ただひたすら剣を振る、また侯爵家子息に絡まれる。

 祝日を挟んで翌々日の放課後。

 俺は魔物生態学の資料室に向かっていた。



「はぁ……。気が乗らないが仕方ない。早いとこ終わらせて帰ろう」



 フランツ先生に科された処罰ペナルティは資料室の整理と掃除だった。

 面倒くさいことこの上ないが、リトナの課題に手出ししてしまったのは事実だ。やるしかない。



「にしても意外だったな。もっときつい処罰を受けると思っていたんだが……」



 俺はフランツ先生に嫌われている。

 平民の俺が特待生として入学してきたのが気に入らないのだろう。だからこそ、もっと底意地の悪い処罰を言い渡されると考えていた。


 しかし蓋を開けてみれば拍子抜けするほどのものだった。

 資料室の整理と掃除? それくらい処罰じゃなくたって頼まれたらやる。



「まあとにかく、フランツ先生の気が変わらないうちに終わらせよう」



 俺は深く考えるのをやめて、一段飛ばしで階段を上っていく。



「……ここか」



 廊下の途中で足を止め、室名札を見上げた。

 ひとけのない職員棟の五階に魔物生態学の資料室はあった。



「鍵は開いてるって言ってたよな」



 誰もいないことは知っているが、「失礼します」と入っていく。

 資料室の中は思っていたより狭かった。整然と並ぶ本棚のせいで圧迫感を感じる。

 それにこれは魔物の標本か? ガラス戸棚の中にホルマリン漬けにされた何かが大量に置かれていた。



「気味が悪いところだな……」



 素直な感想がそれだった。嗅いだことのないニオイに顔をしかめつつ、俺はとりあえず締め切られたカーテンと窓を開け放つ。薄暗かった室内に光が差し込んだ。



「ふぅ……。よし」



 新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、気合を入れてから回れ右をする。



「そんなに散らかってないな。これならすぐに終わりそうだ」



 埃をかぶった本が何冊か床に放置されているが、それ以外は特に整理をする必要性を感じなかった。



「掃除用具入れは――これだな」



 ほうき、ちりとり、雑巾と、最低限の掃除道具しかない。まぁ大掃除をしろとは言われてないし、箒で掃いて最後に雑巾がけすれば十分だろう。



「やるか」



 制服の袖をまくり、資料室の掃除に取りかかった。まずは床の本を本棚にしまうことからだな。

 それから二十分ほどだろうか。俺は鼻歌を歌いながら手を動かし続け、



「うん。いい感じだ」



 処罰として与えられた雑用をやり遂げた。

 綺麗になった資料室を見渡して大きく息を吸う。換気をしているせいか、空気も美味しく感じた。

 あとは窓とカーテンを閉めて、職員室にいるフランツ先生に報告すれば……



「ああ、いたいた! さがしたよギルバート・アーサー君」

「お前は……」



 資料室の中にいる俺を見つけると、目つきの悪い男子生徒――デューク・ザナハークは歪んだ笑みを浮かべる。


 今日もまたぞろぞろと取り巻きの生徒たちを引き連れている。こいつは一人で行動できないのか?



「君さ、魔物生態学の授業でやらかしたんだって?」



 俺に人差し指を突きつけ、デュークは見下すように目を細める。



「フランツ先生が嘆いていたよ。特待生なのに情けない生徒だってね」



 デュークがそう言った瞬間、取り巻きの生徒たちが笑い出す。



「で、俺に何の用だ?」



 首の後ろに手を回しながらデュークに問う。

 もう怒りを通り越して呆れていた。あくびが止まらない。

 俺のかったるそうな態度を見て、デュークが不快そうに舌打ちする。



「……はは、あははははっ! ごめんねぇギルバート君。今日は君にお願いがあって訪ねて来たんだよ」

「お願い、だと?」

「ここにいる僕たち全員、特待生の君に剣術の稽古をつけてもらいたいんだ。僕たちはあの日、君とリリアンの模擬戦を見に行かなかったんだけど、すごかったんだろう? ねえ頼むよぉ。剣聖ハウゼンの弟子で後継者なんだし、それなりに腕の立つ剣士なんだろう?」



 デュークの下品な笑い声が耳にまとわりつくように響く。

 ……こいつ、俺だけでは飽き足らずハウゼン師匠のことも馬鹿にしやがったな。


 無意識に腰の長剣ロングソードに手が伸びる。全身に闘気がみなぎる。



「おっ、いいね! やる気になったかい? じゃあまずは僕たちの実力を見てもらわないとね」



 デュークは腰の剣を引き抜き、取り巻きの一人に「おい」と声をかけた。



「? なんのつもりだ」



 何故かデュークと男子生徒が剣を構え、向かい合っている。



「よーし、いくぞー」



 困惑する俺を置いて、デュークと男子生徒による手合わせがはじまった。

 だが、



「いーやぁあああ! えぇぇい!」



 それは手合わせと言えるようなものではなかった。二人は一度も斬り合うことなく暴れまわる。

 ここは道場や教練場ではない。普通の資料室だ。剣を振り回せば室内はめちゃくちゃになる。



「……罠にはめられたか」



 足元に散乱した本を手に取り、俺は口の中だけで呟いた。

 フランツ先生にしては処罰が軽いと感じていたが、こういうことだったんだな。


 最初から仕組まれていたんだ。血統主義のフランツ先生と、Eクラスをゴミだと見下すデューク。この二人が繋がっていないわけがなかった。

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