頑張ったね

 電車に揺られながら移動してきた私と優香は、現在駅から離れて街と中を歩いていた。


「それで、優香?まずはどこに連れて行ってくれるの?」


「まずは脱出ゲームに行こう」


「脱出ゲーム?」


 最初の目的地が脱出ゲームと聞いて、私はよく分からずにそのまま言葉を返した。


「そう。この近くでカップル向けの脱出ゲームが期間限定でやってるらしくてさ。

 せっかく今日は恋人なんだし、前から行ってみたいとも思ってたんだ」


 優香は笑顔でそう言ってきたので、彼女が本当に楽しみにしていたことが分かる。


「そうなんだ。私も楽しみになってきた」


「お!なら二人でクリアできるように頑張ろうな!」


 私はそのまま子供のようにはしゃぐ優香に連れらて、脱出ゲームが行われている場所へと向かった。





 脱出ゲームが行われている場所はアーケードのお店がいくつかある商業ビルだった。


 ここの脱出ゲームは割と人気なのか、腕を組んだり手を繋いだりしているカップルが10組ほど並んでいた。


 しかし、やはりと言うべきか、並んでいるカップルは男女ペアばかりで、私たちのように女の子ペアはいなかった。


 だから私たちはすごく目立っているし、チラチラと視線も感じている。


「ほんと楽しみだな!」


「そうだね。どれくらい難しいんだろ」


 まぁ、今更そんなものを気にする私たちでもないので、私たちも腕を組んで順番が来るのを待った。


「お待たせしました!カップルでよろしかったですか?」


「はい、そうです。…あの、女同士でも大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ!とてもお似合いの二人だと思います!では、ルール説明を行いますね!」


 店員さんは笑顔で私たちのことをお似合いだと言ってくれた。

 そのことが嬉しくて、私の心は少しだけ温かくなる。


 優香の方をチラッと見てみると、彼女も店員さんの言葉が嬉しかったのか、頬を少し赤くしながら嬉しそうにしていた。


 ひと通りの説明を受けた私たちは、さっそく中を見て回る。


「なんか、謎解きというより協力系っぽいね」


「そうだな。謎解きも何個かあるけど、どちらかというと二人でやることの方が多いかもな」


 ゲームを始めて数十分が経った。内容としてはもちろん謎解きもあったが、それよりもカップル向けのギミックの方が多かった。


 例えば、一つのお題に対して同じ回答ができるかや、片方が指示を出して目隠しをしたパートナーを誘導するものなど、カップルの絆を試すようなものが多かった。


 その後、無事に全ての謎などを解決した私たちは、特に苦労することもなく脱出することができた。


 最後は記念として、ハートがたくさん飾り付けされた場所で写真も撮ってもらえた。


「うーん。楽しかったけど、ちょっと手応えが無かったな」


「まぁ、しょうがないよ。私たちはお互いのことをよく知ってるし、あの程度なら余裕だもん」


 実際に私たちの付き合いは小学校からとかなり長い。

 だからお互いの好きなものや嫌いなもの、良いことも悪いこともほとんど知り尽くしている。


 とくに私と優香は、お互い大事なことは嘘をつかないようにしているため、普通のカップルよりも関係が深いかもしれない。


「次はどこ行く?」


「次は飯だな!店は予約しといた!」


「りょーかい」


 優香は体は小さいが食べることが好きな子だ。だから美味しいお店はたくさん知っているし、何より好きなものを食べてる時の彼女は可愛い。


 優香に案内されてたどり着いたお店は、和食を専門にしているお店のようで、外観もすごく落ち着く雰囲気がある。


「ここは結構本格的な和食が食べられるからお気に入りなんだ」


「そうなんだ。和食専門店で食べたことないから楽しみだよ」


 お店に入り、店員さんに案内されながら席に着くと、私たちはさっそくメニューに目を通す。


「すごい。いろいろあるんだね」


「だろ?ここにはよく家族とも来るんだ」


 お互い注文するものが決まった私たちは、店員さんを呼んで食べたいものを伝えていく。


 私は旬の食材を使った炊き込みご飯と天ぷらのセットで、優香は海鮮丼だった。しかも大盛りである。


 待ってる間、家のことやバイトのこと、冬休みは何をするかなどの話をする。


「あ、そうだ」


「どーした?」


「次は二人で映画を見に行かない?」


「いいけど、何か面白いものでもあるのか?」


「優香の好きそうなスパイ映画があるよ」


「ほう…詳しく」


 優香は結構アクション映画が好きで、彼女に付き合っていろいろなものを見て来た。


 その中でも彼女が特に好きなのはスパイ映画で、自分じゃない誰かになりきって行動するスパイ達に共感と憧れに近い感情を抱いている。


 映画の話で盛り上がった私たちは、結局料理が運ばれてくるまでその話をした。


 料理がテーブルに並べられると、優香は私が最初に食べるのを待っていた。

 どうやら私がどんな反応をするのか気になるようだ。


 優香はたまにこうやって私の反応を楽しむところがある。


(まぁ、私も人の反応を見るのは楽しいけどね)


 幼馴染だからなのか、変な所が似てしまったなと思いながら、私はまずはレンコンの天ぷらを食べてみた。


「ん。この天ぷら美味しい」


「それは良かった。んじゃ、私もさっそく食べるかな」


 私が美味しさに驚いて少しだけ目を見開くと、優香はその反応に満足して自身の海鮮丼を食べた。


「んん〜!!やっぱここの海鮮丼は美味いなぁ!!」


 一口食べただけで満面の笑みに変わった優香はその後も美味しそうに食べていく。


(ふふ。ほんと、食べてる時の優香も可愛いなぁ)


 そんな優香を眺めながら、私も炊き込みご飯や他の天ぷらも食べていくが、どれも美味しくて感動してしまった。


 全部食べ終えた私たちは、少し食休みをした後、支払いを済ませてお店を出る。


「ふぅ。お腹いっぱいだ」


「そうだね。すごく美味しかった」


「だよな!また一緒にこような!」


「楽しみにしてる」


 優香は私の返事に満足したのか、嬉しそうに腕を絡めてくる。


「んじゃ!次のとこ行きますかね!」


「次はどこにいくの?」


「次はー。ネカフェだ!」


 ネカフェと聞いて私はキョトンとしてしまう。完璧なデートと言っていたので、てっきりもっとお洒落なところに行くのかと思っていたからだ。


「何故って顔してるな?」


「まぁね。優香のことだから、もっとおしゃれなところに行くのかと思ってた」


「簡単な話だよ。愛那と二人きりになりたいんだ」


 優香はそう言うと、私に絡めている腕に少しだけ力を入れる。

 それだけで彼女が何を言いたいのか分かったので、すぐに了承する。


「わかった。いいよ」


 私が了承すると、優香は私の腕を引きながら近くにあるネットカフェへと向かった。





 受付で手続きを済ませた私たちは、割り当てられた個室に入っていく。


 優香は持って来たカバンを床に置くと、さっそく横なって寝転んだ。


「はぁ。落ち着く」


「そうだね。ここは静かだらいいかも」


「だよな」


 私もカバンを隅の方に置くと、優香の近くに腰を下ろして彼女の頭を持ち上げ、自身の太ももに乗せた。


「ごめんな、愛那」


「いいよ。むしろ頑張った方だから偉いね」


 私は彼女の頭を優しく撫でながら、彼女の頑張りを褒め称える。


「でもやっぱり、人混みは嫌いだ」


「そうだね。今はゆっくり休んでいいよ」


「ありがと…」


 優香は家庭事情で、小さい頃から多くの人と関わって来た。

 そのせいで一人になる時間や少人数で過ごす時間が少なく、常に気を使わなければならなかったため精神的に疲労している。


 だから今日のような人の多いところに来ると酔って気持ち悪くなってしまうし、なにより精神的にすぐに疲れてしまう。


 今日のデートで最初に行った脱出ゲームだって、そこまで目立たない場所にあるビルの中にあったし、お昼に行ったお店も個室制のお店だった。


 本当に可哀想だと思う。それでも、私を楽しませるためにこうして苦手な場所にも連れて来てくれる優香は、私にとって大切で愛おしい存在だ。


「今はゆっくり休みな」


 優香はゆっくりと目を閉じると、すぐに穏やかな寝息を立てて寝てしまうのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇

よければこちらの作品もよろしくお願いします。


『距離感がバグってる同居人はときどき訛る。』


https://kakuyomu.jp/works/16817330649668332327

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る