第17話 最悪への道

 倒されたローパーの残骸が転がる。

 そのローパーを倒した男は手先から冷気を発していた。

 頬にタトゥーを入れ、耳にはピアス。

 蛮族風の長い髪をなびかせている。

 その口からべろりと長い舌を出し、舌なめずり。


「へへ、おいおい、助けてやっただろ? なんかお礼の一つもあるんじゃねえのか?」


 そいつは倒れていた姉ちゃんに屈みこむと、目線を合わせて露骨に圧をかけ始めた。

 姉ちゃんは震える。

 ヘビに睨まれた蛙のよう。


「ひ、はっ、あっ、あのっ」

「ああん?」

「……ぃぃぃっ!」


 姉ちゃんの顔のすぐ横でべろんべろん舌を動かす男。

 姉ちゃんは目を瞑って顔を背けようとする。


 俺は黙っていられない。


「おい、やめろ」

「ああ? なんだてめえ? 王子様かあ?」

「そうだ。第3王子ジナンだ。お前は誰だ?」

「なんだマジかよ。俺の名はオープン。リーチ伯爵家の正統な後継者だ。なあ、王子様よ? 俺はこっちの金髪女……ミト侯爵家のアネット、だよな? アネットちゃんを助けてやったんだぜ? それになにか文句あるのか?」

「……お前の彼女に対する振る舞い、見過ごせない」

「へえ?」


 しゃがんでいるオープンは俺を上目遣いで窺ってくる。

 それから、姉ちゃんに首を捻りながら迫った。


「なあ、おい? お前、王子の女なのか?」

「……へ? わ、わたし……?」

「お前は王子の物なのかって聞いてんだよ。王子様から自分の物だっていう印のタトゥー入れられたり淫紋入れられたりしてんのか?」

「ち、違、そ、そんなわけない……」


 オープンはハイエナみたいに笑う。


「……てことだ。フラれちゃったねえ、王子様ぁ? へっへっ、関係ねえ奴はすっこんでな」


 オープンは馴れ馴れしく姉ちゃんの肩を掴み、自らに引き寄せた。


「あ、あ、あ……」

 

姉ちゃんから縋るような目で見られる。


「……明らかに嫌がってるだろ、放せ!」

「魔物からアネットちゃんを助けもしなかったくせに、俺が下々の者だとわかったら我が物顔か? おぼっちゃま? そんなに女が欲しいなら……力ずくで来いよ」


 すっくと立ちあがるオープン。

 こうしてみると威圧感半端ない。

 俺よりずっと背が高く、押さえつけるかのよう。


 ……気圧されてたまるか!


 俺は一歩前に踏み出そうとする。


「……ぐっ!?」


 いつのまにか足元が凍り付いていた。

 動けない。

 と、ぴた、と俺の顎にオープンの拳が張り付く。

 ごつごつした硬い感触。


「本気だったら、今頃この顎はぶっ飛んで一生モノが噛めない体になってたところだぜ? おぼっちゃんも大したことねえなあ? とっくに戦いは始まってたんだよ」


 オープンの拳から冷気が伝わってくる。

 こいつ、冷気系の魔法を使いこなすのか……!?


「なあ、アネットちゃん? いざって時、アネットちゃんを守れるのは俺だってわかるぅ? こんなヘタレより俺の方がいいよなぁ?」

「お前……!」


 俺とオープンのやりとりに、周りの生徒達がざわめき始める。


「王子に魔法を……!」

「なんて不敬な……」

「あいつやべえ……」


 オープンが顔をしかめる。


「ちっ、人が来やがった。今日はごあいさつ程度にしといてやるぜ。そこで精々震えてな」


 オープンは身を翻すと、おら、見せもんじゃねえぞ、とか言いながら立ち去ってしまう。

 後には、足元を凍らされた俺と、オドオドと震える姉ちゃんだけが残された。


「……くっそ……なんだあいつは……」

「オープン・リーチ……あれ、ゲームの中じゃ主人公や攻略対象キャラに嫌がらせをしてくる悪役の1人だけど……だ、大丈夫、か?」


 姉ちゃんが俺の肩に触れてきた。

 慰めるかのように。

 ……情けない……。

 俺はローパーから姉ちゃんを解放もできなかったし、オープンを止めることもできなかった……。

 魔法が使えたら……。

 王子の体に慣れて、姉ちゃんみたいに魔法が使えていたら、あんな醜態は晒さずに済んだんだろうか?

 そんな俺に、姉ちゃんが囁くように聞いてくる。


「お前……わたしを助けてくれようとしたんだよな……? わたしのことを……」

「……んなわけねーだろ……あの男が不敬だから懲らしめてやろうと思っただけだ」


 俺は強がった。

 それを聞いた姉ちゃんは一瞬、言葉を失う。

 それから、むくれ顔で、

 

「……ああ、そうかよ!」


 一言だけ言うと、後は押し黙った。


  ◆


 翌日。

 俺はロイヤルルームで新しく手に入れた指輪を矯めつ眇めつしている。

 ……付け焼刃だが、無いよりマシだ。

 俺の王子としての財力で手に入れたもの。

 次の機会には必ず……!


 と、そこに姉ちゃん、アネットが入室してきた。

 豪奢な金髪と胸を揺らしながら、上機嫌風。


「ああ、ここにいたのか。見ろよ、これ!」


 姉ちゃんはこれ見よがしに包装紙に包まれた派手な紙箱を俺の前にかざした。


「ん? なんだよこれ?」

「あの男、オープンからの贈り物だ! 気が利いてるよな? 好きな女に早速プレゼントとかさあ!」

「……え!? 正気か姉ちゃん!? 昨日、あんな目にあわされたってのに!?」


 なのに、その男からプレゼント貰って喜ぶ!?

 どういう心境の変化なんだよ!?


「うん? 気になる? わたしがオープンからプレゼント貰ってたら、気になっちゃうか?」

「気になるっていうか……姉ちゃんは平気なのかよ?」

「へ、平気に決まってるだろ! わ、わたしのことを好きだって言ってくれるんだぞ! ちゃんとこうやってプレゼントって形で好きだってことを伝えてきてくれてる。……それに比べてお前は……」


 姉ちゃんは首を振って、溜息。


「……ほんと、お前はなにもくれないもんな」

「……くっ」


 昨日、姉ちゃんをなにも助けられなかったことを擦られてるのか。

 それは事実でもあったので、俺はなにも言い返せない。


「……日頃の気持ちとか感謝とか……わたしにプレゼントしてくれてもいいと思うんだが?」

「そ、それは……姉ちゃんだって、俺になにかくれたことないだろ……」

「小さい頃、バレンタインのチョコとかあげただろ! 義理だけどな! 義理! なのにお前は……」


 姉ちゃんは再び首を振ると、俺を窺うように目を細めた。


「……これならわたし、あのオープンって男の嫁になった方がニートできるんじゃないか?」


 俺は2秒くらい黙った。


「……本気で言ってんのか?」

「さあ?」

「その贈り物って……なんだよ?」

「服だって。この服を着て、会いに来てほしいってさ。なんだ? それがなにか気になるの? どうして気になるの?」

「別に気になんか……ど、どんな珍妙な服か気になってるだけだが!?」

「ほんと、失礼な奴だな、お前! きっと舞踏会用のドレスとかなんかすごいやつなんだよ!」


 ビリリ、と箱を開けて確認。


「……姉ちゃん、これ、本当に着るの?」

「ぐ……なんだよ、これ……こんなの痴女……あ、いや! け、結構似合うと思わない?」


 姉ちゃんは明るい口調で言いかけて、


「ひ……こ、こんな切れ目……こ、この格好で来いって……」

「……嫌なんだろ? さっさと断れよ」

「……いいや! お前なんかよりずっと真心がこもってるからな! わたしとしてはお前と結婚しなくても一生養ってくれる相手がいればそれでいいわけだし? まあ、お前がどうしても嫌だって言うなら……わたしと結婚するって約束するなら、オープンとのことは無かったことにしてもいいけど……?」


 俺は、強がった。


「……姉ちゃんが誰と付き合おうが知ったことじゃねーよ」

「……ああ、そうかよ! じゃあ、わたしがなにしても文句言うなよ!」

「おい、どうするんだよ? どこ行くつもりだ?」

「決まってるだろ! あいつとこの服着てデートだよ! 美味しいもの食べてイチャイチャしてきてやらあ!」


 姉ちゃんは憤然と、俺を残して、ロイヤルルームから出て行ってしまった。


 あのアホ姉……!

 意地張りやがって……。

 どうせやめればよかったって泣いて帰ってくるに違いない。

 ……反省するまで放っておくか……。|

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