃなかったので困った表情を浮かべながらも耳マッサージを受け入れる。


そんな様子にこれはこれで別の需要がありそう、なんて思案したあたしは密かにスクショを撮影しておいた。




そんなこんなでグレイをわしゃわしゃと愛でて満足すると、部屋に置いてある時計からピピピッとアラーム音が鳴る。


「んー、そろそろクランハウスに行かないとだー」


特にアポ無しで遊びに来たけど、今日もリサはクランの集まりみたいだ。


「じゃああたしもお暇しますかね。またね、グレイ」


最後に丁寧に撫でながらお別れを告げると、ガウッと元気な返事をくれた。


やっぱりあたしもネームプレート課金しようかな~、でもな~。


いっそグレイを連れて帰れないかななんて考えてると、リサがこちらを見る。


「アイちゃん、あたしは?」


「はいはい、リサもまたね」


撫ではしないけど、まあ見送りくらいはしてあげる。


「うん、行ってきます」


「なにするかは知らないけどガンバレ」


「アイちゃんも一緒に行く?」


「だから行かないって」


折角なので笑いながらふたりで並んでプレイヤーホームから外に出た。


あたしは特に用事もないので、リサが先にシステムウィンドウを操作してテレポートを実行する。


そんな様子を手を振りながら見送って、シュピンと消えたリサにあたしはうさぎさんを頭にのせながら「ふっ」と笑った。




☆公然野外ネコミミプレイ――!

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