第17話 婚約者のデレ期と乱入するおてんば王女

 俺はプレゼントを用意した。

 昨日、一人でミルシア地区に出かけて買いに行ったのだ。

 しかし俺はとある問題にぶつかった。


(いつ渡せばいいんだ……?)


 昼休み。

 俺は今日もクレハお手製の弁当を中庭でおいしくいただいた。

 食後に中庭のベンチで二人並んで座っている。

 プレゼントを用意して制服の内ポケットに忍ばせてきたまではよかったが、俺は渡すタイミングを掴めずにいた。

 きっかけがない。

 急に渡してクレハに不審に思われたらどうしよう。

 そんな調子で、俺が脳内で悩んでいると。


「さっきから、何をそわそわしているんですか?」


 渡す前から、クレハに怪しまれてしまった。


「いや、別に……」

「……? 何もないなら、片付けて教室に戻りましょうか。午後の授業もありますし」


 クレハは深く追及することはなく、この場を切り上げようとし始めた。

 今日の午後は、クレハと別々の授業だ。

 ここを逃したら、渡すタイミングをずるずると逃して、明日以降も同じ状況が続く気がする。


「その前にちょっといいか」

「なんですか?」


 意を決して呼び止めると、クレハは小首をかしげた。


「実はクレハに渡したい物があるんだ」

「渡したい物? なんですか改まって」

「これだ」


 俺は制服の内ポケットから包装された小箱を取り出してクレハに渡した。


「もしかして……プレゼントですか?」

「ああ」

「でもどうして。リュートくんが、私に……?」


 クレハはプレゼントを受け取ってくれたものの、困惑している。


「クレハには最近、毎日弁当を作ってもらってるから。日頃の感謝を込めて、何かお礼を贈ろうと思ったんだ」

「そう、ですか」


 クレハは目を丸くしていた。

 嫌いな相手からプレゼントをもらうとは思っていなかった……とかだろうか。


「余計なお世話……だったか? 不要なら俺が処分しておくけど」

「いえ、これは受け取っておきます。リュートくんにしては殊勝な心がけですね」


 すました態度のクレハだが、その割にはどこか機嫌がよさそうにも見える。


「ちなみに、中身は何が入っているのですか?」

「そこはぜひ、開けて確かめてくれ」

「それもそうですね」


 クレハは小箱の包みを解く。

 中には猫の形をした装飾があしらわれた銀のネックレスが入っていた。


「何やら、かわいらしい装飾のネックレスですね?」


 猫の形をした装飾に、クレハは見入っている。

 

「ああ。クレハって、前世の頃から猫が好きだっただろ?」

「よくそんなことを覚えていましたね……」

「気に入ってくれたなら、よかったんだけど」

「そう……ですね。はい、気に入りました」


 そう言って、クレハは笑顔を見せてくれた。

 なんだろう、今日のクレハはいつもの刺々しさがない。


「リュートくん。これ、着けてもらってもいいですか?」

「……今から?」

「当然です。せっかく頂いたのですから、着けなければもったいないです」


 クレハはネックレスを手渡してきた。

 別に自分でも着けられるんじゃないか、と言うのは野暮なんだろう。

 俺はネックレスを受け取った。

 立ち上がると、クレハの後ろに回り込む。


「では、お願いします」


 クレハは俺がネックレスを着けやすいように、後ろ髪を両手で束ねて持ち上げた。


「……」


 クレハのうなじが、よく見える。

 普段は見る機会のない、婚約者の無防備な姿を前に、俺は思わず息を呑む。

 

「……? どうしましたか、リュートくん」

「いや、なんでもない」


 我に返った俺は、クレハになるべく触れないよう慎重に手を回す。

 女の子を相手にアクセサリーをつけてあげた経験など当然ないので、俺の手は緊張で微かに震えている。

 ……クレハにバレてないといいんだけど。


「よし、これでどうだ?」

「ありがとうございます。どうでしょう、似合っていますか?」


 クレハは立ち上がって、俺の方を振り向いてきた。

 首元に銀色のネックレスが輝いている。


「ああ、うん。似合ってる」

「そうですか……」


 俺が思ったままを答えたら、クレハは自分で聞いておきながら照れ臭そうな様子を見せた。

 ……あれ?

 今日はいつになく、いい雰囲気な気がする。

 そんなことを思ったのも束の間、クレハはいつもの勢いを取り戻そうとするかのように捲し立ててきた。

 

「で、でもリュートくん。私たちはまだ高等部に上がったばかりだというのに、銀のネックレスをプレゼントするというのはいささか奮発しすぎではないですか? いい格好をするために浪費癖がついてしまうと、お互いの将来のためにならないですよ?」

「お互いの、将来……?」


 一応説教されているはずの俺だが、最後の一言ばかりが気になってしまった。

 その言い方だとまるで、クレハの方も俺との将来を意識してくれているように聞こえる。


「お、おほん。とにかくお金の使い過ぎには気をつけてくださいね」


 さりげなく聞き返してみたが、咳払いでごまかされた。


「まあ、そうかもな……一応小遣いの範囲内ではあったけど、せっかくだから前世の時よりもいい物を用意したかったんだ」


 今の俺は公爵家の後継ぎに転生したので、それなりに裕福だ。

 小遣いも、一般的な平民や他の貴族よりも多いんだろう。


「なぜそこで前世の話が出てくるのですか……?」

「あー……実は前世で紅羽の誕生日に、プレゼントを贈ろうと思ってたんだ」

「でも私、何ももらった覚えがないですよ」

「いろいろあって、渡せなかったんだ。だから今回は、その分も良い物を渡したかった」

「そうでしたか……でしたら私も何かお礼を用意する必要がありますね」

「いや、今回のプレゼント自体がお礼のつもりだったんだけど」

「だとしても、来月のリュートくんの誕生日の時には、それなりのお返しをさせていただきます」

「……楽しみにしておくよ」


 俺のことを嫌っていると思っていた婚約者が、笑顔で誕生日を祝ってくれると約束してくれた。

 嬉しすぎる。

 なんだこれ、夢か。

 試しに手をつねってみたら痛かった。 


「そういえば、リュートくんって前世と今世で誕生日が同じですよね?」

「確かに、すごい偶然だな」

「ええ、奇跡に近いです」


 クレハと語り合っていて、俺はふと思う。


「あれ? 俺って前世のクレハに誕生日を教えたことなんてあったっけ? 今世は知っていて当然だろうけど」

「へっ?」


 俺の素朴な疑問は、クレハを動揺させるには十分だった。


「そ、それはまあ、何年も一緒にいたら知る機会だってあったと言いますか……」


 言い訳めいたことを口にするクレハだが、どうもはっきりしない。

 不思議に思っていると、クレハがジト目を向けてきた。


「というか、リュートくんだって前世の私の誕生日を把握していたじゃないですか! 私だって教えた記憶なんてないのに、なぜ知っているんですか!」

「うっ……」


 攻勢に転じたクレハの前で、俺はたじろぐ。

 実は前世で竜斗だった頃の俺も、紅羽から直接誕生日を聞いたわけではない。

 とはいえ、中学から高校まで何年も同じクラスで一緒にいた相手だ。

 その気になれば、誕生日を知る機会だってある。

 人づてに聞くとか、他の友人に祝われている様子を目撃するとか。

 でも、ただのクラスメイトどころか、嫌いだと思っている相手の誕生日を、いちいち把握しているんだろうか。

 少なくとも、俺は前世でも今世でも、名前や顔ならまだしも、大半のクラスメイトについて誕生日まで把握してはいない。

 紅羽の誕生日は、好きな相手だったから覚えていた。


(あれ、じゃあもしかして……)


 種崎紅羽、もといクレハ・フラウレンも、同じ気持ちだったんじゃないだろうか。

 俺は一つの可能性に思い当たる。 

 だから、直接確かめてみることにした。


「なあ、クレハ」

「なんですかリュートくん、急に改まって」


 俺の真剣さが伝わったのか、クレハもどこか緊張した面持ちだ。


「クレハは俺のことを、どう思って――」

「あ、いた! リュート兄様だ!」


 核心を突こうとした俺の問いは、言い終わる前に第三者の大声によってかき消された。

 女の子の声だ。

 リュート・アークライトを兄様と呼ぶ人間に、俺は一人しか心当たりがない。


「ひさしぶりっ!」


 声の先を見る前に、俺の体に衝撃が走った。

 声の主が、俺に向かって突撃するような勢いで抱きついてきたからだ。

 アリア・ミルワード。

 俺と同じ金髪と翡翠色の瞳を持っており、クレハよりも一回り小柄な少女は、この国の王女でもある。

 公爵家……つまりは王家の親戚である俺にとっては、従妹にあたる女の子だ。

 年齢としては中等部の一年なので、私服のドレスを着ている。


「なっ……!」


 クレハが呆気に取られている中、突如として現れたアリアは抱きついたまま満面の笑顔で俺を見上げていた。

 まともに恋愛経験のない俺でも、分かる。

 さっきまでのいい雰囲気が一転して、修羅場に突入したのだと。



◇◇◇◇


というわけで新たな女の子の登場です。

細かいことは次回明らかになりますので、ぜひフォローをしてお待ちください!

本作はコンテストに参加中なので、☆もいただけるとありがたいです!

リュートはクレハに一途なので、言うほど大きな修羅場にはならないはず。


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