本当の自分 side寧々

 あたしが女の子にモテ始めたのはいつからだっただろうか。

 明確な時がいつかは分からないが、あたしがバスケを始めた頃には周りに女の子が多く集まっていたような気がする。


 まぁ、多分あの時は恋とかではなく憧れとかかっこいいとか、そういう程度の感情だったと思う。


 それらの感情に恋心を感じるようになったのは、あたしが中学生になってからだった。


 中学に上がってからのあたしは、急に身長が伸びたことと髪を短くしていたこと、そしてバスケで活躍していたこともあり、小学生の時に以上に女の子から人気が出るようになった。


 ただ、いくらあたしに恋心を抱いていても、さすがに告白してくる子はいなかったが、バレンタインの時はチョコをたくさん貰った。


 それは高校生になってからも続き、気付けばファンクラブらしきものまでできていた。

 まぁ、あたしを応援してくれるのは嬉しかったし、そのおかげで部活も頑張ることができた。


 ただ、私はこの時はまだ異性愛者だったし、可愛いぬいぐるみや小動物なども好きだった。それに、人並みには恋愛にも興味があったので、恋に恋するような乙女だった。


 近寄ってくるのは何故か女の子ばかりだったが。


 高校3年生になったある日、あたしは同じバスケ部の後輩に告白された。


 その子の名前は広瀬舞香で、高校に入学してきたばかりの新入生だった。

 バスケをやっていながらも小柄な身長、明るくて元気な姿には部員全員が元気付けられた。


 あたし自身も彼女のことは後輩として気に入っていたし、可愛がってもいた。

 ただ、まさか告白されるなんて思っていなかったし、告白自体されることが初めてだったあたしは、どうしたら良いのか分からなくなった。


 あたしは異性愛者だったし、彼女を恋愛対象として考えたことはなかったが、勇気を出して告白してくれた可愛い後輩を傷つけるのも申し訳なく、あたしは彼女と付き合う事にした。


(前に付き合ってから始まる恋もあるって言ってたような)


 友達が言っていた言葉を思い出したあたしは、まずは彼女のことを知ることから始めた。


 好きな食べ物、好きな映画や音楽、逆に嫌いなものは何か、休日は何をして過ごしているのか。


 舞香はあたしの質問に嫌な顔一つせず答えてくれて、あたしも彼女といる時間を少しずつ特別に感じるようになっていった。


 部活中はさすがに二人で行動することはできなかったが、お昼を一緒に食べたり部活後も寄り道しながら二人で帰ったりもした。


 ただ、これまで人と付き合ったことの無かったあたしは、手を繋いだりキスをしたりと恋人らしいことができないでいた。


(はぁ。手を繋いだりキスっていつ頃にするのがいいんだろ)


 何となくスマホで調べてみると、手を繋ぐのが初回から3回目のデートあたりで、キスは3回目あたりが良いと書いてあった。


(3回目のデートかぁ。そもそもデートすらしたことないのにどうしよう)


 多分あたしは舞香のことが好きだ。もともとは後輩として好きだったが、彼女のことを知るたびに少しずつ惹かれていくのが分かる。


 だからなのか、その分彼女のことを大切にしてしまい、なかなか一歩を踏み出すことが出来ないでいた。





 そんなある日、いつものように部活終わりに二人で帰っていた時、舞香からデートに誘われた。


「先輩!次の日曜日にデートへ行きませんか?」


「も、もちろん!絶対行くよ!」


「ふふ。では、12時に駅前で待ち合わせしましょう」


「わかった!」


 本来であれば、先輩であるあたしから誘うべきだったのだが、どうしても勇気をだせなかったあたしは、結局は舞香に誘ってもらう事になってしまった。


 であれば、せめてデートプランだけはあたしが決めるべきだと考え、ネットで色々と調べて当日のプランを練るのであった。





 デート当日。緊張でなかなか寝付けなかったあたしは、少し眠いのを我慢して準備を始める。


 服は家にあるお気に入りのシャツとスカートの可愛いやつにして、慣れないメイクを動画を見ながら頑張った。


 時間をかけて準備をしたためか、いつもより少しはマシに見える気がして嬉しくなる。


(舞香、可愛いって思ってくれるかな)


 準備を済ませたあたしは、お出かけ用のカバンを持って家をでると、時間に余裕を持って待ち合わせ場所の駅前に向かうのであった。





 待ち合わせ場所に着いたあたしは、舞香が来るまでの間にスマホで髪型の確認やメイクの確認をする。


 時間が経つにつれて胸がドキドキと鳴り、緊張が高まっていく。


 それから少しして、可愛く着飾った舞香がやってきた。


「先輩!お待たせしてすみません!」


「大丈夫だよ。舞香…凄く可愛いね」


 黒の上着に茶色いチェックのミニスカートを履いた舞香はとても可愛らしく、彼女の程よく筋肉のついた脚は魅力的だった。


「ありがとうございます!先輩も、とても可愛らしいですね!」


「ありがとう。それじゃ、さっそく行こう」


 そして、あたしは数日かけて考えたデートプランを実行し、買い物をしたりゲームセンターで遊んだり、疲れたらお洒落なカフェで休んだりと充実した時間が過ごせた。


 舞香が楽しんでくれているか不安だったが、表情を見る限りずっと笑ってくれていたので、きっと彼女も楽しんでくれているのだろうと思った。


 だから帰る途中、あたしは勇気を出して手を繋いでみた。

 舞香は少し驚いていたが、ニッコリと笑うと握り返してくれた。


(幸せだなぁ。あたし、舞香のこと好きだな。よし!これからも舞香のことを大切にしていこう!)


 付き合ってから少しずつ惹かれていたあたしだったが、このデートであたしは舞香に恋をし大切にしていくことを決めた。


 その日は結局、手を繋ぐことしか出になかったけれど、あたしにしては頑張った方だし、まだまだ時間もあるのだからゆっくり距離を詰めていこうと思った。





 翌日。いつものように昼休みになると、あたしは早く舞香に会いたくて彼女のクラスへと向かった。


 教室に近づくと、ちょうど舞香が友達と話しているのを見かけたため、しばらく近くで待つ事にした。


 すると、たまたま舞香たちの話している内容が聞こえてしまう。


『寧々先輩とデート行ったんでしょ?どうだった?』


『んー、ぶっちゃけ期待外れだった』


『なんで?』


『だって、私が好きなのはかっこいい寧々さんなのに、デートに来た時の寧々さんはスカートですごく可愛い服だったんだよ?私が求めてたのとなんか違ったよ』


『あはは、そうだったんだ』


 舞香の言葉を聞いた瞬間、あたしはその場から走って逃げ出した。


 誰もいない校舎裏に着くと、あたしは壁を背にして座り込み膝を抱える。


「はは。あたし、何浮かれてたんだろ…」


 舞香が求めていたのは可愛い彼女ではなく、彼氏のようなカッコいい彼女だった。


 彼女が好きになったのはあたしという人間ではなく、彼氏のようにカッコよくて気遣いのできる理想を押し付けた偶像のあたしだったのだ。


「あんなに頑張ったのに。意味なかったじゃん」


 舞香たちの笑い声が頭に残って消えてくれず、ガリガリと本来のあたしを削っていく。


「そっか。なら、みんなの理想通りになってあげないと」


 みんながそれを望むなら、みんなの理想を叶えてあげられるのなら、それで舞香が喜んでくれるのなら。


 それからあたしは、少女漫画を読んで男の子の口調や行動を勉強し、ネットでも調べられるだけ調べて少しずつ服装や仕草を変えていった。


 舞香もあたしの変化が嬉しかったのか、それ以降にしたデートは最初の時よりも楽しそうに見えた。


 本当は別れることも考えたけれど、可愛い後輩を傷つけたくはなかったし、何よりあたしがまだ舞香のことを好きだったため別れられなかったのだ。


 そんな偽りの関係が終わったのは高校を卒業する時で、あたしが大学に行くことを理由に別れることにした。


 しかし、大学に入学してからも何故か女性から告白されることが多かったが、あたしが舞香とのことで恋愛に対して苦手意識を持ってしまったため、逃げるように断り続けていた。





 そんなある日、高校生の時からお世話になっているバイト先に新人の女の子が入ってきた。


 名前は姫崎愛那で、年下なのにあたしよりも大人っぽく見えて、けれどどこか儚い印象の子だった。


 話を聞くと瑠花からの紹介でここに来たらしく、彼女はアルバイトをするのが初めてと言っていた。


 愛那とはすぐに仲良くなり、二人で話すことも増えていった。


 話していくうちに、彼女が優しい子だと分かった。それと同時に、あたしと同じで心に傷があることも何となく察した。


 そんなある日、バイトが休みだったあたしは、家から数駅ほど離れたところにあるショッピングモールでぬいぐるみを見ていた。


「うーん。うさぎも可愛いけど、このサメも可愛い…悩むなぁ」


「寧々さん?」


 ここはバイト先からも離れているため、知り合いに会うこともないと思っていたのだが、後ろから名前を呼ばれて振り返ると、そこには愛那が立っていた。


「愛那?え、何でここに?」


「ここ、私の家から近いんですよ。それでたまたま。それより、寧々さんは何を…ぬいぐるみ?」


「あ、いや違うんだ。これは…」


「いいですね。凄く寧々さんに似合ってます」


 何と言い訳しようか考えていると、愛那は微笑みながらそう言ってくれて、初めて言われた言葉にあたしは驚く。


「へ、変だと思わないのか?似合わないとか…」


「何故です?寧々さんって可愛いもの好きですよね?凄く似合ってると思いますよ」


 あたしは初めて言われた言葉が嬉しくて、自然と涙が頬を伝う。


「え、寧々さんどうしたんですか?!」


 あたしが突然泣いたことに驚いた愛那は、とりあえず場所を変えようと言ってベンチのある場所に連れていってくれる。


「…ごめん」


「いえ、大丈夫ですよ。それで、何があったのかお聞きしても?」


 愛那の言葉にこくりと頷いたあたしは、高校の時に舞香とあったことを話した。

 それから自分を偽り、周りにいる全員がかっこいい自分を求めているんじゃないかと思っていることも伝えた。


 話を聞き終えた愛那は、あたしの手をギュッと握りしめながら真剣な表情で話してくれる。


「辛かったですね。でも、寧々さんが頑張ってきたこともわかります。だからこれからは、少しずつでも本当の自分を出していきましょう。


 それで離れていくようなら、その人はその程度だったってだけです。寧々さんが自分を変えてまで付き合う必要はありません。


 ただ、いきなり変わるのも難しいと思うので、まずは私の前で偽るのをやめてみませんか?大丈夫です。私は離れませんし、瑠花先輩も彩葉さんも他の皆さんも、皆んな分かってくれますよ」


 愛那がくれる言葉はどれも温かくて、本当にあたしのことを気遣ってくれているのが伝わってくる。


「…頑張ってみるよ。だから、愛那も付き合ってね」


「はい!」


 それからのあたしと愛那は、これまで以上に仲良くなった。

 愛那の話も聞いて、あたしたちは形は違えど好きな人と上手くいかなかった者同士だと分かった。


 だから愛那が家に居づらいときはあたしの家に泊めてあげたし、彼女がピアスを開けたいと言ったときはあたしが開けてあげた。


 愛那の耳にピアスを開ける時は、自分を愛那に刻み込んでいるようで少しドキドキした。


 そうして、本当のあたしを理解しても離れずに寄り添ってくれた愛那を、あたしは気付けば目で追うようになっていた。


「あたし、愛那に惹かれ始めてるなぁ」


 運命的な出会いをしたわけでも、一目惚れをしたわけでもない。


 ただあたしのことを理解し、寄り添ってくれた彼女の優しさが心地よく、自然と一緒にいたいと思うようになった。ただ…


「多分、瑠花も愛那が好きだよね」


 二人の間に何があったのかは分からないが、瑠花があたしたちに向けるのとは違う感情を愛那に向けていることは分かる。


 瑠花は強敵だが、愛那はあたしから離れないと言ってくれた。なら、少しずつ動いていっても大丈夫だろう。


「はは。愛那…好きだよ」


 色々と拗らせてしまったあたしは、本当の自分を受け入れてくれた愛那に依存する。


 本当のところ、愛那と過ごすうちに恋愛に対する苦手意識は薄れていき、今では何としても彼女を手に入れたいと思っていた。


 ただ、あたしを気遣ってくれているうちは、彼女の瞳にはあたししか映らない事が嬉しくてその事を打ち明けられずにいる。


 今後、何があろうと愛那を手に入れることに決めたあたしは、今日も彼女を手に入れるための計画を練っていくのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

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