第22話 建前がなくなった二人はもふもふと快眠を得る

 テスト期間明け初めての週末。

 俺は今日、クレハとデートをする。

 前回はダブルデートだったし、教科書を買いに行く目的があった。

 仲の良い婚約者として周知されている関係性を疑われないためという、建前もあった。

 今回は違う。

 建前を抜きにして、お互いが望んだから二人で出かける。

 そう思ったら、妙に肩の力が入ってしまう。

 緊張するというか

 結局俺は、昨晩ほとんど眠れなかった。

 外が明るくなってきた頃にようやく眠くなってきたが、ここで寝たら遅刻確実だ。

 俺は予定よりもかなり早く身支度を整えることにした。

 寮生活中は外出時でも制服を着用することが校則で義務付けられている。

 おかげで服装に悩まなくていいのは楽だ。

 一応それ以外の箇所には気を使って準備をしたものの、まだ集合時間までたっぷり余裕がある。

 部屋にいても仕方がないので、待ち合わせ場所である学園の正門前に向かった。

 予定していた時間の三十分前に到着すると。


「なんでもういるんだ……」


 門の前には、既にクレハがいた。

 ……なんだか既視感のある光景だ。

 クレハは校則に従ってブレザータイプの制服を着ている。

 時折そわそわと前髪を弄ったりして、いつも以上に見た目に気を使っている様子だ。


「相変わらず早いな」

「あ、リュートくん。おはようございます……」


 少しからかいを込めて言ったつもりだったが、クレハの反応は薄い。

 

「ふぁ……」


 手で口を押さえて欠伸をしている。


「やけに眠そうだな?」


 勝負での願い事の件もそうだが、最近俺とクレハは同じようなことを考えている場合が多い気がする。

 ……もしかして、俺と同じように張り切りすぎて眠れなかった、とか。

 前回と同様に今回も、楽しみで仕方がなかったから早く着きすぎたのは、俺だけじゃなかった、とか。 

 

「べ、別にこれは遠足前日の子供みたいな気分だったから寝不足になった、というわけではありませんからね」

「それはもしかして、今の状況を説明しているのか……?」


 言い返してくるものの覇気がないクレハに対して、俺は疑問を抱く。 


「だ、大体、リュートくんだって目の下にクマがあるじゃないですか!」


 うろたえていたクレハは、俺の顔を見ると息を吹き返したように言い返してきた。


「いや、これは……」

「リュートくんはわざわざ願い事を使ってまで私とのデートを頼み込んでくるくらいですし、きっと楽しみで眠れなかったんでしょうね?」

「……」 


 意気揚々と捲し立ててくるクレハを前に、俺は黙り込んでしまう。

 図星すぎて言い返せなかった。


「なぜそこで黙るんですか。それだと図星みたいですよ……?」


 さっきまで小馬鹿にしてきたクレハは、なぜか顔を赤くし始めた。

 勝手に自爆しているクレハの表情もかわいいな。

 朝から眠い頭が癒される気分だ。  


「不毛な言い争いはやめて、そろそろ行くか」

「……そうですね」

「ちなみに、クレハは行きたい場所とかあるか?」

「あくまでも誘ってきたのはリュートくんなのですから、きちんとエスコートすべきなのでは?」

「まあ、それもそうだな」


 元はと言えばテストでの勝負はクレハが立てた作戦だったから、一応聞いてみただけだ。

 

「俺だって、ノープランってわけじゃ――」

「あ、リュートくんが困るだろうと思って念のため案を考えてきましたよ? 決して、私がどうしても行きたいというわけではなく」


 やはり、どこか行きたい場所があるらしい。



 俺とクレハは、ミルシア地区内の自然公園にやってきた。

 緑豊かな場所で、広い芝生や花々が特徴的だ。

 ちょっとした林もあって、国の人間に管理されながら動物が放し飼いにされている。

 そんな公園の中に、知る人ぞ知る場所があるらしい。

 公園内の林を15分ほど歩いた先。

 木々の生えていない開けた場所にたどり着いた。


「こ、ここは地上の楽園ですか……!」


 クレハがやけに感動するのも、無理はない。

 森の中の芝生広場のような空間に、大量の猫がたむろしていたからだ。


「なるほど、クレハが来たがるわけだ」

「はい、ここは猫好きでも特にマニアックな人にしか知られていない、秘境のような場所なんです……!」


 大の猫好きであるクレハが、興奮気味に答える。


「にゃ〜」


 立ち尽くしていると、猫たちが俺とクレハの近くに集まってきた。

 甘えるように、足元にすり寄ってくる。 


「か、かわいすぎます……!」


 完全に猫に目を奪われているクレハが、しゃがみこむ。

 恐る恐る、猫の頭に手を触れた。


「にゃー!」


 猫が嬉しそうに鳴いた。


「私、もう死んでもいいです……」

「大袈裟だな」


 そうは言いつつも、俺も猫に触れてみる。

 やけに人懐っこい連中だ。


「リュートくん、私をここに連れてきてくれてありがとうございます」


 クレハは片手で猫の頭を撫で、もう片方の手で別の猫の頬をくすぐっている。

 さらに別の猫が、肩に乗ろうと抱きつくような状態になったりもしていた。


「俺が連れてきたというより、クレハの希望じゃないか」

「今までずっと来たかったのに、なかなか来る機会がありませんでしたから」

「それは高等部に上がって、行動の自由が増えたおかげだろ?」

「だとしても、リュートくんと一緒じゃなかったら好き勝手出歩くことも許されないようなお嬢様ですからね、今世の私」

「確かに、君の親は少し過保護なところがあるよな」

「少しじゃありま……わっ!?」


 目の前の猫の方に気を取られたら、隣のクレハから悲鳴のような声が聞こえてきた。 

 

「どうした……ってなんだ」


 慌てて横を見るが、心配するような事態にはなっていなかった。


「幸せすぎます……」


 10匹近くの猫が群がるように甘えられた結果、クレハは尻餅をついていた。

 恍惚とした表情で、その中の1匹を抱きしめている。


「楽しそうで何よりだ」

「はい、楽しいです」


 クレハがこんな風に素直に感情表現をするのは珍しい気がする。

 猫のかわいさの前では抗えないらしい。


「この子たち、もふもふしててあったかいですね」


 クレハはそんなことを言いながら、その場で寝転び始めた。


「おいおい」

「ふぁ……」


 欠伸をしたかと思ったら、クレハは目を閉じていた。


「こんなところで寝たら風邪引くぞ」


 俺の声は、もう届いていなかった。

 クレハは寝息を立てている。

 元々寝不足だったみたいだし、無理ないか。


「……随分気持ちよさそうだな」


 クレハは大好きな猫に囲まれて、もふもふを布団代わりにして眠っている。

 正直言って、俺もかなり眠い。

 同じように少し昼寝したいのが本音だ。


「けど、二人揃ってこんな外で昼寝するのは無防備すぎるよな……」


 ほとんど人が来ない場所ではあるが、だからこそ万が一悪意を持った人物と鉢合わせてしまったら厄介だ。

 

「にゃ」


 俺が悩んでいると、1匹の猫が俺の爪先に前足を置いて鳴いた。


「お前たちが代わりに見守ってくれるとでも言いたげだな」

「にゃ!」


 俺の独り言に、猫の頼もしげな声が返ってきた。


「さすがに護衛と呼ぶには力不足かもしれないけど、人が来たら鳴き声くらいは出してくれる……よな?」


 睡魔と猫たちの誘惑には、俺も勝てなかった。

 クレハからは人一人分くらい間隔を置いて、横になる。

 ……少しくらいは、大丈夫だろう。



 しばらくして、俺は目を覚ました。

 疲労と眠気がかなり取れた気がする。


(これは何時間も寝てしまったか……)


 体を包み込むような、温もりを感じる。

 俺が時間を忘れて快眠できたのは、この温もりのおかげだろう。


「てっきり猫かと思ったんだが……違うのか」


 温もりの正体はクレハだった。

 クレハは俺に抱きついて眠っている。

 俺たちは互いに向き合った状態で、密着して寝ていたらしい。

 ……最初は離れた場所にいたはずなのに、いつの間にこうなったんだ。

 首を下に傾けると、両瞼を閉じたクレハの顔が目の前にあった。


「俺は抱き枕か何かか」


 思わず小声で呟いた。

 いつの間にか、猫たちは俺とクレハに密着することをやめて、すぐ近くでこっちを見たり寝ていたりしている。

 甘えたいが、邪魔はしないように気遣ってくれているようだ。


「すぅ……すぅ……」


 クレハは寝息を立てている。

 無防備な寝顔がかわいらしい。

 こんなふうに密着されると変な気を起こしてしまいそうだが、我慢だ。

 大好きな婚約者が気持ちよさそうに寝ているのだから、邪魔してはいけない。


「う、ううん……」


 もう少し見守っていようと思ったら、クレハが起きた。

 しかし、まだ完全に目を覚ましたわけではないようだ。


「おはようございます……リュートくん」


 寝ぼけ眼で俺を見ると、抱きついた状態のまま呑気に挨拶してきた。


「おはよう。こんな場所で寝すぎると風邪をひくぞ」


 俺も人のことを言える立場ではないけど。


「そうですね……って!!??」


 クレハはようやく、状況を理解したらしい。

 自分が俺を抱き枕がわりにしていたことに気づき、目を見開いている。

 その割には、離れようとしないけど。


「……私、いつからこうしていたんですか」

「さあ? 少なくとも俺が目覚めたときにはこうなってた」

「まさか、先に起きていたのに私の寝顔をじろじろ見ていたんですか! 趣味が悪いです!」


 クレハは咎めるような視線を向けてくる。


「弱みを握られたような気分です。私もリュートくんの寝顔を見なければ気が済みません」

「そう言われても、かなり昼寝したからもう眠くないぞ」

「では、また今度。次の機会に見せてもらいます」

「次の機会があるのか」


 何気なく俺がそう言うと、クレハは顔を背けてしまった。

 耳が赤いのは、どういう意味だろう。

 疑問に思っていると、クレハがようやく俺から離れて立ち上がった。


「昼寝してしまったせいで、だいぶ予定が狂ってしまいましたね」


 俺も立ち上がりながら、空を見る。

 太陽はもう、真ん中から少し西に傾き始めている。

 

「さて、次はどこに行きましょうか?」


 自分から楽しげに言ってくる姿を見ると、やはりクレハもまんざらでもない気持ちなんだろうか。

 そんな調子で、俺は期待感を抱いていた。



◇◇◇◇


次回はいよいよ作戦の第二段階に……?

ついに二人の関係が進展するかもしれません。

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