第32話 女の子に囲まれたリュートは婚約者に連れ出される

 いよいよパーティーの本番だ。

 俺は今、会場である王宮内のホールにいる。

 パーティーでは、まずはじめにアリアがこの度婚約者となった隣国の王子と二人で登場し、最初のダンスを踊る。

 その後は立食形式のダンスパーティーが幕を開けた。

 アリアが衣装直しのために一旦下がっているので、今はこの国の貴族を中心とした招待客たちがホールで踊っている。

 実行委員である俺の役割は他のクラスメイトが担当するような、来客への給仕や案内ではない。

 個々の業務を担当するクラスメイトたちへの指示、監督役だ。

 パーティーホールの片隅に立って状況を窺いつつ、何か問題があれば対応する。


「今のところは順調そうだな」


 事前にネリーに指導をしてもらったり、適切な配置を決めていたおかげでクラスメイトたちは円滑に各々の役割を果たしている。


「これなら、俺が何もしなくても大丈夫そうだ」


 特選クラスに所属しているだけあって、基本的に優秀な人間が多い。

 慣れないことでも、しっかり準備をして臨めば卒なくこなすあたりはみんなさすがだと思う。


「よう、リュート。どうやら職場体験は大成功みたいだな」


 執事服を着たテレンスがやってきた。

 確かテレンスは休憩時間だったはずだ。


「ああ、これもみんなが頑張ってくれたおかげだ。俺は途中で風邪をひいたから何もしてないよ」

「謙遜するなよ。リュートとクレハが段取りを組んでくれて、指導者も用意してくれたからやりやすいってみんな言ってたぞ」

「だったらクレハの手柄だな。俺が寝込んでる間に色々働いてくれたみたいだし」

「相変わらず、お前はクレハにベタ惚れだな」


 テレンスに笑われた。


「別に、そういうつもりで言ったわけじゃないんだが……」

「ま、とにかくみんなお前たちに感謝してるってことだ」


 テレンスはそんなことを言って、仕事に戻っていった。

 弦楽器の音が奏でられるパーティーホールの片隅で一人になって、俺は思う。


(普段ならこの手のパーティーには客側として参加してるけど……正直こっちの方が楽だな)


 今世の俺は公爵家の後継ぎという立場なので、やたらと人が寄ってくるのだ。

 その度にくだらない話をして、愛想笑いをする。


(昔からその手の人付き合いは得意じゃなかったけど……前世が一般人だったことを思えば納得だ)


 何より、俺にはクレハという婚約者がいるのに、色目を使ってくる貴族の令嬢たちがいるので厄介だ。

 男ならモテることに喜ぶべきなのかもしれないけど、俺の地位や金が目当てだと丸わかりな上に特定の相手がいるので嬉しさよりも煩わしさの方が勝る。


(今回は執事の格好をしているから、誰も声をかけてこないだろう)


 と思って安心していたら、俺から少し離れた場所で談笑していた三人組の令嬢たちがチラチラと俺の方を見てきた。

 程なくして、派手なドレスで着飾った三人が俺の方に近寄ってきた。


「リュート・アークライト様ですよね?」


 三人の中の一人、銀髪の令嬢が話しかけてくる。

 多分、年は俺より少し上くらいだろう。


「はい、そうですけど」


 本来の身分で言ったら俺の方が上のはずだけど、今日は客をもてなす立場だ。

 俺は丁寧な口調を心がける。


「私は――と申します」

「本日は学園の職場体験ですか? 私も昨年は――」

「いつもと違う格好も素敵ですわ」


 令嬢たちは口々に話しかけてくるが、俺は半分も聞いていなかった。

 俺が普段パーティーに出席する時は、クレハと一緒のことが多い。

 そのため、他の女性が話しかける隙は少ない。

 しかし今回、クレハはアリアの近くにいる。

 婚約者という最大のライバルが不在であることを、この令嬢たちは好機だと思っているらしい。

 しかも、付近にいた他の令嬢まで、こちらの様子に気付き始めて話しかけようか相談している。


(ああ、クレハに会いたい……)


 などと考えていたその時。

 いきなり手を掴まれた。


「……?」


 横を見ると、クレハがいた。

 ご機嫌斜めな顔で、俺の手を掴んでいる。


「リュートくん、ちょっとお話があります」

「あ、はい」


 なぜだろう。

 何もやましいことはないのに、浮気を咎められているような気分だった。



 俺はクレハに手を引かれて令嬢たちの囲いを脱した。

 いきなり割り込む形にはなったが、婚約者であるクレハの威圧感を前に、令嬢たちは引き止めてくることはなかった。


「今日のリュートくんは執事なのに、貴族の令嬢と親しげに話すなんていかがなものかと思います」


 ホールの外にある、バルコニーにて。

 俺はクレハにジト目を向けられていた。


「いや、一方的に話しかけられていただけだから。むしろ連れ出してくれて助かった」

「……そうなのですか?」


 俺の説明を聞いても、クレハはまだどこか不満げだ。


「それにしても、リュートくんは随分と女の子に人気があるんですね?」

「あれは俺の家柄に釣られただけの人たちだから、俺自身の人気かと言われると怪しいけどな」

「そうと分かっているなら、なおさら毅然とした態度を取るべきです」

「相手もそれなりの立場がある人間だし、そうもいかないだろ……」

「関係ありません。リュートくんには私という婚約者がいるのですから、自覚を持ってもらわなくては困ります」


 もしかして、これは妬いているのだろうか。

 少し頬を膨らませているクレハもかわいらしい。

 などと、説教されているのに不謹慎なことを考えてしまう。


「リュートくん、ちゃんと聞いていますか?」

「あ、ああ。とにかく言いたいことは分かったよ」


 見惚れていたら、クレハが詰め寄ってきた。


「うーん……本当ですか?」

「本当だって」

「……まあ、そういうことにしておきましょう」


 クレハは渋々といった様子で引き下がった。


「ところで、クレハはアリアのお世話係だよな。どうしてここに?」


 今、アリアは控室に下がって衣装直しをしているはずだ。

 放浪癖のある王女様の退屈を紛らわすのがクレハの役目なので、本来ならアリアと同じ控室にいるべきなのに、ここにいた。


「あ、そうでした!」


 クレハはハッとした顔をする。

 俺は薄々事情を察した。


「もしかして、アリアが何かしたのか」

「実は、アリア様が行方をくらませてしまいまして……」

「またか」


 俺は思わずため息をついた。


「てっきり、またリュートくんに会うために抜け出したのかと思ったのですが……」

「残念ながら、俺はアリアと会ってないよ」

「そうですか……困りましたね。この後もパーティー会場に顔を出す予定があるのに」

「そういうことなら俺も探してみるよ」

「ありがとうございます……」


 お世話係としての役割を果たせなかったからか、クレハは落ち込んでいる。


「そんなに心配しなくても大丈夫だ。アリアのことだから、どうせいつもの気まぐれが発動しただけだろ」 

「そう、ですね。私はアリア様から『私がいなくなった時はここで集合ね』と言われた場所があるので、確認してみます」


 クレハはそう言うと、集合場所の方へ早足で向かった。



 一人になった俺がアリアを探そうと思ったら、すぐに発見した。

 というか、向こうから会いにきた。


「あ、いたいた。リュート兄様だ」


 バルコニーから移動しようとしていた時。

 パーティー用のドレスを身に纏ったアリアが、ひょっこりと顔を出した。

 

「アリア……何してるんだ」

「兄様に会いにきたよ!」

「会いにきた、じゃないだろ。衣装直しを抜け出して好き勝手するんじゃない」


 俺が叱ると、アリアはむすっとした表情を浮かべた。


「むー……私は兄様に物申したいことがあるんだもん!」

「……そうなのか?」

「そうなの!」


 どうやらアリアは俺に対して怒っているらしい。

 だとしても、脱走するのはいただけないけど。


「一応、話は聞いておこう」

「兄様はもっとクレハ姉様をかわいがって甘やかすべきだと思うの!」

「お、おう……?」

「ここは、リュート兄様が姉様にはっきりと意志を示すべきだよ!」

「まさか、それを俺に言うためだけに抜け出してきたのか?」

「だけ、って……私は怒ってるんだからね!」


 アリアの言いたいことははっきりとはわからない。

 どうやら煮え切らない男だと叱られているらしいことは理解した。

 実は以前告白しようとしてアリアの乱入があって失敗したことがあったんだけど、という話はしないでおく。

 確かにアリアの乱入があったのは事実だが、だからって彼女のせいにするのは筋違いだ。

 そもそもは、俺がはっきりしないのが悪いのだから。

 まあ、はっきりしないと言うよりは、いい機会がないだけではあるんだけど。


「とりあえず、戻るぞ。パーティーの主役がこれ以上みんなに迷惑をかけるな」


 俺はアリアの頭をポンと撫でる。


「でも、まだ兄様の答えを聞いてない!」

「そうだな……アリアが心配しなくても大丈夫だ、とだけ言っておくよ」


 そう。

 俺の考えはとっくに決まっている。



◇◇◇◇


本日は夕方にもう1話更新します!

次回はこの話の最後で腹を括った様子のリュートが行動を起こします。

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